逝きし世の面影

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感染者が1万4000人弱に(世界経済危機と連動するエボラの大流行)

2014年11月01日 | 政治

世界保健機関(WHO)は10月29日、西アフリカを襲っているエボラ出血熱の感染者数が1万4000人近くに達したと発表した。
ギニア、リベリア、シエラレオネでの感染死者数は4910人感染者数は1万3676人。
医療従事者が感染するリスクは高く、WHOによればこれまでに521人が感染し、そのうち272人が死亡した。
WHOは、今回の流行とは関係ないがコンゴ民主共和国でもエボラ熱が66ケース発生し、49人が死亡したことも明らかにした。このうちの8人は医療従事者だった。

『WHOが1万人突破を発表したのは、たった4日前だった』

世界保健機関(WHO)は感染者が23日までに計1万141人に達したと発表した。感染者は9月中旬から1カ月余りで倍増。11月中に2万人を超える恐れがあるとの予測が現実味を帯びてきた。死者は4922人。医療関係者は計450人が感染し、死者は244人。

『9月21日の感染者数は6263人』

WHOは、2014年9月21日現在エボラ出血熱感染者6263人死者2917人)と発表した。

『9月5日の感染者数は3969人』

WHOは、2014年9月5日現在エボラ出血熱の感染者は3967人(死者2105人)と発表した。

『8月26日の感染者数は3069人』

WHOは、2014年8月26日時点で、エボラ出血熱の死者は1552人、感染者は3069人と発表した。

『8月9日の感染者数1848人』

世界保健機関(WHO)は、2014年8月9日時点で、アフリカ西部で感染が広がっているエボラ出血熱による死者が1013人、感染者数は1848人に達したと発表した。

『8月4日の感染者数は1603人だった』

WHOの発表では、8月4日現在、ギニア、リベリア、シエラレオネ及びナイジェリアの4か国における感染者数の合計は、7月31日以降8月1日までの新規感染報告163人、死亡報告61人を含め、累計で、死亡者887人を含む1,603人(感染確定:1,009人、可能性例:416人、疑い例:178人)となっています。

『今年7月までは1000人以下(759人)だったエボラの感染者総数』

WHOの6月30日ギニア・リベリア・シエラレオネ3カ国での感染者数 759人、うち死者467人


『WHOの資料による年度別の発症数』

2014年度以外の発症者の合計は2387人、死亡者1590、致死率67%、場所は全て中央アフリカに限定されている。

2013年度 不明         12月末にギニアで子供一人が感染したとの報道もある
2012年度 88人発症50人死亡  コンゴ民主共和国、ウガンダ
2011年度 1人死亡          ウガンダ
2010年度 0人
2009年度 0人
2008年度 32人発症14人死亡   コンゴ民主共和国
2007年度 413人発症224人死亡 コンゴ民主共和国、ウガンダ
2006年度 0人
2005年度 12人発症10人死亡   コンゴ
2004年度 17人発症7人死亡    スーダン
2003年度 178人発症157人死亡 コンゴ
2002年度
2001年度 124人発症97人死亡  コンゴ、ガボン(2001-2002)
2000年度 425人発症224人死亡 ウガンダ
1999年度 0人
1998年度 0人
1997年度 0人
1996年度 92人発症67人死亡   ガボン、南アフリカ(ガボンからの1名死亡)
1995年度 315人発症254人死亡 コンゴ民主共和国
1994年度 53人発症31人死亡   ガボン、コートジボアール(1名発症)
1993年度 0人  
1992年度 0人
1991年度 0人
1990年度 0人 
1989年度 0人
1988年度 0人
1987年度 0人
1986年度 0人
1985年度 0人
1984年度 0人
1983年度 0人
1982年度 0人
1981年度 0人
1980年度 0人
1979年度 34人発症22人死亡   スーダン
1978年度 0人
1977年度 1人死亡           コンゴ民主共和国
1976年度 602人発症431人死亡 コンゴ民主共和国、スーダン

