日本神話で最初に登場する神様は、アメノミナカヌシ。
この神様は宇宙そのもの。
形がない。
特に何をするわけでもない。
ただ「在る」存在。
そこから色々な神様が生まれては消えていく。
生まれているようで実は生まれていない。
常に在る。
般若心経で言えば、不生不滅。
粒子は生まれては消えていく。
その数は変わらない。
不増不減。
量子物理学的に言えば、「ゆらぎ」。
その中から、男の神様、女の神様として初めて登場するのが、イザナギとイザナミ。
日本神話では、天の神々のことを天津神(あまつかみ)という。
天のことを高天原(たかまがはら)という。
イザナギとイザナミが生まれたときには、まだ大地が不安定でどろどろだった。
そこで、天津神がイザナギとイザナミに大地を整えるように依頼する。
そのための道具として、天沼矛(あめのぬぼこ)をイザナギとイザナミに与える。
そして、二人は虹を通って地上へ降りる。
イザナギとイザナミは、矛を海?に突き刺し、かき回す。
この時の音が「こおろ、こおろ」
矛を抜くと、矛の先からドロがしたたり島ができた。
この島が「おのころ島」
淡路島の近くにある島。
おのころ島にイザナギとイザナミは降り立ち、天津神と交信するための天御柱を造る。
その次に自分たちの寝泊まりする神殿を造る。
その後、二人はあることに気づいた。
イザナギは男の神様であるが、下半身がなんかぶらぶらする。
イザナギはイザナミに質問する。
「わたしの体の一部が出っ張ってるんですよーイザナミさんどうですか?」
「そうですねぇ、わたしの体は出っ張りはないけど、くぼみが一か所あるんですよねぇ…」
「そうなんすか?もしよければ、そのくぼみを私のでっぱりで塞いでみてもいいですか?」
「そうですね、塞いでみましょう。でも塞ぐならちゃんと誓いを立てて塞ぎましょう」
二人は天御柱の周りを反対方向に向かって歩き、出会ったところであらためて告白しあった。
「なんと素晴らしい男性でしょうか」
「なんと素晴らしい女性だろうか」
二人は神殿へ行き営む。
そして生まれてきたのがヒルコ。
ヒルコは骨のないぐにゃぐにゃの神様。
「うわぁ、この子はちょっとカウントできへんなぁ」
「どうする?流すかぁ」
ヒルコは川へ流された。
再度営む。
泡が生まれた。
すぐ流した。
「なんでちゃんと子供できへんのやろか?」
二人は悩み、天津神に原因を聞いた。
天御柱で通信する。
プルルルル、ガチャっ
「どうしたんや」
「ちゃんとした子を産みたいのですけどうまくいかないんです。」
「どっちから告白した?」
「あー、イザナミからです」
「ちゃうねん、ちゃうねん、男から言わんと~」
「あー、そういう問題なんですね」
「それに決まってるやん」
ガチャッ
「イザナミさーん、僕のほうから告白しますわー」
再度、天御柱を二人は回り、イザナギから告白する。
原文のまま書くと、
「あなにやし、えをとめを」(なんと素晴らしい女性だろう)
「あなにやし、えをとこを」(なんと素晴らしい男性だろう)
神殿へ行き営む。
大成功!
こうして、淡路島が生まれた。
その後次々と立派な島を生み続けて、日本ができた。
これが島生み。もしくは国生み。
なぜ、男性から告白したらうまくいったのか。
陰陽の世界において、男の役割は描くこと。
女性にはそれを形にする力があるとされている。
一説にはこの陰陽が関係しているのではないかと言われている。
そして、二人の告白の言葉であるが、「あなにやし」という日本語はなく、実はよくわかっていない。
ここで登場するのがユダヤ人のヘブライ語。
あなにやしは、「アニヤシ」というヘブライ語ではないかという説がある。
アニヤシは、「わたしは結婚します」と言う意味。
実際、ユダヤの婚礼では、花嫁の周りを花婿が回ったり、柱の周りを花嫁花婿が反対に回る儀式が残っている。
古事記が書かれた時代には、ユダヤの告り方がはやっていたのかもしれない。
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