コカインの過剰摂取が原因で23歳の若さでこの世を去ったリヴァー・フェニックスの青春メモリアルムービーだ。ベトナム戦争に反対する左翼運動家のアーサー(ジャド・ハーシュ)とアニー(クリスティン・ラーティ)の両親に連れられて、弟のハリーと共に、名前を変えながら引越と転校を繰り返す17歳のナイーブな青年ダニーを、同年代のリヴァー・フェニックスがみずみずしく演じている。
ナパーム弾製造工場を爆発した罪でFBIに追われている両親は、リベラル系元米大統領バラク・オバマとも親交があった実在の人物がモデルになっているらしい。この危険なファミリーに、逃走用の車や住むための家を手配する過激派グループのメンバーと思われる人物が登場するのだが、もしかしたらオバマの名前もFBIの要注意人物リストにあげられていたかもしれないのだ。
が、この映画はそんなQアノンが好みそうな生臭い政治の話ではなく、転校先でピアノの才能を教師に認められジュリアード音大への進学をすすめられたダニーが、家族をとるか将来の夢をとるかに悩む、あの『CODA』のもとネタ的ストーリーなのである。家族は一つにまとまらなければならない、が口ぐせのアーサーを、どうしても見捨てることができない父さん想いの心優しきダニー。
転校先で音楽教師の娘ローナと知り合い親しくなるのだが、おたずね者の両親がいては気質の娘との交際が成就するはずもなく、あと一歩がなかなか踏み出せないのである。そのダニーの葛藤も見所の一つではあるのだが、ジュリアード受験のことを担任教師に聞かされた母親アニーが、資産家の父親に久しぶりにレストランに会いにいくシーンで、映画はクライマックスをむかえるのである。
かつては帝国主義のブタと蔑んで別れた実父に、ジュリアード進学のためダニーの身元引き受けを涙ながら頼み込にきたアニー。
「皮肉だなアニー、ダニーに新しい人生を与えようとしている。お前が捨てた人生を」
「辛い思いをさせてごめんなさい。次は私が苦しむ番ね」
つまり、FBIに追われる身となった娘に会うこともままならなかった実父の辛い気持ちを、ダニーを気質の世界に解放することによって、今度はアニーが味わうことになるのである。
正義を貫くために社会に敵対する生き方をもしも選ぶとするならば、やはり家族を持ってはいけないと思うのである。家庭と社会の板挟みで苦しむことになるのは、罪のないその子供たちだからである。まるで飼い犬を捨てるように道端にダニーを置き去りにするアーサーには、脚本家の悪意さえ感じ取れる。「他人に左右されるな、人生を切り開くんだ」って言われてもねぇ。このダニーと善人の両親を嫌っていたローナの将来も、もしかしたらアーサー&アニーのように社会に背を向け逃亡生活を強いられようなことになるのではないだろうか。なんてったって歴史は繰り返すのですから....
旅立ちの時
監督 シドニー・ルメット(1988年)
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