逝きし世の面影

政治、経済、社会、宗教などを脈絡無く語る

靴をなめる安倍晋三!SNSの画像でばれる

2018年05月09日 | 軍事、外交
『靴を舐める』2018.05.08 Tuesday 木霊の宿る町   過去⇔現在を行ったり来たり・ときどき未来へも@バンクーバー 

どうでもいい話が歴史の裏話として残ることがありますが、今回のこれなどはその一例かもしれません
外交の実相を表すとき、にこやかに握手している二人がテーブルの下で蹴り合っているという絵が例示されることがありますが、おやまあ、テーブルの上に靴を置かれてるとなると、これは外交情景として前代未聞ではないでしょうか

中東では靴が侮蔑の象徴であるとされるとかで、2010年にはジョージWブッシュ(当時アメリカ大統領)がイラクでの記者会見中に靴を投げられたことがありました
ご主人様の靴を舐める卑屈なケライ・・というのは中東に限ったことではないような気もします。さしずめ日本だと土下座にあたりますか

これを称して靴じょく外交という・・・・座布団ちょうだい 



土足を畳の上に置く無礼、それを晩餐会の食卓の上に置く無礼、しかも主賓(安倍総理夫妻)のデザートの入れ物に靴を使う無礼の3乗



これはカメラのアングルで、わざと日本国首相である安倍晋三夫妻を靴で囲んでいるように見えるように配置したイスラエル政府のネタニヤフ首相との図。(世界最強のアメリカ軍の金魚のフン程度の存在の偽ユダヤ人の偽装国家イスラエルの露骨で下品な傲慢ぶりが良くわかる)

『日本もイスラエルも「外交機密」として隠したが、・・・』ところが、今回はシェフのSNSへの投稿画像から靴辱外交が発覚

The Huffington Post Japan2018年05月09日はイスラエルが安倍首相に出した「デザート」で物議。公邸料理人がつくったのは…(画像) 『イスラエルの外交官は「ユダヤ人に、豚の形の容器を出すようなものだ」と非難』と靴に入ったデザートを掲載しているのですが、・・・
『■イスラエルの首相公邸シェフがつくった・・・シェフは、紳士靴の形をした器にチョコレートを入れたデザートを制作。その写真をInstagramで紹介した。』
と日本やイスラエルの外交当局の発表では無くて、当該シェフのSNSへ投稿画像から今回の靴辱外交が発覚したのである。(ネット投稿がシェフの個人プレーなのか、それともイスラエル政府との連係プレーかは不明だば、悪意ある靴入りデザートのメニュー作成は間違いなくイスラエル外務省当局と綿密に打ち合わせている)

★注、
このハフポスト日本版編集部 の記事に対するコメント欄には、
藤井秀壯 · 東京大学 | UTokyo
このブログが詳しい!
安倍首相の日程・行動からすれば、「痛烈な嫌味」も納得!
との記述があるのですが、・・・
『まさに狂信者』
論旨を要約すると、イスラエル訪問より先に安倍首相がパレスチナを先に訪れたことをネタニヤフ首相(イスラエル政府)が激怒したのだと説明、『これはイスラエル側として当然の仕打だ』と解説している。
ところがである。もしもこの話が真実であるなら、2004年10月 に発生したイラク日本人青年殺害事件の類似したトンデモナイ事件だったことになる。
国際的テロ集団アルカイダに不幸にも捕まって首を切断されて殺された日本人青年香田 証生氏(こうだ しょうせい)ですが、彼はうっかりイラク入りする前にイスラエルを訪問していたので、問答無用でスパイと断定して斬首されている。
東京大学のコメント氏の言い分ですが、丸っきりアルカイダの屁理屈と同じだったのですから怖ろしい。(アルカイダのソックリさんのこれ等の連中は完璧に狂っているか、それともイスラエルが背後霊として憑依した傀儡状態なのであるが、一番恐ろしいのは自分では『正しい』と信じていて少しも疑っていないところだろう)