『アメリカ(世界)の経済危機とシンクロして、発生しているエボラの大流行

最初に中央アフリカの密林の近郊で起きたエボラ出血熱の発症数を年度別の表にして見ると、世界(アメリカ)の経済危機と連動していることは明らかである。
(『時期』だけでは無くて、『規模』でもシンクロしている)
アメリカの経済危機とアフリカのエボラ大流行が40年間も、ほぼ同時期に起きる不思議。
今回のブログ記事タイトルはウォール・ストリート・ジャーナル紙から拝借したものだが、ネオコンにも近い
アメリカの右翼経済紙WSJ紙の書くエボラ出血熱の見出しが一番過激で有り扇情的なのである。
1976年に初めてのエボラ出血熱の大流行が起きているが、これが1年間では最大の発症数(602人)であった。
この初めてのエボラ出血熱の発生ですが、1973年のイスラエル軍の奇襲攻撃で始まった第三次中東戦争で大敗したアラブ側の産油国が一致団結して引き起こしたオイルショックで、アメリカを筆頭とする先進諸国が未曾有の経済危機に見舞われていた時期と一致する。

オイルショック後の欧米や日本など先進諸国はそれまでの石油の大量消費を抑制して、経済体制を立て直すことに成功して一定の程度の安定期、世界経済は平穏な『なぎ状態』が訪れる。 
(1993年までエボラウイルスは長い眠りに入っていた)

十数年も潜伏していたエボラ出血熱が再び暴れだす1995年前後には、高等数学と最新の金融工学で武装したアメリカのジョージ・ソロスなどが主導する無国籍のヘッジファンドが無尽蔵とも思える膨大ななジャパンマネーを悪用して世界各国で通貨危機を引き起こしていた。
アメリカ発でイギリスのタックスヘイブンを利用するハゲタカヘッジファンドは1997年にはとうとう未曾有のアジア通貨危機を引き起こし世界中を大混乱に陥れるが、金融規制がかかることでようやく騒動は終息する。

3度目の大流行は2000年から2001年にかけてだが、アメリカの光ケーブルなどの過剰投資(情報革命)によるインターネット(IT)バブル崩壊で経済危機が起きていた時期に一致する。(2001年に起きた摩訶不思議な謎だらけの9・11事件はITバブルでの経済犯罪の隠蔽目的だったのと説が有力である)

4回目のエボラ出血熱の大流行はアメリカの金融革命と称する、ネズミ講とサラ金が合体したような必ず将来破滅が約束されている犯罪的なサブプライムローンの破綻が起きた2007年のアメリカ発の経済危機に連動している。2008年にはとうとうリーマンショックから世界の資本主義経済全体が根本的な危機を迎えている。

5度目のエボラ出血熱大流行はアメリカの解放奴隷が建国したリベリアを中心にして周辺の西アフリカ3カ国で爆発的に感染が広まっている。
今までの中央アフリカでは無く、遠く離れた西アフリカ地域で突然始まっているが、全てが今までのエボラ出血熱の流行とは桁違い。
今までの例では数ヶ月で収束していたので犠牲者は数百人規模以内で納まっていたが、今回はまったく様子が違い、汚染地帯を軍隊や治安部隊が封鎖しているのに凄まじい速度で拡大し続けている。
現在アメリカ連邦準備制度理事会(FRB)は輪転機をフル回転して無制限にドルを増刷するとの、掟破りの経済振興策(QR3)を2年以上も続けていた。
ところが、とうとう10月29日に未曾有の量的緩和が終りを告げている。
いよいよ資本主義全体の断末魔、最後のカタストロフィが始まろうとしている史上最悪の時期である。 

『ウイルス学的所見』国立感染症研究所 ウイルス第一部/感染症疫学センター

エボラ出血熱(EVD)を引き起こすエボラウイルスには5つの種(ザイール、スーダン,ブンディブジョ、タイフォレスト、レストン)が存在し,レストンエボラウイルス以外はサハラ砂漠以南の熱帯雨林地域で発生したEVDの流行の原因となっている。
2014年に西アフリカ、ギニアで発生しているエボラウイルスの遺伝子解析によると、アフリカ中央部のコンゴ民主共和国・コンゴ共和国・ガボンで発生したことのあるザイールエボラウイルスに分類されるとの結果が得られた。
この結果は西アフリカで発生しているエボラウイルスがアフリカ中央部に由来することを強く示唆するものであるが、いつ頃、どのような経路で西アフリカに移動したのかは分からない。
5つの種の中でザイールエボラウイルスは最も強い病原性を示す。今回のEVD流行における高い致命率(約60%)は、原因ウイルスの病原性が高いことに起因していると考えられる。

(西アフリカでのエボラ出血熱の最初の感染者は2013年12月末のギニアの少年との説と、2014年2月の同じくギニアの少年との2種類が存在するが、今回の場合には感染者の半数は常にリベリアで発生している。
現在の感染状況から見ると
ギニア起源では無くて、ギニアよりも感染者が初期の段階から現在まで数倍以上多いリベリアの方が疑わしい) 

 


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