実はこの写真、本邦初公開なんです。撮ったのはなんと、38年前の1976年なんですから!・・・寝かして寝かして三十何年、ワインで云うと
『76年モノです・・・』 深い味わいとコクがたっぷり・・・・的な寝かせかたなのです。
しかし、何で『闘牛』なのか?・・・ということなんですが、今となってはあまり言いたくないような次元の動機なのですよ。
当時ボクは24歳でわりとスティービー・ワンダーのファンだったのですが、ボクも彼も一日違いの5月生まれで『牡牛座』・・・っていうところが
味噌だったわけなんです。凄い単細胞的、発想で恥ずかしいんですが。 まぁ、人生ってこんなものかも?(ボクのは、ですが、)
日記は付けてなかったのですが、ネガカバーに書いてある日付のおかげで、1976年と77年にボクは宇和島まで行って撮影していた事がわかりました。
しかも、第一回目に撮った写真に当時流行っていたシリーズ映画『トラック野郎』の若き日の菅原文太さんと愛川欽也さんが写っていたんです。
ボクは生まれて初めて闘牛を見たので、その現場では映画の為のライトや俳優さんの存在に全く気付きませんでした。
後で、ベタ焼きを見てから『アッ、菅原文太』・・・と気づきました。 ただ、このスライド・ショーには入れてないのですけど。
当時はもちろん、自分の写真がこういったスライド・ショーとして音楽もかぶせて発表出来るとは思いもしなかったわけですが、
映画を見て育ったボクとしては、ボクの写真が落ち着く所に落ち着いた・・・という気分は確かにあり。
幾つかのテーマを動画にまとめてあるのでこれからボチボチ発表しようかナ~と思っています。
また、『闘牛』はスイスでも山の方で結構流行っていて、ボクも7年ぐらい前から一撮しているので、また30年後ぐらいに発表するかも?
『76年モノです・・・』 深い味わいとコクがたっぷり・・・・的な寝かせかたなのです。
しかし、何で『闘牛』なのか?・・・ということなんですが、今となってはあまり言いたくないような次元の動機なのですよ。
当時ボクは24歳でわりとスティービー・ワンダーのファンだったのですが、ボクも彼も一日違いの5月生まれで『牡牛座』・・・っていうところが
味噌だったわけなんです。凄い単細胞的、発想で恥ずかしいんですが。 まぁ、人生ってこんなものかも?(ボクのは、ですが、)
日記は付けてなかったのですが、ネガカバーに書いてある日付のおかげで、1976年と77年にボクは宇和島まで行って撮影していた事がわかりました。
しかも、第一回目に撮った写真に当時流行っていたシリーズ映画『トラック野郎』の若き日の菅原文太さんと愛川欽也さんが写っていたんです。
ボクは生まれて初めて闘牛を見たので、その現場では映画の為のライトや俳優さんの存在に全く気付きませんでした。
後で、ベタ焼きを見てから『アッ、菅原文太』・・・と気づきました。 ただ、このスライド・ショーには入れてないのですけど。
当時はもちろん、自分の写真がこういったスライド・ショーとして音楽もかぶせて発表出来るとは思いもしなかったわけですが、
映画を見て育ったボクとしては、ボクの写真が落ち着く所に落ち着いた・・・という気分は確かにあり。
幾つかのテーマを動画にまとめてあるのでこれからボチボチ発表しようかナ~と思っています。
また、『闘牛』はスイスでも山の方で結構流行っていて、ボクも7年ぐらい前から一撮しているので、また30年後ぐらいに発表するかも?
よい影響励みになり日夜頑張っていられることと思います。皆さんの健康を願います。閻魔大王からお呼びがかかるまで私も頑張ります