本当のイスラエル問題 2009年07月02日 | 宗教

『志村建世のブログ』で連載されていた『新書「イスラエル」を読んで刺激され、自分でもイスラエル問題を書いていたら、これ以上簡潔に、しかも核心を突いた『現在のイスラエル問題』を論じたモノはないと思える短い記事を見つけた。
自分が書いた文章の何十分の一以下で、日本人には判り難いイスラエル問題の本質を完全に突いている。
世の中には核心部分を一目で見抜き簡潔に表す人がいるものだと感心する。

東京サバイバル情報  ☆一時避難せよ☆
ペンが剣に負けても、まだまだ、「キーボード」があるさ!

兵器の実験場February 08 [Sun]


ある日、見知らぬ奴が家にやってきた…

奴は言う

『今すぐ此処を出ていけ、俺の先祖は平安時代までずっと此処に住んでいた。ここは俺の土地だ』

何を言っているんだ、千年前まで住んでいたって…そんなの俺の知った事か、

続けて奴は言う

『証拠もある。俺が先祖代々拝んできた祠も此処にあるだろ』

こいつは正気じゃない。奴が拝むのは勝手だが、この祠は俺の家が先祖代々守ってきたものだ。

懐からナイフを取り出して奴は言う

『俺のバックには有名な組がついている。組長もそうだと言っている。』

俺はつぶやく

「そんな、馬鹿な… 」




1945年 7月16日アメリカ合衆国ニューメキシコ州の世界最初の核実験のTrinity 「トリニティ」とはキリスト教の根本原理の三位一体の意味

『ユダヤ教(日蓮正宗)とキリスト教(創価学会)とで、延々と続く仲間内の見苦しい争い』

日本人的には理解しがたい話だが、2000年間も激しく争っていたユダヤ教とキリスト教は別々の宗教ではなく同一宗教であり教義上の違いは存在しない。唯一の違いはイエスキリストの有無だけ。イエスの存在を認めるのがキリスト教で、認めないのがユダヤ教だった。
これを日本国に当てはめて分かりやすく解説すると、池田大作の存在を認めないのが日蓮正宗(ユダヤ教)で、池田大作を教祖として崇めるのが創価学会(キリスト教)、教義にはまったく違いが無いが宗門が創価学会を破門して以後、両者は犬猿の中で罵倒合戦を何十年間も飽きることなく繰り返している。
一神教に疎い日本人でも、ユダヤ教(イスラエル)が日蓮正宗(宗門、本山の大石寺)、キリスト教(アメリカや欧州)が創価学会と同じだと分かると、両者の2000年間の不思議な愛憎劇が簡単に理解することが出来る。


イスラエルの『戦争犯罪』は旧約聖書に由来2009年01月15日 | 宗教

イスラエル極右政党党首、「ハマスには第2次大戦での日本と同様の対処を」

【1月14日 AFP】イスラエル極右政党「わが家イスラエル」のアビグドル・リーバーマン党首は13日、イスラエル政府は第2次世界大戦で日本を降伏させた米国の例に従うべきと発言した。
同国英字紙エルサレム・ポストよると、リーバーマン氏は、テルアビブ近郊のバーイラン大学での演説で、「米国が第2次世界大戦で日本に行ったのと同じように、イスラム原理主義組織ハマス(Hamas)と戦い続けなければならない」と主張した。

『日本は1945年、広島と長崎に原爆を投下された後、降伏している。』
リーバーマン党首はさらに、「ハマスが権力の座にいる限り、イスラエルの安全は確保されない。したがって、われわれは戦いを続けようとするハマス側の意志を打ち砕くことを決心をする必要がある」と語った。
同氏の発言は、パレスチナ自治区ガザ地区(Gaza Strip)のラジオ局でも放送され、携帯電話のテキストメッセージでも多くの人に伝わった。パレスチナ側は激しく反発している。
リーバーマン氏の「わが家イスラエル」は、イスラエル国内で大きな勢力であるロシア移民のコミュニティーを中心に支持を得ており、2月10日に実施予定の総選挙で第4党に浮上するともささやかれている。

