時は第二次大戦末期、場所はイタリア北部のフィレンツェの北にあるサン・ジロラーモと呼ばれた屋敷跡。登場するのは4人。若いカナダ人の女性看護婦のハナは戦争で傷ついた大勢の若い兵士たちを看護し看取ってきた。父を戦争で亡くしている。その父の友人だったカラバッジョおじさんは元泥棒で、連合軍に情報屋として雇われたこともあるが、ドイツ軍に捕らえられて拷問にあった。かわいい姪っ子であるハナが北イタリアに残っていると聞いてここまでたどり着いた。インド人でシーク教徒のキップは英国軍に所属する工兵で、地雷や不発弾処理を任されてきた。イギリスの文明や宗教に惹かれる部分があるが、戦争の体験、工兵としての苦悩が、有色人、アジア人としてのアイデンティティに目覚めさせる。そしてイギリス人だと自称する大やけどを負った患者。ハナ、キップ、カラバッジョはこのイギリス人から話を聞きだして、何者なのかが明らかになっていく。
物語は1945年の時点と過去を行き来して、読者には中々全体像を現わしてこない。物語は、話者が入れ替わり、天使的存在のハナ、イタリア人でアウトロー的存在のカラバッジョ、アジア人でシーク教徒、そして有色人のキップ、イギリス人はスパイで連合国の工作員、それぞれの視点が交錯して進み、徐々に状況が明らかになっていく。ハナとキップはお互い惹かれあい、愛し合うようになる。欧州人同士の戦争はこの時点では終わっていて、日本と連合国の戦いだけが残っているが、最後に日本の広島と長崎に原爆が投下されたとのニュースをキップが聞くことで、それまでイギリス文明に尊敬の念さえ抱いてきたキップの価値観が一気に転換してしまう。自分が処理してきた爆発物と比較もできないほどの威力を発揮した原爆。その原爆をアジア人の暮らす街に投下した連合軍の一員であるイギリス、その国に属する患者、そして愛するハナのカナダさえも連合国。キップはバイクに乗ってその場を去った。
イギリス人の患者が語る一昔前の砂漠での恋の物語が、昨日見た夢のように余韻として残る、そんな一冊。