人生晴れたり曇ったり

「辛酸を嘗めた私の闘病日記」2年半の闘病生活の峠を越え、その後の元気な日常を画像を加えながら不定期ですが書いています。

人生の幸せ

2019年05月21日 | 冊子(人生晴れたり曇ったり)

ようこそ

先日も二人の男性から励ましのメールを頂いた。ありがたい事である。とはいっても一人は、私の兄であるが

昨夜、通夜の仕事に従事していた。喪主の方の挨拶を聞いていると、亡くなった高齢の女性の半生を語っていた。聞くと60代で次女を亡くされて、それ以後はショックで立ち直る事が出来ずに、施設と自宅、自宅と施設の行き来の生活が約30年続いたと言う。

自宅での看病の様子も語っていたが、壮絶な人生の後半を過ごされたようである。一人の患者が多くの不幸な人を生む。悲しい事である。

人生100年時代と言われるが、人生は100年トータルで、万遍なくそれなりに幸せでなくてはならない。若い時代だけが幸せであっても、高齢時代が幸せであっても、人生の幸せとは言えないのではないだろうか

人生の幸せには、健康とお金は基礎中の基礎である。「アリとキリギリス」の物語を思い出す。人生は生活の為だけに働いている訳では無いが、一日の内では働いている時間が一番長い。仕事が楽しくなければ幸せな人生とは言えない。能力主義が叫ばれてから久しいが、最近は終身雇用も崩壊し、せせこましく世知辛い世の中になってきているように感じる。

私は60歳にして、初めて入院や手術を経験し、幾度となく入退院を繰り返したが、定期検査はあるものの穏やかな日々を取り戻した。今、4か所目となるガンの疑いもあるが、来月には結果が確定すると思われるが、おそらく良性腫瘍ではないかと勝手に思っている。

そういう意味では、私の人生の後半は、健康不安に襲われて、決して幸せな人生で有ったとは言い難いが、60歳にして起業した第二の人生を楽しんでいるのが、せめてもの救いである。

過疎化が進み、人口が減少して高齢者が多い豊岡においても、幸いにして3人の子供家族と7人の孫に恵まれ、トータルでは幸せな64年間で有っただろう。

今後は、どんな人生が待っているのかは誰にも分からないが、些細な事にでも幸せが感じられるような生き方をしたいものである。

生まれた時は10歳は10年前に、20歳は20年前に、30歳は30年前に誕生するが、死ぬときは、この順番とは限らない。そういう意味では、誕生は平等であるが、死は不平等である。

最近は、高齢者の交通事故により尊い命が奪われる事故が相次いでいる。大きな社会問題である。加害者も被害者も一瞬にして、これまでの人生を失い家族や親せき、友人なども苦悩の日々が続くことになる。

皆さん、今一度、人生を振り返って、新たなスタートをしてみてはいかがでしょう。

では又ね

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