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意思による楽観のための読書日記

感染症の日本史 磯田道史 ***

歴史人口学」の速水融を師と仰ぐ筆者。江戸時代の宗門改帳は、幕府命令により200年ほどの期間、藩によっては徹底的に実施され、歴史学的にこれほど貴重な資料はない。歴史的事実を宗門改め帖からあぶり出し、江戸時代の家族制度や「勤勉革命」と名付けた文明発展のカギについて世に問うたのが2019年に亡くなった歴史学者速水融。

速水融によれば、世界の国々の中で、いち早く文明が開けた中国、エジプト、インド、ペルシャでは、その後、文明の「化石化」が起きて、20世紀になって現代文明発展国となり損ねた。こうした国家では20世紀以降、政治優先で強大な権力所持者が指導する国家となる第一系列の近代化を行っている。第二系列とは、封建国家から資本主義社会を経験し議会制民主主義を生み出した国家群。現在の欧米と中ロの対立は、そうした歴史的経緯の延長線上にあると考えられる。

本書では牧畜の開始を人獣共通感染症の淵源とする石弘之の「感染症の世界史」を紹介。中世欧州でのペスト流行も中世農業革命により、食糧が豊かになり都市が発達。ペストを媒介するネズミが激増したことを原因とする。狩猟時代には人口密集が少なく感染症大流行はなかったが、農業と牧畜開始が定住化を生み感染症と人類との付き合いが始まったとする。大航海時代はそれを全世界に拡散、戦争はその速度を加速した。

火縄銃やキリスト教と同時に日本列島に持ち込まれたのも感染症。性感染症は、朝鮮半島への進出をもくろむ秀吉軍を苦しめ、鎖国はこうした感染症の予防に役立ったという。しかしペリー来航はコレラを長崎に持ち込み、江戸に飛び火して3-26万人ものこれら感染による死者を出した。感染症は攘夷思想の一因ともなったが、明治維新と同時に日本も世界感染症の仲間入りをする。

1918年ー20年、全世界で広がった「スペイン風邪」は当時の新型インフルエンザ。速水融によれば、日本内地での死者数が45万人で人口の0.8%、樺太で3800人で3.5%、朝鮮で23万人で1.4$、台湾で49000人で1.3%、となり、内地、外地を合計すると日本全体で74万人もの死者を出していたことになる。世界の統計情報での人口比死者数率はドイツ0.38%、英国0.58%、フランス0.73%、イタリヤ1.07%、日本0.70%、米国0.65%、中国0.84-2.01%、インドネシアが3.04%、インドが6.05%、ケニアが5.78%となっている。日本での流行の波は大きくは3回。第一波が1918年5-7月で死者はなし。第二波が1918年10月-翌5月で26.6万人が死亡、第三波が1919年12月-翌5月で18.7万人が死亡した。

日本では日本書紀にある記述として、崇神6年に疫病で国民の半数が死んだとある。敏達、用明はともに天然痘で崩御。奈良の大仏が建立された聖武天皇時代には天然痘の大流行期を迎え100-150万人、当時の人口の約3割が死んだとされる。不比等の息子たち藤原4兄弟もそろって病死。京都祇園祭が祀る牛頭天王は、牛痘の使者とされた蘇民将来とスサノオ。京都の人たちが今でも玄関先に飾る「蘇民将来の子孫なり」の札は、天然痘を持ち込まないというおまじないだった。新潟県では牛の絵を逆さにして玄関に貼る村があるのも同様の考え方。関東から南東北では「目かご」、富山では「手形」、江戸では「麦藁の蛇」などなど全国に同様のおまじないがある。

江戸時代に最も感染症に対して対策を講じられたはずの徳川将軍たちでさえ、15人のうち14人が天然痘に感染。たった一人免れたのは8歳で亡くなった家継。天皇は15人中7人が罹患。一方、岩国藩は隔離を徹底、疱瘡流行時には領民と武士に外出を遠慮させ、自宅療養も禁止、「疱瘡退き村」への隔離を徹底させた。さらに濃厚接触者として看病、患者の隣家、患者訪問者も隔離対象となった。藩は隔離対象者には生活費用を負担し施策を徹底させた。岩国藩では藩主の誰一人として天然痘に罹患しなかったという。隔離政策には給付がなければ逃れる人が出るため施策が徹底できないことの、証明となる事例だという。

日本歴史上でもっとも恐ろしい感染症は麻疹で、致死率は0.1-0.2%でありワクチンがあるにもかかわらず、感染の再生産数が12-18と極端に高く、感染者の3割が肺炎、脳炎などを併発し治療法が確立していないことによる。麻疹はワクチンができるまでは20年に一度流行が繰り返されており、現代でも未接種者は感染リスクがあると考えた方がいい。米中対立の中で、感染症との戦いは今でもリスクとして存在すること意識し続けることが重要。本書内容は以上。

2023年夏に日本では季節外れのインフルエンザ流行が始まっている。性感染症や麻疹、サル痘の流行も気になるところ。本書によれば人獣共通感染症は100万年以上も続く人類史上の、ほんの1万年ほどの最近の事柄である。コロナ禍規制解禁に伴いジェットによる世界旅行が再開されているが、権威主義国家では、侵略戦争と国民への言論規制が行われている。人類は今、未経験の感染症大流行時代に入っているのと同時に、第一系列の権威主義国家と第二系列の民主主義国との対立の時代に入っているのかもしれない。
 

↓↓↓2008年1月から読んだ本について書いています。

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