『全ての不幸の元は旧約聖書』
2000年以上前に書かれた『旧約聖書』の記述をほとんど唯一の根拠として、欧米の白人系ユダヤ教徒(アシュケナジー)によって中東のパレスチナの地に人工的に建国された宗教国家が、『イスラエル』と言う名の紀元前の古代国家と同名であるが勿論何の関係も無い。

この『ユダヤ教』という宗教によって作られた国家(イスラエル)ほど、パスカルの『人間は宗教的信念をもってするときほど、喜び勇んで、徹底的に、悪を行うことはない。』という言葉の正しさを証明して見せているものはない。

現在ガザで行われている悲惨で愚かな蛮行の出発点、根本原因とは何か。?
それは、猛烈に不愉快な一つの神を持つ一部族の『カルト』だったユダヤ教と、そのカルトの教義を記した『旧約聖書』にその原因の本質があった。

『旧約聖書とは何か』
ユダヤ教の教典で有るばかりでなく、欧米世界で最も影響力が有るキリスト教の教典の一つでも有る『旧約聖書』の、病的ともいえる悪行を為す残忍な鬼畜のような『神』の存在抜きにして今のイスラエルの蛮行を説明するのは難しい。

『偽書』
人類の歴史には出処の怪しげな文章が突然に見つかり、発見者の立場を強力に支持するような重要な情報をもたらしてくれる。
しかし、入念に、時には勇敢に調べてみると、その文章は贋作で有る事が判明する。
でっちあげをする側の動機は非常に判り易く、旧約聖書の申命記がその典型と言えるだろう。
この文章は、エルサレムの神殿に隠されていたところを、紀元前7世紀にヨシア王によって発見された事になっている。
宗教改革闘争のさなかにあったヨシア王は、自分の考えを全て支持してくれる新しい聖書の部分(申命記)を奇跡的に発見したと言うわけだ。

(旧約聖書・申命記 7章1-4
『お前たちの神がこれらの民をお前たちに与え、それをお前たちが征服するときは、彼らを徹底的に破壊するのだ。
彼らを相手にしてはならない。憐れみも掛けてはいけない』 

旧約聖書の『ミカ書』は『正義を行い、慈しみを愛せ』と教えている。
『出エジプト記』には、『殺してはならない』と書いて有る。
『レビ記』には、『自分自身を愛するように隣人を愛せ』と書いて有るし、『福音書』には『汝の敵を愛せ』と教えている。
このように良き教えが沢山書かれていると人々に信じられている『聖書』の教えを奉じる者達が、どれほどまでに多くの血の海を作ってきたかも聖書には書かれているのである。

『ヨシュア記』や『民数記』の後半には、カナン(パレスチナ)全域で行われた大量殺戮の事が記されている。
町という町で、男ばかりか女子供、はては家畜までが皆殺しにされるという出来事が,さも嬉しそうに書かれているのだ。
エリコの町は『聖戦』の為に跡形も無く破壊された。
『ヨシュア記』には、
『息の有る者はことごとく滅ぼし尽くした。イスラエルの神、主の命じられた通りであった』
この大量殺人の理由はただ一つ、殺した側(ユダヤ人)のこんな言い分だけた。
『遥か昔に、神は我等の先祖に約束された。息子に割礼をほどこし、一定の儀式を執り行うならば、この土地を我等に下さると』。

(士師記 21章10-24)
「そうして彼らは1万2千の兵士をヤベッシュ・ギリアッドに送り、女子供も含め、そこの住民を皆殺しにしろと命令した。
『これがお前たちがやることだ』彼らは言った。『すべての男たちと処女でないすべての女たちを殺せ』。

