一時間半の作業で額から汗が滴り落ち眼鏡が曇って地面が見えない。体力的にも限界かと思いシャワーを浴びることにした。昨夜は夜中までインターネットscrabbleをしていたにも関わらず7時前に目が覚めた。フェンス代わりと思い竹垣を作り始めたが、一部しか完成していない。道路との境界は単管パイプで仕切ってあり、まるで建設現場のようで味気ないと思い勤務先から使用しないネットフェンスを数枚貰い受けて設置したのが梅雨時であった。足りない分は隣りの竹やぶから不法侵入してきた竹を使い少しづつ竹垣をつくっている。鉈がないので、半分に割ることもできず、そのまま単管パイプに括りつけてきた。それも、ビニールの紐やら、針金やらとその場しのぎである。今年の春までは生垣らしきものが存在していたのだが、本下水道がこの田舎にも通ることになり浄化槽を撤去したのであるが、その際に工事の邪魔になる生垣も根こそぎ撤去されてしまったのである。丸裸同然になってしまった我が家に申し訳ないと、ネットフェンスを取り付けるやら、竹垣をつくるやらで何とか体裁を整えた。2~3週間前に竹を切って7,8本用意しておいた。それがやっと今朝になって単管パイプに括りつけられた。作業を終えてあたりを見回すと、台風による雨続きの天候にもよるのだろうが、雑草が茂り始めているのに気づいた。夢中で雑草と格闘しているとあっと言う間に一時間がたち、汗だくになっていた。
たった一時間の草取りで、このざまである。情けない。自分の血液中には一生を雑草との戦いに捧げた母親のDNAがあるはずなのに。農家の長男に嫁いだ母は一生の殆どの時間を田んぼや畑の中で過ごした。農作業を嫌っていた父の分まで母は働いていたように記憶している。世話好きの父は外面が良く家族の面倒を見ない分、他人の世話をして喜ばれていたようだ。誰もが嫌がる自治会長の役を快く引き受け額縁に入った感謝状が所狭しと鴨居の上に並ぶ。その傍ら、保険の外交員もしていたようで家を留守にすることが多かった。子供心に家にいる父の姿は思い出せない。母は文句ひとつ言わず、そんな父の分まで畑仕事をしていた。幸いにも姉が農作業をすることになって母は一人で農作業をせずにはすんでいた。ところが、この姉もいやいや農作業を手伝っていたというのが本音であった。というのも腹違いの姉は特別扱いで、農作業をすることなく市内の工場に働きに出ていた。畑仕事を手伝っていた姉とすれば、毎朝お化粧をして、自分とは全く別の服装で通勤する腹違いの姉が羨ましくて仕方なかったようである。なぜ自分だけが畑仕事をさせられ腹違いの姉だけが着飾って工場の勤めに出かけるのかと母に食ってかかったこともあったと聞いている。母にしてみれば、自分の子供でないから遠慮があったのだろう。本当に父の子供であったのかは定かでない。何かと言うと父をかばう二男は、自分の子供でもない姉を無理やり押し付けられたのだろうと言った。父親が浮気をして、浮気相手に産ませた子供だとは認めたくないようであった。今となっては真相はわからないが、腹違いの姉が本当の姉ではないという疑惑の中で育ったという事実だけが残っている。子供のころから実の姉ではないと誰からか言われたに違いない。家族の暗黙の了解の中で、肩身の狭い思いをしながら腹違いの姉は育った。実の姉からは、その特別扱いの身を羨ましがられながら。その二人も歳を重ねるにつれて昔の苦い思いを少しづつではあるが薄れさせてきているのだろう。母が年老いて体が弱ってきた時にも実の姉でなく、長男は腹違いの姉にその世話を頼んだのである。腹違いの姉の連れ添いであるコウゾウは、この事を根に持っていたようで酒を飲むと必ずと言っていいほど愚痴っていた。年寄りの世話を長男に押し付けられたと愚痴るのである。