本書に予言書として登場するのは「野馬台詩」、梁の武帝に命により宝誌和尚が作成したとされる。日本には遣唐使で中国にわたった吉備真備が持ち帰ったとされる。真備は717-735年にかけて唐の国に滞在し、752年にも再入唐したとされる。そこに書かれていたのは五言廿四句の漢詩で、中には「黄鶏代人食」黄鶏人に代わって食し「黒鼠喰牛腸」黒鼠牛腸を喰らう⇒このように下剋上で世の秩序は崩壊する、というような如何ようにも解釈できそうな詩歌。詩の冒頭に「東海姫氏国 百世代天工」東海にある姫の国では百代の時代を経て天に代わり人の治める国となった、というくだりがあり、天皇家は100代まででその後は治世が大変化する、とも読める。日本では度々起きる天変地異や謀反、下剋上、内戦のたびに、こうした解釈が可能な出来事が起きて、そのたびに本書が参照されて、「未来記」として紹介され、歴史解釈が繰り返されてきた。野馬台詩が本物なのか、というよりも本書が何度も参照されてきたことが事の本質である。
最も早い参照例は「延暦9年注ー延暦寺護国縁起」で、奈良末期の孝謙女帝から光仁天皇への皇統転換が焦点となり解釈が付せられた。鎌倉末期13世紀後半の「叡山略記」では同じ皇統転換について、黒鼠は道鏡であり、黄鶏は光仁天皇である、と注釈している。その後も数多くの文書に野馬台詩への参照と解釈が記述され、動乱の時代を歴史解釈して見せている。「歌行詩」「聖徳太子日本国未来記」「愚管抄」「太平記」「応仁記」「大乗院寺社雑事記」「応仁略記」など枚挙にいとまがない。未来記とは、歴史解釈を古文書の未来予言として解釈して見せることでもあり、現代「ノストラダムスの大予言」もしかりで偽書扱いされる物も多い。奈良時代から平安、鎌倉という不穏な時代に、末世の解釈を施すことは民に少しの安心を与えることでもあった。不安な時代の謎解きに古文書を利用するのは、過去から行われてきたこと、という一冊。本書内容は以上。