田舎で暮らしてます。 (My country life!)

都会の喧騒を離れ、北関東の田舎で可愛いペット達と暮らし始めた中年夫婦の日記です。

末期がんとの闘い、新戦力アラビノキシラン

2012-09-23 12:39:30 | 体と健康
自分の病気についてはブログには書きたくなかったのだが、最近アラビノキシランという物質を用いた癌代替医療についてインターネット上で情報を入手した。

このサイトは末期癌からの生還を果たした、余命3カ月と宣告をされた癌患者の闘病について書かれたホームページです。彼の父親が約4カ月で末期癌を克服した内容を記してあります。これは単なる闘病記ではなく、「癌のメカニズム」「免疫システム」「代表的な癌の部位別・臓器別情報」「現代医療の実態」「有効な代替療法」などについてホームページの管理者が随時調べて、癌治療をこれから行うに当たって必要だと思われる情報を、書籍・国立がんセンターサイト等や書籍から集めたものだそうですが、医学知識の無い素人にも非常に分かりやすく整理して掲載されています。市場には癌について書かれた本が反乱していますが、このサイトは情報量も多く実体験にもとづく信頼感も高く患者として大いに勇気づけられました。

手術ができない、痛みどめの放射線治療も終了して最後の抗がん剤治療に頼らざるを得いない状況にある中、抗がん剤と併用して免疫力を高めて自力で癌と戦おうという考え方は素晴らしいと共感しています。コントロールのきかなくなった自分自身の細胞は外からの化学薬品ばかりでなく、自然治癒力や免疫性を補うことには全く同感であり、非常に理にかなった治療方法と言えるでしょう。ただ、その免疫性を高める治癒力を高める為にはどんな製品(物質)が良いかとなると判断は難しいかもしれません。このホームページの内容を信じて、アラビノキシランを用いた癌治療を開始することにした。