(エゼキエル書9章5-7)
「それから私は神が他の男たちに言うのを聞いた、『町まで彼について行け。そして額に印が無い者たちはすべて殺すのだ。情け容赦するな。皆殺しにするのだ・・年寄り、女子供もすべてだ。しかし、印ある者には触るな。この寺院からお前たちの仕事を始めよ」
「彼らはまず70人の指導者たちを殺した。『寺院を汚せ!』神が命令した。
『庭を死体で埋め尽くせ。さあ行け!』そうして彼らは町中に入って行き、言われた通りのことをした」。

(民数記第31章18節)
『民数記』は、神がモーゼにどのようにミディアン人を攻撃するように仕向けたかを述べている。
彼の兵達は、あっという間に全ての男を虐殺し、ミディアン人の全ての町を焼き払ったが、女と子供は殺さなかった。
部下の兵達がこの様に慈悲深い自制をはたらかせた事をモーゼは激怒し、全ての男児と、処女でない全ての女を殺せと命じた。
『女のうち、未だ男と寝ず、男を知らない娘は、貴方達の為に生かしておくが良い』

(ヨシュア記第6章21節)
モーゼの時代に始まった民族浄化は『ヨシュア記』において血まみれの成果をもたらす。
『ヨシュアはエリコを攻めた。崩れ落ちる城壁・・・エリコの戦いにおける古のヨシュアにかなうものなんて無い』
いにしえのヨシュアは、イスラエルの民が『男も女も、若者も老人も、また牛、羊、ロバに至るまで町に有るものはことごとく剣にかけて滅ぼし尽くすまで、休む事が無かった』。

聖書の物語における『神』と言う人格は、約束の地(パレスチナ)の占領に伴う大虐殺や民族殲滅について、何らかの疑念や罪の意識を感じていた形跡は全く無い。

『申命記』第20章における神の命令は、情けの欠片も無くあけすけである。
彼(神)は自分自身にとって必要な地に住んでいる人間と遠くはなれたところに住んでいる人間とを明確に区別した。
後者は平和的に降伏するように勧告しなければならない。
もし拒絶すれば、男は殺し、女は繁殖の為につれさられた。

この比較的人道的な扱いと対照的に、あまりにも不運な事に、すでに約束された生存圏(レーベンスラウム)に定住してしまっている民族に対しては、一体どんなことが用意されていたのか読んでみると、
『あなたの神、主の嗣業として与えられれる諸国の民に属する町々で息の有る者は、一人も生かしておいてはならない。ヘト人、アモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人は、あなたの神、主が命じられたように必ず滅ぼし尽くさねばならない』。

『旧約聖書は人間の尊厳に対する侮辱』
宗教があっても無くても、善いことをする善人はいるし、悪い事をする悪人もいるだろう。
しかし、善人が悪事を為すには『宗教』が必要である。
人間は、宗教的な確信を持って行っているとき以上に、完璧かつ快活に悪を為す事は無い。
旧約聖書で自らは『神』を名乗っている人格(ヤハウェイ )はユダヤ人にとっては『神』かもしれないが、ユダヤ人以外の別の民族にとっては神ではなく極悪な『魔物』か凶暴、残忍な『鬼畜』と解釈されても致し方ない性格を持ている。
もしオウム真理教が理想国家を建設し、半世紀にわたって超大国アメリカ合衆国の対外軍事援助総額の半分以上を独占して成長すれば、今日のパレスチナの悲劇は誰にでも当然予想された範囲内の事柄であろう。



