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意思による楽観のための読書日記

戦国武将の病が歴史を動かした 若林利光 ****

戦国時代の大名同士の運命の帰趨を決めた大きな原因は大将の健康、病気だった、という本書。関ヶ原の戦いで寝返ったことで有名な小早川秀秋はその時19歳だったが、すでに肝硬変が原因による精神的な問題が数多くあらわれていた。西軍への裏切りは戦いがその山場を迎えるころまで遅れて実行されたとされるが、寝返りは事前に小早川陣営の家老たちと黒田官兵衛により合意済みだったのに、秀秋はそれをなかなか決断できなかった原因を肝硬変による精神疾患にあったのではないかと著者は推察。秀秋はこの時代の名医、曲直瀬玄朔の診療を関ヶ原の戦い後に受けて、飲酒による黄疸だと記された資料がある。結果的にその遅れた寝返りタイミングが絶妙な作戦となり、大谷吉継の軍勢が一気に押し戻され、西軍敗北の要因となった。19歳で酒の飲みすぎ、それは戦国大名の元服が11-17歳ころに行われ、若年飲酒がありがちだったことに起因するという。そういえば、ドラマで戦国大名たちは始終酒を飲んでいる。

戦国武将は塩分摂取が過剰だった可能性がある。兵士とともに戦場を移動する際に熱中症になるのを防ぐためには塩分を常に補充する必要性があり、味噌を焼いた焼き味噌を常備、梅干しも携帯していた。胃がん、胃潰瘍になる可能性が高かったといえる。武田信玄を診断した主治医が甲陽軍鑑に信玄には「膈(かく)」と表現、これはみぞおち(心窩部)の痛みであり食道から胃の病気を示唆する。その他、酒による黄疸、ウイルス性肝硬変も想定可能。とにかく、52歳の信玄が三方ヶ原の戦いで家康、信長連合軍を打ち破った後、病死することなく信長との決戦に臨んでいたら、天下の帰趨は違っていたかもしれない。

上杉謙信が49歳で亡くなったのは厠での脳血管障害だったとされる。発症はこの8年前、手が震えて花押が書けない症状が出始めた。脳梗塞は症状が繰り返すことが多いため、その後持ち直している謙信は出血による脳卒中だったのではないかという。謙信の酒好きは有名だった。過酷な雪の中の進軍も多かったことも原因となる。信玄亡き後、信長が気にしたのは謙信で、信長臣下の柴田勝家が能登への進軍中、能取川の戦いで上杉軍に手痛い敗北を喫していた。その直後謙信が死亡、信長の天下取りは戦う相手の病死でもたらされたともいえる。

秀吉の死因は風邪をひいて寝込んだ、結核だった、しかし本当のところはよくわからないとされるが、宣教師の手紙に秀吉が亡くなる直前に下痢、胃の痛みののちに錯乱状態の病状を呈し、その2か月以内に62歳で亡くなったという。錯乱状態から梅毒説もあるが、正室のねね、淀殿、その他側室が梅毒症状を示していないため、筆者は梅毒可能性を除外し、脚気だったのではないかと推察している。意識レベルの変動はウェルニッケ脳症による臨終間際の錯乱状態を説明できると。

家康は当時としては長生きの75歳まで生きたが、関ヶ原の戦いの時点では59歳、対する石田三成は41歳。一方、加藤清正39歳、福島正則40歳、細川忠興38歳であり、三成が勝利して天下を取ると、しばらくはその下で忠勤を励むことが想像され、59歳の家康ならその先はそう長くはないと想像も可能。しかし家康は長生き、清正が亡くなったのは50歳、池田輝政50歳、黒田如水59歳、浅野幸長38歳など、寿命と天下取りには大いに関係があった。家康の健康オタクぶりはドラマでも描かれているが、征夷大将軍に任じられても2年で息子の秀忠に将軍の座を譲り渡し、気楽な立場から実質的な権力者として駿府から息子に指令を出し続けた。家康は常に健康に気を配り麦飯を食べていたという。女性ではねねが亡くなったのが77歳、前田利家の妻まつは71歳、秀忠の妻お江は54歳、春日局は65歳と、家康の75歳は男性としては女性並みに長生きだった。

秀忠の死因は寄生虫による腹痛と下痢で54歳で死亡。サナダムシによるマンソン裂頭条虫だと推察。伊達政宗はみぞおちの痛みと吐き気に襲われていた。食事も薬も飲み込めないという症状から、食道がん、胃がんが疑われる。光秀と秀吉の戦いの帰趨を見極めようと洞ヶ峠を決め込んで有名になった筒井順慶は、その後秀吉に叱責されて胃潰瘍の病状を悪化させた。毛利と織田の間を行ったり来たりしていた宇喜多秀家は関ヶ原の戦い後、薩摩に逃れ島津氏の助命嘆願で死罪を免れ八丈島送りになったが、死因は「尻はす」だといい、下血と腫瘍の組み合わせで亡くなったが、八丈島の生活が良かったのか、84歳まで生きた。長生きしていれば天下取りの可能性もあったのが蒲生氏郷。秀吉により伊勢から会津に転封させられた氏郷は関ヶ原の戦い前に40歳で肝硬変により死亡。

戦国時代の天下の帰趨に大将の病気と寿命が大いに影響していたという本書、読んでみると実に納得がいく。
 

↓↓↓2008年1月から読んだ本について書いています。

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