癌とは戦わなければならない。

だが、人生のすべてをそれに注ぎ込むこともしたくない。

幸いにも入院もせずに自宅療養の身である。

人生を楽しみながら、治療にも専念したい。

簡単に「余命」などと言う言葉を使って欲しくない。

命に「余り」など無いのだから。

ワイルドに、マイルドに人生を歩みたい。

闘病はその一部にすぎないのだから。

感謝

抗がん剤治療の開始1週間

2012-09-16 08:36:01 | 体と健康
昨日までは車椅子で移動しながらも骨折の痛みも我慢できる程度であったが、夜中に左足大腿部に激痛が走り目が覚めた。まだ夜中の2時である。テレビの巨人阪神戦を見ながら夕食を済ませ、夕食後の薬を飲み終わって9時前には床に就いた。痛む左足を毛布でくるんだバスケットの上に乗せて出来るだけ痛みを和らげる姿勢で眠りについたつもりだったが、これが裏目にでてしまった。毛布の塊に乗せた左足が眠っている間に下に落ちた際に左足をねじったか、強くあたったかしたようで痛みで目が覚めたのである。昨日までの痛みとは比較にならない痛みで再び床に就くことを諦めた。いちばん楽な姿勢であると思われる車椅子に座ってみたが昨日とは座りごごちも異なり足の付け根付近にもびりびりとした痛みを感じていた。昨日までは間違って足をひねることさえしなければ激痛が走ることはなかったのに、起きてからはどんな姿勢を保っても痛みは治まらない。単に筋を違えた程度であれば筋肉消炎剤でも痛みは抑えられると考えて足の付け根と大腿部に鎮痛消炎剤クリームを塗りこんでみた。痛みを鎮める効果はなかった。骨折部が広がったのか、骨折した骨の位置がずれて神経を刺激しているのかわからないが痛みは我慢の限界をこえてきている。三連休に挟まれた日曜日であるが、緊急外来で受けつけてもらい入院することを考え始めた。
車椅子生活であろうが、自宅にいれば病院のように退屈することもないし、気が滅入ることも少ないので自宅療養を希望したのだが、夜の睡眠時間だけは車椅子というわけにはいかない。今日まで何もなく眠れていたことが不思議である。そして、これは起きるべきして起こった睡眠中の事故と言わざるをえない。脚の痛みに耐えて興奮していたこともあり、今朝も早朝から妻と口論となってしまった。激しい非難の言葉の応酬が続き、その内容もエスカレートしていった。お互いの家族を巻き込んでの口論は延々と続いていった。人は興奮すると歯止めが利かなくなる。普段はおとなしい自分では想像もつかない意地の悪い言葉があとを絶たずでてくる。売り言葉に買い言葉で、妻も夫の兄弟を非難し始める。まさに泥沼状態である。こんなときに自分は何をやっているのかと自己嫌悪に陥いるくらい自分でも情けないくらい妻への誹謗中傷である。ひとはこんなにも意地悪になれるものなのだ。これはお互いに言えることである。妻の大きな声と共に、目から大粒の涙がこぼれる。女の武器である涙。男はこれに弱い。自分が言い過ぎたと反省して、矛先を収める。妻の涙の原因は、夫の無神経な行動が原因であった。ロールパンをまな板の上にのせて、卵サンドとウィンナサンドを作っていたらしいのだが、眼鏡をかけていない夫には目に入らなかったようで、テーブルの上に残っていたロールパンの袋から1個取り出し、無意識にかじっていた。この夫の何気ない態度が、情けなかったのだろうか、せっかく妻が準備している朝食を待たずに食べ始めたと誤解したようである。こんなにも、夫につくしているのに夫に理解してもらえない。この無神経な男は一体なんなのだろうという怒りも同時に生じていたのだろうか、大粒の涙は様々な感情をため込んで一気に流れ出した。そして、この涙が気まずい夫婦の関係を修正してくれたようである。
痛みを堪えていたとは言え、結果的に妻に八つ当たりをしてしまったことに夫は大いに反省した。
さて抗がん剤を投与し始めてから一週間になるが、夜中に汗をかくのと手のひらに違和感を感じている。手のしびれという程大げさなものではないが、明らかに皮膚の表面が自分のものでないような感覚となっている。薬の副作用であろうか?吐き気や胃が痛むといった症状は出ていないが、時折胸やけのようなものを感じたことはあった。これも副作用なのであろうか?抗がん剤の効果については2週間後に確認するという説明を受けてはいるが、左足の骨折がこれ以上悪化することを防ぐという意味合いでは、入院して経過を見るのが最善なのであろう。自宅療養を続けたいとは思うが、最悪の事態を考えれば病院で生活した方が安心ではある。昨日までは県立がんセンターを訪問して、今後の治療について相談窓口を訪れようと考えていたのであるが急遽方針の変更を余儀なくされた。とりあえずは、左足骨折の対応を優先しよう。

骨折そして休職

2012-09-12 09:06:35 | 体と健康
裏庭の葡萄の木が伸び盛りなので葡萄棚にしようと竹竿の支柱を建て始めた。この間の日曜日も2本の竿を追加して、玄関に戻ったときに足を踏み外した。一瞬目の前が真っ暗になると共に激痛が股関節を襲った。最初は筋を痛めた程度に思っていたが、買い置きの鎮痛消炎剤クリームを塗りたくっても一向に痛みが治まらない。左足が上がらなくなっているので骨折の疑いもあると思い、翌日の早朝に整形外科で診てもらうことにした。
車の運転は出来そうもないので、月曜日の早朝に姉に電話を入れて、病院まで送ってもらうことにした。予約外の患者なので通常は1時間以上は待たされる。受付を済ませ診察用ファイルを受け取り、診察室前のファイル入れに裏返しに置いた。どうせ1時間近く呼ばれることはないと決めつけ、診察室前の椅子に座らずに入り口付近にある会計カウンター前の待合室に移動した。呼ばれる前に3人でお茶でも飲もうとしたのだが、姉は持参の麦茶を勧めた。常に麦茶を持ち歩いているというのでペットボトルかと思っていたが、姉がバッグから取り出した大きなステンレス製の魔法瓶を見て驚いた。バッグには紙コップまで詰め込んであった。ペットボトルが当たり前の昨今、魔法瓶と紙コップが出てきたのにはびっくりした。食べ物や飲み物にこだわっている姉らしいとは思った。おそらくペットボトルの清涼飲料や缶コーヒーよりも夏の暑さには冷えた麦茶が一番だと思っているのだろう。たしかに糖分の多い缶コーヒーやスポーツ飲料も時と場合によっては体に良くないのは事実である。

