そして2009年夏休みに読んでみて大感動し「帰らざる夏」を再読するきっかけとなった「永遠の都」、小説としてうまい、ということではなく、あくまで主人公小暮悠太の目線で明治から昭和の戦争までを綴っている。悠太の祖父時田利平は日露戦争に従軍した海軍軍医、その後東京で病院を開業する。そのバイタリティは明治の男の強さ、そして当時の日本の勢いを象徴する。全7巻で読み応え抜群であるが一気に読んでしまった。この作品に出会ったことで、私の中の「加賀乙彦」株は急上昇、その続編である「雲の都」を読み、フランドルの冬や帰らざる夏を読み返すことになる。
この自伝で確認したかったのは、永遠の都や雲の都で書かれていたことと加賀乙彦の本島の人生がどの程度重なっていたのかを知りたかったから。小暮悠太は初恋の千束に物語の最後になって50歳でやっとプロポーズし結婚する。加賀乙彦もそんなに奥手だったのかと思ったが、そうではなかった。兄弟姉妹の数などはいくらか相違はあるもののその他は概ね実際の加賀乙彦の人生そのものであることも分かった。やはりそう、そうでなければあそこまでリアルなストーリーにはならないと思った。
友人で作家である大江健三郎や小川国夫が出身地の神戸や静岡のことを題材にして小説を書くのを見て、自分には東京しか田舎はなくて書くべき故郷がないと思っていたが、東京のことをかけばいいと気がついた、と自伝で書いている。それはまさに永遠の都であり雲の都のなかで書かれた226事件の時の東京目白であり、B29に焼夷弾を落とされる慶応大学裏にあった時田利平の病院である。歴史の本では客観的に説明される2.26事件や太平洋戦争時の東京の町をそこに住んでいた人から見るとどう見えたのか、一瞬間を切り取るだけではなく、小さい時から東京の目白に生まれて暮らし、祖父の病院に入り浸っていた子供の目から見た東京、昭和4年生まれの悠太は関東大震災を経験したわけではないはずだが、祖父や母から聞いたのであろう、その時の朝鮮人への暴行事件などは迫力と実際にそこにいなければ書けないような描写である。
加賀乙彦は晩年キリスト教の洗礼を受けるが、「宣告」を書いた時に、それを読んだ遠藤周作から本物のキリスト教信者ではないからこのような書き方になるのだ、と言われキリスト教の神父を自分の家に呼んで3日間に渡り疑問点を聞き出し、自分なりに納得できたと思ったので洗礼を受けた、と書いている。信仰とはなにか、信じる「croire」というフランス語の単語にはどのような意味があるのだろうか、ということを自分を題材にして検証したということか。
現在85歳の加賀乙彦は私の母と同じ年、どちらもこれからも健在でいてほしい人達である。
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