空を見上げる 道端に目をやる
コロナで気持ちが落ち込んでいても
春になるとあたたかくなり、桜が咲き、木々が芽吹く
ホッとするし、負けていられないと思う
ところが、毎年一面に咲いていたイワカガミが
今年は人の踏み入れた跡が広く道になって………
コロナで里山に出かける人が多くなり、スマホのカメラ機能が良くなって踏み入れても平気…
と言われると、気をつけてはいるが、他人ごとではない
また、小中学校で一人一台のiPad が使える時代に……といって
今までのゲーム漬け、スマホ漬けから抜け出すのは、大人でも難しく
いきなり子供たちだけが、創造性を持つようにはなりえない
人のつながりや
手足・身体を使って一つ一つ試行錯誤しながらやって
身に着けていくことを大切にしたいし、
子供たちにも、実体験を積み重ねていってほしい (*^-^*)
今頃だけど、気づかされたことがあった
文を書いたり、人に話をするとき
『目的は何か』と考えていたか ❓
言おう、言おうという思いだけで
相手がどうなることを目的にしていたか、意識していただろうか?
当然でしょう!と言われるかもしれない。
でも、私は、はっきりと意識していないことが多かったのではないか
書くことも、話すことも、十分に相手に伝わっていなかったのではないか
『目的は何か』と考える延長線上に
コロナの対応も、自然を維持する行いもあるように思った
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