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意思による楽観のための読書日記

ねじまき鳥クロニクル 全3巻 村上春樹 ***

登場人物の性格やセリフなどを含んだ暗喩で表現されるものが現実社会の何かを象徴しているような、読者に判断を委ねる小説は多い。カフカ、魔の山、スミヤキストQの冒険、砂の女などの小説が思い浮かぶし、イギリスのプリズナー#6なんていうテレビ番組もあった。理性と感情、民主と独裁、パートナーと自分の脆い関係性、権力と個人、夢と現実、孤独と連帯、過去と現在などの象徴、本作品もその線上の小説だと思う。

岡田亨という主人公は至って普通の30歳の男、妻のクミコと6年間普通に過ごしてきたが、ある日クミコは失踪して行方が知れない。クミコには兄のワタヤノボルがいて、経済学者でマスコミに登場、今では衆議院議員にまでなっているが、クミコは過去にノボルに汚されたことがある。クミコの姉も同様で、食中毒で死んだと言われるが、亨は汚れを苦にして自殺したのではないかと疑っている。クミコはノボルの軛から逃れたくて、亨と結婚してうまくいくかに思えたが、やはりノボルがこの世にいる限りは逃れることはできないと思いつめて、出奔したと思われる。亨に行き先は思い当たらず、クミコが言うように、他に男ができた、という理由には納得できない。亨はクミコを愛しているし、必要としている。

クミコの家出の直後、クミコと結婚する時に知り合った本田さんの遺言を伝達するために、軍隊で行動をともにしたという間宮元陸軍中尉が亨を訪ねてくる。間宮元中尉はノモンハンでの壮絶な戦闘体験とシベリア抑留経験を亨に語る。スパイ容疑で同行した特務機関の男がロシア人将校に生皮を剥がれ、間宮は人知れず放置された涸れ井戸に放り込まれたところを本田伍長に救われた。その後、間宮さんはシベリヤ抑留を経験、そこで、生皮を剥いだロシア人将校と再会、日本人捕虜の待遇改善のため、協力することになる。そのロシア人将校は悪の権化のような存在だったが、間宮は生き残りと日本人捕虜のためと考えて協力し続ける。ロシア人将校を殺害する機会を得るが叶わず、片腕を失って日本に帰還したという経験である。

亨は、近所の空き家にある涸れ井戸に降りて、夢を見る。夢では、謎の女がいて、そこにはワタヤノボルもいる。夢の世界にいる謎の女がクミコだと確信した亨は、必死で女を連れて帰ろうとするが、思うようには行かない。

現実世界で、亨は夢を見る協力者を得る。その井戸がある空き家を買い取る手助けをしてくれるナツメグという女性とシナモンというその息子であった。ナツメグは空き家を取り潰し、家を建て直し井戸を掘り直して、毎日亨が井戸に降りて夢を見ながら、収入を得る方法を提供してくれたのだ。ワタヤノボルは危機感を抱く。加納マルタ、クレタ姉妹に亨を誘惑させたり、亨にクミコと通信回線経由で会話する機会を与える。それはクミコの自由意志によるものなのかは不明だが、たしかにクミコ自身であった。

亨は再び井戸に降りて、夢の世界に行く。夢の中でワタヤノボルは暴漢に襲われて瀕死の重症を負う。夢の中での犯人は亨そっくり、追われた亨は、謎の女を連れて夢から逃げようとする。

現実に戻った亨は井戸の中で水に浸かっているところを、シナモンに救出される。そして、ワタヤノボルは演説の途中に脳梗塞で倒れたという。クミコは、帰ってきていないが、入院しているノボルの生命維持のパイプを外して、殺すつもりだと亨に伝えてくる。亨にはなんとも手が出せない。そして、クミコは刑に服することになり、亨はクミコの釈放を待つ。

関係なさそうな多くの登場人物は、小さなつながりと共通点を持つ。亨の顔にできたアザはナツメグの父にもあった。彼は満州の首都、新京で動物園に勤めていたが、間宮元中尉も新京で本田さんと出会った。本田さんは綿谷家との付き合いが深く、未来を見通す力があり、クミコと亨を結婚に導いてくれた。間宮元中尉を井戸の中から救い出してくれたのは本田伍長、亨の家の近所にあった井戸は、元関東軍指揮官が暮らした家でもあった。過去から現在にまでつながる歴史の積み重ねと、亨とクミコの運命につながる。間宮元中尉のたどった運命のような経験が、亨に示唆を与える。

一連の動きを見守るのが17歳の高校生、笠原メイである。迷路に入りそうになる亨と読者を導く存在でもある。変わった子だなと思っていたら、物語の中では一番マトモな人物だった。ワタヤノボルとロシア将校は邪悪の象徴で、亨と間宮元中尉が普通の庶民代表、間宮元中尉を助けてくれたのが本田伍長、亨を助けたのはナツメグとシナモン。1Q84に登場する牛河は、本作品でもワタヤノボルの使者として同じキャラクターで登場する。ワタヤノボルに紹介されて、いなくなった猫の捜索に協力してくれた加納マルタとクレタ姉妹は、亨を助けてくれるような流れもあったが、クレタ島に亨を誘い出そうとして、クミコから遠ざけようとするなど、撹乱要素でしかなかった。枝葉が多くて、可能な解釈は無限。それでも、平凡な主人公が夢と現実を行き来しながら、邪悪な存在から愛するパートナーを取り返す物語、こう考えれば本筋はスッキリする。ハルキストにとっては面白い物語なのかもしれないが、一般向けにはどうだろう、一幅の抽象画を見るようである。

↓↓↓2008年1月から読んだ本について書いています。

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