ハードSFをベースに古典や神話、宗教、言語学や認知心理学のあるエッセンスを抽出して融合させ、独特の世界観を構築するのが巧みなSF作家テッド・チャン。
本短編集の作品別感想は下記のとおり。
『バビロンの塔』
「又はじめっからやり直しかよー」というボヤキが聞こえてきそうなおとぎ話。これぞ輪廻、これぞ業。
『理解』
アルジャーノン級の天才が2人もいたら。ゲシュタルト崩壊のキーワードが「バルス」ではなかったのが残念。
『あなたの人生の物語』
自由意思は予定された結末に影響を及ぼさない。生まれた時から死ぬとわかっている人生に意味はあるのか。
『ゼロで割る』
一度亀裂が入った夫婦仲って、元に戻せないんだよね。0で割った数字に0をかけても元の数字にならないように。
『七十二文字』
粘土人形を動かす動力は72文字の名辞。複製させる明辞ってもしかしてDNAのこと?
『地獄とは神の不在なり』
天使降臨が日常化した世界では「美徳が報われるとは限らない」という信仰の本質が顕になる。ちょっとベルイマンっぽいかも。
『顔の美醜について』
整形天国の韓国映画でこんな台詞があったっけ。「美人はブランド品、普通女は既製品、ブスは返品」やっぱ名言だわ。
「場当たり的に参考になる書物をつまみ読みしているだけ」なんて作者テッド・チャンは謙遜して言ってたけど、オタクの壁も高くなっている昨今、幅広く相当のレベルまで研究しているはず。
科学者でもないくせにやたらと専門知識をひけらかしたがる余多のSF小説とは違って、一般読者も頑張ればなんとかついていける寸止め感が心地よく、却ってストーリーに読者の想像を誘う奥行が生まれているのだ。
表題作がヴィルヌーヴの目に留まり映画化されるにあたって、チャンとヴィルヌーヴの間で、レムとタルコフスキーのような打ち合わせの場がもうけられたことを想像するとゾクゾクする。(勿論怒鳴り合いにはならなかったとは思うけど)
映画監督にとって大いに脚色しがいのある本短編集はつまり、各分野にまたがる諸々の学説を物語のマクガフィンからメファーにまで昇華させているのである。逆の言い方をすれば、各短編に散りばめられた学説に詳しければ詳しいほどドツボに嵌まりやすい、悪魔的短編集でもあるのだ。
あなたの人生の物語
作家 テッド・チャン(ハヤカワ文庫SF)
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