たった50坪の土地を分けてもらったばかりに母親の世話を押し付けられたと。母は母で、そんなコウゾウの仕打ちが居たたまれないと二男にこぼしていたようである。老人介護をめぐる醜い争いが、実家を離れ東京に住んでいた自分とは遠い故郷で起こっていたが、直接これに巻き込まれることはなかったというか、距離を置いて避けていたのだろう。そこには関わりあいになりたくないというずるい自分がいた。故郷の家族の争いに目を向けることなく自分の家族だけを守ろうとするずるい自分が。草むしりをすると、農家の末っ子だった子供時代がふと蘇ったりする。記憶の中の母は、いつも農作業姿で竹かごを背負い鎌を持っていた。これから草取りをするのだろう。
たった一時間の草取りで、このざまである。情けない。自分の血液中には一生を雑草との戦いに捧げた母親のDNAがあるはずなのに。農家の長男に嫁いだ母は一生の殆どの時間を田んぼや畑の中で過ごした。農作業を嫌っていた父の分まで母は働いていたように記憶している。世話好きの父は外面が良く家族の面倒を見ない分、他人の世話をして喜ばれていたようだ。誰もが嫌がる自治会長の役を快く引き受け額縁に入った感謝状が所狭しと鴨居の上に並ぶ。その傍ら、保険の外交員もしていたようで家を留守にすることが多かった。子供心に家にいる父の姿は思い出せない。母は文句ひとつ言わず、そんな父の分まで畑仕事をしていた。幸いにも姉が農作業をすることになって母は一人で農作業をせずにはすんでいた。ところが、この姉もいやいや農作業を手伝っていたというのが本音であった。というのも腹違いの姉は特別扱いで、農作業をすることなく市内の工場に働きに出ていた。畑仕事を手伝っていた姉とすれば、毎朝お化粧をして、自分とは全く別の服装で通勤する腹違いの姉が羨ましくて仕方なかったようである。なぜ自分だけが畑仕事をさせられ腹違いの姉だけが着飾って工場の勤めに出かけるのかと母に食ってかかったこともあったと聞いている。母にしてみれば、自分の子供でないから遠慮があったのだろう。本当に父の子供であったのかは定かでない。何かと言うと父をかばう二男は、自分の子供でもない姉を無理やり押し付けられたのだろうと言った。父親が浮気をして、浮気相手に産ませた子供だとは認めたくないようであった。今となっては真相はわからないが、腹違いの姉が本当の姉ではないという疑惑の中で育ったという事実だけが残っている。子供のころから実の姉ではないと誰からか言われたに違いない。家族の暗黙の了解の中で、肩身の狭い思いをしながら腹違いの姉は育った。実の姉からは、その特別扱いの身を羨ましがられながら。その二人も歳を重ねるにつれて昔の苦い思いを少しづつではあるが薄れさせてきているのだろう。母が年老いて体が弱ってきた時にも実の姉でなく、長男は腹違いの姉にその世話を頼んだのである。腹違いの姉の連れ添いであるコウゾウは、この事を根に持っていたようで酒を飲むと必ずと言っていいほど愚痴っていた。年寄りの世話を長男に押し付けられたと愚痴るのである。たった50坪の土地を分けてもらったばかりに母親の世話を押し付けられたと。母は母で、そんなコウゾウの仕打ちが居たたまれないと二男にこぼしていたようである。老人介護をめぐる醜い争いが、実家を離れ東京に住んでいた自分とは遠い故郷で起こっていたが、直接これに巻き込まれることはなかったというか、距離を置いて避けていたのだろう。そこには関わりあいになりたくないというずるい自分がいた。故郷の家族の争いに目を向けることなく自分の家族だけを守ろうとするずるい自分が。草むしりをすると、農家の末っ子だった子供時代がふと蘇ったりする。記憶の中の母は、いつも農作業姿で竹かごを背負い鎌を持っていた。これから草取りをするのだろう。