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選民思想と中華思想の違い (私は黙らない)
2018-05-10 05:28:08
ユダヤ人の中には、とても良い人もいるのだけれど、イスラエルというマスになると、その行動規範が全く共感できない。私見なのだが、選民思想が背景にあるように思う。それは普段のおつきあいでは表にでないけど、ふとしたことで強烈に感じることがある。
中国人にも体幹に中華思想があり、どこにいても自分たちが世界の中心なのだけれど、私の肌感覚からするとユダヤ人の選民思想と中華思想の違いは一言でいうと、exlusiveかinclusiveか。ユダヤ人の選民思想は、排他の論理、中華思想は包括論理、だから周囲に広がる。中東でのイスラエルの在り方をみると、この排他の論理が強く働いているように思う。一方中国は、鷹揚に大中華経済圏を築きつつあると思う。思想の違いではないか。私も、こちらでは面倒なので、「アンタ中国人?」と中国人に尋ねられると、「そう、中国語はしゃべれないけどね」と返しておくことにしている。そうすると、彼らは深堀りせず、彼らのネットワークに入れてくれて親切にしてくれる。
それしても、安倍はなぜ中東に行く必要があった?ただの高飛び?
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十戒 (SHION)
2018-05-10 09:39:17
高校時代、梅原猛氏の著作を読んでいたら、モーゼの十戒と仏教の十快を比較した文章があったことを覚えています。

仏教では不殺生戒は、十戒の第1番目であるのに対し、モーゼの十戒においては「汝、殺すなかれ」という戒は6番目である。

仏教が殺すことを禁ずるのは、人間以外の生き物をも含む全てであるのに対して、モーゼの十戒では人間、しかも同じユダヤ教徒だけを「殺してはならぬ」と言っている。

そして

そろそろ世界は「キリスト教」の教義から脱却していかないと、決して平和は実現しない。

(「哲学する心」梅原猛1968年)

だいたいこんなニュアンスだったと思います。まず何よりも「エホバを信じよ」というユダヤ教の教義から言えば、異教徒は殺すことに何の抵抗もない、というのがユダヤ教、キリスト教の実態なんだと、あのころの私は妙に納得してしまっていました。

教会で一心に神に祈るキリスト教徒が、一歩教会を出ると銃を片手に世界中で人を殺して回っている、というグロテスクな構図が、ローマ以来続いている世界の実態であり、いまだにそこから脱却できていないというのは、人間の愚かさの証明かもしれません。

「人間は、宗教的な確信を持って行っているとき以上に、完璧かつ快活に悪を為す事は無い。」

というご指摘は、正鵠を得たものだと改めて思いました。
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独鈷エビと靴 (私は黙らない)
2018-05-11 03:37:22
宗純さん、この靴問題、だんだん腹が立ってきました。まず、なぜ、これほどまで露骨な屈辱外交を、日本のメディアがひとつも取りあげない?私は毎朝日本のニュース番組をチェックしいているけど、この靴問題、どこか報道しましたか?何故報道しない?イスラエルが相手じゃ都合悪いから?まだこれでも「得意な外交」って言い続けますか?
これが、もし、安倍総理が中国、韓国で受けた仕打ちなら、日本のウヨ達も大騒ぎですよ。日本の自称愛国者達は、靴をテーブルにおかれてヘラヘラしているこの間抜けな夫婦をみて、何とも思わない?イスラエルには侮辱されても抗議もできないわけ?何故?
ネタニアフ、プーチンには靴のデザートなんか出せっこない。日本がどれだけ馬鹿にされてるか。子飼いのXXのそのまた属国って見下されてるのがみえみえじゃないですか。
昔のイスラエル政権は少なくともこんなじゃなかったと思う。暗殺されたラビンとか。不勉強なのだけど、イスラエルが政権交代して労働党政権にならないと、中東和平なんてありえないんじゃないかと思えてくる。何でイスラエル国民はネタニアフを選んだのか。同じことが日本にも言えるけど。何で安倍を選んだのか。
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独鈷エビと靴 補足 (私は黙らない)
2018-05-11 03:39:05
独鈷エビは、純粋に彼の国の政治的主張だったが、靴は侮辱ですよ。問題が全然違う。
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