のんびりと待っている間に、姉から受付で順番票を受け取っていないのかと質問が飛んだ。それらしき紙切れは受け取っていないというと、診察室までいって確認してくると言いだした。仕方ないので3人で指定された診察室の前に行き、椅子に座って待つ十数名の患者さんをしりめに診察室のドアを開け、看護師に順番票を受け取っていない旨を説明した。すると今回は予約外患者なので受付票は発行していないと告げられた。それよりも、すでに9時35分頃に1回名前を呼んだが診察室前に見当たらなかったので診察をキャンセルされてしまったと看護師に言われた。しまった、おとなしく診察室の前で待っていれば30分以内に診察を受けられたはずである。確か、受付は9時5分から10分過ぎてあったと記憶している。10時近くまでは呼ばれることはないと診察室の前を離れたのはうかつであった。
そして待つことさらに1時間がすぎ、10時台の患者受付枠の中でなんとか診察が始まった。整形外科医による5分程度の問診の後、レントゲン撮影をすることになるが前立腺がん患者で骨への転移が見られるという過去のデータから、レントゲンだけではガンの転移までは判断できないので、CT撮影も行うことになった。
レントゲン撮影とCT検査が完了したのは昼の12時を過ぎてからであった。午後1時まえに再び診察室に入り、レントゲンを見せられ足の付け根の関節に近い突起状の骨が剥がれていると告げられた。心配していた通り骨折していた。骨折部位の専門用語は教えてもらったが書きとめてはいない。あとでゆっくりしらべてみよう。股関節にひびが入ったわけではないので、痛みはあったが一安心である。ただし、骨がかなり弱っているようで、虫食い状態のような骨の画像を見せられた。通常であれば、手術で骨を固定してもとに戻すのだが、骨折した部位の骨自体がもろくなっているので繋いでも無駄になる可能性が大きいので手術は勧められないとの説明である。手術を望めば即入院して、骨折部の手術を行うことは可能だが完治する保証はないとの説明では、無理に手術をする必要もないと判断した。前立腺の治療中患者であるという事で、すぐに泌尿器科の担当医に内線で連絡をとり、泌尿器科の診察室で待つこと10数分で、今度は泌尿器科の診察室で担当医に診てもらった。先生の説明ではPSA値が下がってきており骨への転移は治まってきたと判断していたようであるが、CT画像をみるかぎり左足の骨への転移は広がっているようである。今まで行ってきたホルモン治療を急遽取りやめて、抗がん剤治療に変更するという。ホルモン治療は長期に効果のある治療でないので、いずれ抗がん剤に変更するとは聞いていたが思っていたより早くホルモン治療の効果が薄れてきたという事なのか。
抗がん剤の副作用については世間一般にも良く知られていることで、多少の不安があったので抗がん剤の使用はあと延ばしにしたかったのだが、選択の余地はないようで医師の指示に従うことにした。
抗がん剤の治療も不安要素ではあるが、骨折した骨をそのままにしておかなければならないというのも心配である。手術できないという事は痛みも継続するということになる。骨折という症状のまま、ガンとも戦わなければいけないようである。骨折による痛みとガンによる痛みと二重の痛みを我慢することになるのだろうか。
日曜日の夕食後から抗がん剤を飲み始めた。飲み始めたばかりなので、いまのところ大きな副作用は感じていない。ただ骨折の痛みは眠れないほどではないが継続している。骨がかなり脆くなっているので足に負担をかけ過ぎると他の骨も骨折する可能性があると言われ、車椅子の使用をすすめられた。最後の診察が終了して会計の際に、車椅子の貸し出しについて問い合わせたところ預かり保証金と僅かな部品損傷費用で借りることができた。今後は車椅子生活を強いられることになるが、上半身が自由に動かせるのは有り難い。抗がん剤の副作用がひどくなければ職場復帰もできるだろうと期待している。
体の動く限り、仕事は続けたいと願っている。
Quality of Life だけは譲れない。
治療の為だけの病院生活は避けたい。
今日も明るく前向きに。

