田舎で暮らしてます。 (My country life!)

都会の喧騒を離れ、北関東の田舎で可愛いペット達と暮らし始めた中年夫婦の日記です。

選挙事務所開きに出席

2011-01-30 23:53:50 | 日記
昨夜はアジアカップの決勝戦で深夜というか早朝までTV中継の試合を見ていたので珍しく八時過ぎまで寝てしまった。のんびりと朝食の準備を始めようとした9時前後に突然の来訪者。休日の朝だというのに迷惑な話だと思いながら玄関にでると近隣に住む会社の同僚がお出かけの様子で立っていた。県議選の選挙事務所開きがあるので出席して欲しいとの依頼であった。会社でも支援をしている県会議員なので無視するわけにもいかず、社長も出席していると聞けばなおさらである。面倒なことに巻き込まれたと心の中で愚痴りながらも外出の準備を始めた。選挙事務所は一昨年に民主党の議員が使用していたのと同じ場所であったが、この議員は今回みんなの党からの出馬である。自由民主党から出馬して初当選、2期目は自民党を離れ無所属で出馬して当選したが政策としては民主党に近いことから無所属とは言え民主党に近い位置から議員活動をしていたのだが、政権を取ったその後の民主党のふがいなさに嫌気がさしてのみんなの党への鞍替えらしい。政治家としての信念を貫くためには自民党や民主党では無理だと悟っての行動であると熱く語っていた。10時から始まった決起集会は、後援会や支援団体役員たちの応援演説が長引くこともなく11時半には終了していた。今回の選挙では当選そのものより上位当選が目標であるらしい。議員として活躍する為には、どうしてもトップ当選、少なくとも上位当選でなければならないそうである。



受験シーズン到来

2011-01-23 23:37:42 | 日記
かのイチロー選手はオフシーズンで自主トレだろうか。我が家のイチローはセンター試験を終えてやっとエンジンフル回転といったところである。大寒波襲来により各地で大雪に見舞われ受験生とその親たちは大変な思いをしたようである。我が家の受験生はセンター試験の2日前に東京に住む祖母のマンションに転がり込んだとは言っても、世帯主は入院中で部屋だけをホテル代わりに使わせて戴いたに過ぎないのだが。同じマンションの6階に叔母夫婦がすんでいるのだが、彼らに甘えることもなく東京に滞在中の食事はコンビニ弁当で間に合わせていたようだ。食事に誘われたが丁寧にお断りしたと後で報告を受けた。コンビニ弁当では脳の栄養も行きとどかないのではと余計な心配をしたが今更どうしたものか。息子はセンター試験の終了した翌日に祖母を病院に見舞いに行き、その足で夜遅くなって帰宅した。その祖母も先週ようやく退院したと妻から聞いた。再入院であれほど辛い思いをしたのだから今後は食事にも十分注意するだろうとは思うが、油断大敵である。83歳にもなって未だに食欲だけは全く衰えをみせない老婆である。年をとるとお肉を食べたくなると聞くが、これも人それぞれであるようだ。草食系の男子が増える一方だが、義母は肉食老婆である。こう書いてしまうと、なんとなく山姥を思い出してしまう。山と老婆で思い出されるのが一昔前に話題になった姥捨て山の映画である。日本が貧しい時代に、ある地方で口減らしと称して老人を山に放置していたという話である。実の親を山奥に捨てるという残酷な話ではあるが、それから数十年も経った日本で同様な事態が起こっており老人の孤独死として社会問題化している。残った家族が限られた食糧で生き延びる為に泣く泣く親を山奥に捨て去る時代には、それでも親子の情というものが存在していた。大都会の片隅で家族から見捨てられ、誰にも知られることなく一人でこの世を去りゆく老人は姥捨て山で飢え死にする者たちよりも寂しい人生の最後となる。姥捨て山の老人たちは自分たちが犠牲になることで息子が、その孫たちが生き延びることができると信じている。少なくとも映画でみせられた老婆は自分を憐れんだり悲しんだりはしていなかった。毅然としたその態度はのこされた家族への愛情で光り輝いていた。そんな家族のきずなや愛情が、物質的な貧しさの中に溢れていた。ところが誰もが食べることには困らなくなった現代社会では何かがおかしくなってしまっている。家族のきずなが失われ壊れてゆくなかで、愛情のはけ口をペットにもとめる人々も少なくない。

