(´・ω・`)ショボーン

いろいろと…

「まんが日本昔ばなし」ゴールデン復活!

2005-10-14 | Anime
 名作アニメ「まんが日本昔ばなし」(TBS)が、10月から水曜午後6時55分のゴールデンタイムで、11年ぶりにレギュラー復活することが11日、分かった。 75年1月に始まった同番組は、94年9月に終了。 レギュラー放送952回を数えた。 今回は、初期の名作をデジタル処理した新映像で放送。 制作の毎日放送は「家庭がバラバラといわれる今だからこそ、家族そろって見て欲しい」と話している。
 新放送は10月19日スタート。 新作ではなく、初期の名作を選んで放送する。 毎日放送の丸谷嘉彦プロデューサー(58)は「人気もあり、評価も高い番組はそうない。 今の子供たちにも、同じものを見てもらいたいと思った」と説明した。

 市原悦子、常田富士男の2人語りはそのままで、オープニング曲も花頭巾の「にっぽん昔ばなし」を当時のまま起用する。 エンディング曲は「にんげんっていいな」。 セル画1枚1枚を映像化していた当時の映像記録をデジタル処理。 ハイビジョンにも対応している。

 番組は75年から94年9月まで、全39シリーズ、計952回(レギュラーのみ)放送された。 現在は、後期作品を中心に全60巻120話がビデオ化されているが、残り1347話は未収録。 今回は75年1~3月の第1シリーズから集中的に放送するため、ビデオ未収録作品に茶の間で触れることができる。

 丸谷氏によると、放送がなかった11年間、ほぼ毎週、あらゆる世代の視聴者から復活を希望する声が続いていたという。 昨年末からゴールデンでの復活を検討し、実現にこぎつけた。

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まんが日本昔ばなしキタ━━━━ヽ(゜∀゜ )ノ━━━━!!!!

昔懐かし不朽の名作! 市原悦子の家政婦は見た!(違)

やはりこれを見て育たないとろくな大人には慣れない。 これから再び11年間続けていって欲しいものだ。

いぃ~なぁいぃ~なぁ~♪に~んげ~んてぃい~なぁ~♪
(*´ェ`)

ガンダム種 最終話 ~最後の力~

2005-10-03 | Anime

こんな終わり方で


いいんです


か!!?


( ゜Д゜)ポカーン


福田が前作で「まだやり残したことがある」と言っていたけど、これがそのやり残した成果ですか!? なんですか?あの 打ち切り っぽぃ話の展開は…。

端折り過ぎなんてものではないような気がする…。 最後はこんなにアッサリと終わらせるのではなくて、もっと時間をかけてグランドフィナーレを迎えることで人々の心の中に強く印象づけられるもの。 アッサリしすぎると今までの話はなんだったのか…ということになってしまう。 レイがあそこまでギルにご執心であり、キラを自分の分身であるラウの敵とまで思わせる演出。 それにもかかわらず、アッサリと心変わりして最愛のギルを撃ってしまう…。

主人公であるシンの扱いも酷いものだ。 結局、キラが主人公かよ…という展開。 あそこはキラとの戦いで心変わりしたシンとあくまでも人々の未来を決定づけるデスティニープランを遂行しようとするギル、そして親友のシンと最愛のギルの間に揺れ懊悩するレイとの一騎打ちになるべき演出が盛りあがるのに。 そこから懊悩の末に自分の明日・未来を切り開いていこうと改心するレイによって放たれる銃弾。 その矛先は最愛の人ギルの胸へ…しかし、ギルの前に咄嗟に立ちふさがったタリアの胸に沈む。 ギルは何が正しくて何が正しくない世界なのかをタリアの最後の言葉によって考え始める。 「私は間違っているのか?」と。 そして感動のグランドフィナーレへと話は進んでいく。

この部分は時間をかけて進めるべきであったと思うのだ。 結局、シンなんて何も出来なく、どさくさに紛れてルナのおっぱいに泣き寝入り。 この少年のもっと苦悩する回を増やしておくべきだった。 結局、シンはあのあとどう変わっていくのかも明かされなかったし、すごく消化不良。 あんなバカげた終わり方では、まだ今後があるのか?と思わざるを得ない視聴者が何人いるだろうか。 まだ続編がでるというのであれば、今回のデスティニーはファンに許されると思う。

フィギュアって

2005-10-01 | Other
コンビニでペットボトルジュースについているオマケフィギュアじゃなくて、専門に作られ単体で売られているフィギュアは精巧に出来ている。 アニメの女キャラのフィギュアを欲する世の男性諸君が多いのだが、二次元の創造物に恋していると思って間違いないと思うのだ。 フィギュアに関心のない者は部屋に飾って何が楽しいのだろうと思うのだが、当の本人からすればそのアニメが好きであり、そのキャラフィギュアを飾るという行為は見る度に悦に浸れるものなのだ。 アンティーク・骨董を集めるのと同じような感覚であるといえよう。 その快楽を求める為には惜しみなく金をつぎ込むことが出来る。