チロリン村でパターゴルフ

2012-08-21 05:31:29 | 体と健康
チロリン村でパターゴルフ


パターゴルフの様子をアップしました。ゴルフコンペの後は、ペット参加で楽しい会話が続きます。ええ、文鳥は会話ができるんです、心の会話が。他のペット達とは違います。こうして、どこへ出かけるにも一緒に行動しますから。
さて前日の夕食ですが結構美味しかったようですね。部屋でお留守番でしたが、部屋に戻ってから家族が話しているのを聞いていました。サラダのドレッシングはイタリアン風で、これは御主人様のお気に入りだったようです。お魚料理はマグロのクリームソースかけで、煮魚が好きな奥様の好みだったかな。メインとなる牛ステーキは外はこんがり焼きあがり、中はジューシーな柔らかさで絶品でしたと長男のマー君が褒めていましたから、余程おいしかったのでしょうね。ペンションに泊まるのは、ホテルに泊まるより格安という事もあるようですが、それよりも一般に料理が美味しいということらしいですよ。オーナーシェフが料理に腕をふるうフレンチやイタリアンのフルコースディナーが目当てに泊まるお客さんも多いとか聞いてます。
今回のペンションもフレンチ風のディナーだったようで家族一同ご満足といったところですかね。離れに設けてあった露天風呂も好評だったようですが、夕方なので虫が飛び始めていたのが不満だったようで、奥様はご機嫌ななめでしたね。ご主人様は何故か内風呂にはいったようですが。こちらは室内なので、虫が飛び交うこともなく快適な、のんびりとしたバスタイムを過ごせたようです。
夕食はあれほど美味しかったのに、今日の朝食は残念でした。なによりも長男マー君の大好物であるスクランブルエッグが、ただの卵焼きになってしまっていました。クリームのようにとろりとしたものがスクランブルエッグであるべきなのに、これはいり卵にしか見えない。スクランブルエッグもどきなら、いっそのこと目玉焼きの方が美味しいかもしれないなどとマー君は思ったようです。半熟のサニーサイドアップをハムと一緒に口に運ぶ、これが美味しいのですとご主人様は考えている。食生活を切りつめて質素な生活をしている割には、この家族意外にグルメみたいなことを言いますね。文鳥は果物以外に人間が食べるものを与えてはいけないと家族全員が信じているようで、めったに家族と同じ食事をすることのないペット文鳥の身では、彼らが本当にグルメ舌をもっているのか知る由もない。その料理が美味しいかどうかは、人それぞれ。粒餌が主食の文鳥ごときが口をはさむべきではないと、これ以上のコメントは避けることにしました。

末期がん患者のQOL

2012-07-27 05:25:08 | 体と健康
マスコミではガンで死亡するタレントや多くの有名人が大きく報道され、涙をさそうガンの闘病ドラマが過去に何度も放映されている。興味本位ともとれる心ないマスコミの行動により、多くの人々がガンに対して否定的なイメージを押し付けられる。ところが、ガンを克服した、奇跡の回復を成し遂げたといった報道は意外にすくないようである。昔から、BAD NEWS IS GOOD NEWS と言われているように悪い出来事ほど人々の興味をひくようで、悲劇のガン患者の最後を知ることで、ああ自分でなくて良かったと安堵したいのかもしれない。
マスコミの功罪はともかく、ガンが不治の病であると思いこむのは良くないようである。たしかに治療は重要であるが、患者の生活の質がそれ以上に重要ではないか。幸いにも自分は末期ガンにも関わらず普通の生活を営んでいるし、特別扱いされることもなく建設業関連の会社で仕事をしている。月に一度の内分泌治療注射がある程度で、1日3回食後に数種類の薬を飲むだけである。還暦を過ぎれば多かれ少なかれ誰もが高血圧や糖尿病やらで何らかの薬をのんでいるであろうから、ガンの治療薬が特別ということもない。明るく、そして元気に仕事ができるということは有り難いことである。家族や同僚に感謝の毎日を過ごしている。『ストレスをためず、明るく毎日を過ごせばガン細胞はきえていく』と井上満氏の本に書いてあるが、ガンを治したくて必死で努力しているわけではない。生活の質を落としたくない、病人として毎日をすごしたくないからである。
期限のある命であれば、その期間を病室で過ごすことは、もったいないのである。昼は人並み以上に仕事に打ち込み、夜は静かに妻との会話を楽しむ。そんな生活を最後まで続けたいと思うから、この病に対してマイナスイメージは持ちたくない。ガンであっても元気に生きている人々が世間にはたくさんいる、自分も普通の生活をして元気に暮らしている人々の一人にすぎない。とりあえずは、暴れ牛のように振舞う自分の細胞とうまくつきあってゆくことだろうと考えている。暴れ牛を殺してしまう、放射線治療や牛を隔離する外科手術だけが治療ではないと考えられるようになった。
ガンを敵対し、やっつけることもしなくて良い。ただガンに負けたくはない。生活の質を落とし闘病生活を病院でおくるのだけは願い下げである。その程度の反骨精神は還暦が近い自分の体の中には残っていそうだ。『心の持ちようで、ガンはこんなに良くなる』ことを実践してゆくだけである。
患者の生活の質を最優先に。
そこで一句、<がん患者 まけるな免疫 そこにあり>