一年の計は元旦にあり、油断大敵腸閉そく

2011-01-03 05:55:41 | 日記
義母が昨年の10月に胃の摘出手術をして半年も経たないのに元旦から再入院となってしまった。元旦の朝は義妹家族と合同でおせち料理の朝食を済ませ、近くの八坂神社へと初詣に向かった。義母のマンションから歩いて数分であるが、神社の入り口付近から歩道に沿って長い列がすでにでき始めていた。今年も近場で初詣をすまそうという人たちが集まってきているのだろう。普段は人気のない神社であるが、夏祭りの季節と正月だけは混雑するようだ。なんとか1時間以内でお参りも終わり、破魔矢とお守りを購入してマンションに戻った。今年は息子のリベンジ受験を控えている。そんな受験生の息子に何もしてやれなかった情けない父親であるが、浪人生活を続けさせることはできない環境下にある。なんとしても志望校に合格して欲しいと切に願っている。昨年の受験失敗から見てきているががむしゃらにに勉強に打ち込んでいるとは思えない。全くマイペースで受験勉強をしているようで、さほど緊張感が伝わってこなかったのが少々心配ではある。親が叱咤激励したところで受験する本人がその気にならなければ何の手助けにもならない。無関心を装っているわけではないが、受験生それもイチローなのだが親としての責任感も緊張感もないのはなぜなのだろうか。頑張ってほしいとは思うのであるが、他人事のようになってしまっている。息子の一生を左右する大切な時期なのに父親としての自覚が足りないのかもしれない。けっして息子に無駄なプレッシャーを感じさせないという思いやりなどではない。なぜか妙に冷めた感覚なのである。予備校の冬期講習や受験直前ゼミなども勧めてはみたが、本人は自宅学習だけで十分だと言いきっていた。父親に経済的な甲斐性がないのを知っての発言かもしれないが、それはそれで父親としては寂しい限りである。それにもまして、昨年は住み慣れた東京郊外のマンションから北関東の田舎への引っ越しや義母の入院などが重なり受験勉強どころではなかったかもしれない。全ての受験生が恵まれた環境で勉強に励んでいるとは思わないが、父親としての責任を感じずにはいられない。八坂神社から戻った後は、境内で買ったお好み焼きを囲んでおせち料理が並ぶテーブルから適当につまみながらの昼食となった。テレビの正月番組を見ながら夕方まで時間を過ごし、早めの夕食となった。夕食が済んで、後片付けが始まったころに突然に義母の様子がおかしくなった。気分がわるくなったというより、痛みをこらえているような苦痛の表情が台所に立つ義母に見えたような気がした。義妹があわてて母親にかけより、ソファーに横になるようにとすすめた。さらに気分がわるくなったのかトイレに行こうとした義母を義妹と妻が両脇でささえるようにして連れてゆく。その後、布団の中で休んでいたが痛みが治まらないので義妹が病院に電話をして急患の診察を依頼した。義妹が夫の運転する車で病院までおくることになり、自分たちはマンションに残ることになった。診断結果は結果腸閉そく。しかし食べ物が詰まったのか内壁がくっついてしまったのかはレントゲン写真では判断ができないとの事。応急処置として、食道から管を通して腸内に溜まったガス抜きを処置を行った。そのあとは、徐々に腸内にある食べ物と腸液を体の外に出してゆくとの事であった。どうやら原因は食べ過ぎである。胃袋がない状態で、大量に食物を腸内に入れてしまったに違いない。あれもこれもと消化の良くない食材を正月気分で調子に乗って食べてしまったようである。子供でもあるまいに、83歳にもなって情けない話であるが、人間いくつになっても食に対する興味だけは尽きないようである。いや他の欲がすべてなくなった老齢だからこそ食欲が最後の砦なのかもしれない。食欲がなくなれば健康な体は保てない。それが理性を上回ってしまったできのことである。年寄りの我儘だと責めるわけにもいくまい。ただ、二人の娘にしてみれば苦しむ母親の姿を見るのは辛いことである。正月気分で油断してしまったのだろうが、元旦早々入院騒ぎで困ったものである。幸いにも命に別状はないようで先ずは一安心であったが、どうも1週間程度の入院では済まないようだ。