ネタばれせずにCINEるか

かなり悪いオヤジの超独断映画批評。ネタばれごめんの毒舌映画評論ですのでお取扱いにはご注意願います。

黒澤 明vsハリウッド

2010年04月17日 | 映画評じゃないけど篇
著者は、黒澤明幻の監督作品『暴走機関車』『トラ!トラ!トラ!』で、脚本の英訳に関わったという田草川弘氏。日米共同と銘打たれ20世紀FOXの肝いりで制作発表された『トラ!トラ!トラ!』。日本側の監督を引き受けたクロサワが途中降板させられた真実の理由にせまろうとしたノン・フィクションだ。

ハリウッドの大物プロデューサーから直々にオファー受けたクロサワが有頂天になってはしゃいでいる様子が書かれている前半は、まるで幕末~明治の英傑を無条件にほめちぎる司馬遼太郎の小説を読んでいるかのようである。日本の至宝が世界に認められたことを、クロサワ本人よりも喜んでいる筆者の島国根性がすけて見えるのだ。

なぜか米国にだけ保管されていたという『トラ!トラ!トラ!』の脚本を手に入れた筆者はさらなる暴挙に出る。クロサワに成り代わって映像化されたシーンの想像をふくらますくだりなどは、身のほどわきまえない筆者の悪のりとしか思えない。

日本側の関係者に対してクロサワ降板の件でインタビューを試みると、皆が一様にだまりこくってしまったという。「世界のクロサワ」を傷つけるような話ははばかれるということなのだろう。そのため米国側に残っている資料からの推察が主となっており、心情的にはクロサワ・証拠はアメリカ=ハリウッドというネジれ現象が気になるところでもある。

クロサワの持病の分析や契約関係の不備などの事実関係を掘り下げるよりも、一般人から見れば“奇行”と映る数々の事件が、今までのクロサワ作品(『七人の侍』『用心棒』など)に比べて度がすぎていたのか否かの考察が抜け落ちているため、戦中派映画監督がかたくなにこだわった作家主義と分業が当たり前のハリウッド・スタンダードとの対立軸が鮮明にうかびあがってこないのである。

『20世紀は狂人が盲人の手を引いていく時代だった』時代の本質を見事に言い当てているクロサワのこの言葉は、監督が主人公の山本五十六を通じて描きたかった映画のテーマだったという。もしもこのままクロサワが撮影を続行していれば、大方の予想とは異なる非常に内省的な映画になっていたのではないだろうか。おそらく興行的にも期待できる作品にはなっていなかっただろう。

ユダヤ系の映画監督をのぞいて、金目的に米国にわたった映画監督のほとんどは撮る作品がことごとく面白くなくなっていく。合理が幅をきかせる世界においては、映画にとって最も重要な作家の魂が蝕まれるからであろうか。その意味では、ハリウッドから好条件のオファーを受け入れた時点で、すでに繊細な巨匠の心は蝕まれていたのかもしれない。

黒澤 明vsハリウッド トラ!トラ!トラ!その謎のすべて
著者 田草川 弘(文春文庫)
〔オススメ度 





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