昨日、夫から贈られたペンダントをして会社へ行った。
それを目ざとく切詰節子さんが見つけ、どうしたのか尋ねられる。
かくかくしかじかで、と話すと
「へぇ~。すごいなぁ。うちのダンナなんて私にプレゼントなんてくれたことないわ。」という。
「え?お誕生日も、クリスマスも、ホワイトデーも?全然、全く?」と確かめると一度たりともなかったらしい。
節子さんは、結婚してから、というより子どものころから自分の誕生日のお祝いをしてもらったことがないのだという。
母親を幼いころに亡くし、専業農家の祖父母、大工の父、姉、弟と暮らし、つつましやかな田舎の生活だったらしい。お誕生日も、クリスマスも、華やかなことは一切無縁で、たまに近所である棟上でふるまわれるお菓子や、お正月のご馳走が唯一の楽しみだったのだという。
節子さんよりは街に育ったご主人だったが、世代的なものかもしれないが、やはりそういうイベントめいたものは嫌いだったらしくて、子どもたちのお誕生日やクリスマスにプレゼントは買ってきたことがなかったそうだ。
わが子に対してでさえ、そうなのだから妻に何かを贈る、なんていうことは論外だったようだ。
そんな節子さんに
「じゃぁ、ご主人が節子さんに対して、何かをしてくれた、ってことはあるのですか?」と尋ねると
しばし考えて
「う~ん。私がこうやって働きにでても、何も言わずに好きなようにさせていてくれたことかな。」という。
はぁー?
節子さんが働きに出たのは、少しでも生活費を稼ぎ、子どもの学費をだし、自分たちの老後の資金をためるためであって、けっして自分の身をやつすためのものでも、遊ぶためのものでもなかったというのに、それを黙って見ていてくれた、と感謝するんですか?
と詰め寄る私に
「ああ、そうね。けど、私が外へ出ることでダンナをかまってあげられなかったこといっぱいあるし、家の中もダンナの理想とする状態になってなかったけど、なーんも言わんといてくれたことは、あの人の優しさかな、と思ってる。」という。
ご主人には、必ず酒の肴をつけ、自分の食べる分を削ってでもご主人やこどもたちに食べさせ、自分は100円のパンの半額見切り処分になったものを火の気のない台所でかじっていた節子さん。
そんなことをする奥さんに対して、怒ってでも
「そんな一人わびしいことをせずに、こっちで皆一緒に同じものを食べようや。」と言いもしないダンナ。
それでも節子さんは、恨みごとを言うわけでもなく、夫に何かをねだるでもなかった。
我慢するということに慣れると、それは習性へと変わるのかもしれない。
お嫁さんが二人もできた節子さん。
どちらか片方でもいいから、お愛想でもいいからお義母さんにクリスマスプレゼントを贈ってあげなよ、とつぶやいてしまった。
それを目ざとく切詰節子さんが見つけ、どうしたのか尋ねられる。
かくかくしかじかで、と話すと
「へぇ~。すごいなぁ。うちのダンナなんて私にプレゼントなんてくれたことないわ。」という。
「え?お誕生日も、クリスマスも、ホワイトデーも?全然、全く?」と確かめると一度たりともなかったらしい。
節子さんは、結婚してから、というより子どものころから自分の誕生日のお祝いをしてもらったことがないのだという。
母親を幼いころに亡くし、専業農家の祖父母、大工の父、姉、弟と暮らし、つつましやかな田舎の生活だったらしい。お誕生日も、クリスマスも、華やかなことは一切無縁で、たまに近所である棟上でふるまわれるお菓子や、お正月のご馳走が唯一の楽しみだったのだという。
節子さんよりは街に育ったご主人だったが、世代的なものかもしれないが、やはりそういうイベントめいたものは嫌いだったらしくて、子どもたちのお誕生日やクリスマスにプレゼントは買ってきたことがなかったそうだ。
わが子に対してでさえ、そうなのだから妻に何かを贈る、なんていうことは論外だったようだ。
そんな節子さんに
「じゃぁ、ご主人が節子さんに対して、何かをしてくれた、ってことはあるのですか?」と尋ねると
しばし考えて
「う~ん。私がこうやって働きにでても、何も言わずに好きなようにさせていてくれたことかな。」という。
はぁー?
節子さんが働きに出たのは、少しでも生活費を稼ぎ、子どもの学費をだし、自分たちの老後の資金をためるためであって、けっして自分の身をやつすためのものでも、遊ぶためのものでもなかったというのに、それを黙って見ていてくれた、と感謝するんですか?
と詰め寄る私に
「ああ、そうね。けど、私が外へ出ることでダンナをかまってあげられなかったこといっぱいあるし、家の中もダンナの理想とする状態になってなかったけど、なーんも言わんといてくれたことは、あの人の優しさかな、と思ってる。」という。
ご主人には、必ず酒の肴をつけ、自分の食べる分を削ってでもご主人やこどもたちに食べさせ、自分は100円のパンの半額見切り処分になったものを火の気のない台所でかじっていた節子さん。
そんなことをする奥さんに対して、怒ってでも
「そんな一人わびしいことをせずに、こっちで皆一緒に同じものを食べようや。」と言いもしないダンナ。
それでも節子さんは、恨みごとを言うわけでもなく、夫に何かをねだるでもなかった。
我慢するということに慣れると、それは習性へと変わるのかもしれない。
お嫁さんが二人もできた節子さん。
どちらか片方でもいいから、お愛想でもいいからお義母さんにクリスマスプレゼントを贈ってあげなよ、とつぶやいてしまった。
プレゼントや祝い事をすること=幸せということではないけれど、心を満たす幸福感はどこへ?と思ってしまうのは傲慢な考え方でしょうか。
お子さんのご家庭が幸せで満たされ、お孫さんやお嫁さんを通して節子さんにも是非!と思ってしまいました。
ところで結婚10年未満はアツアツであるのが普通でしょうか?夫はそれを希望しているようですが(爆)私は日々の生活に興味が行ってしまって「幸せを当然と思ってはいけないよ」と夫に言われております。
これは本当にCITROENさんを見習わなければいけませんね。
満たされていることに気づきもしないで
「もっともっと」と不満をいう子供が多いけど(我が家も含む)
節子さんのように我慢我慢、って感じで生きてきてもそれはそれで何かと不幸を嘆きたくなりそうだが・・・
結局あまり人を悪く思わない、お人好しな人なのかもね。
ほんと、新婚の時くらい、おかあさんにプレゼントするものよ!してくれるといいね~
でも、節子さんのお子さんたちもお父さんからのお祝いがなかったなんて・・・今までの節子さんのお話から察すると、息子さん達がいい子に育ったのは苦労する母の姿を見てきたからなんでしょうか?
うーん・・・切ないです。
ところで、私は結婚して1~2年目は手編みのしょぼいマフラーとか、バッグとかを義母に贈っていましたが、お花を贈ると「うち、花はあんまり好きやないねん。」と言われ、他のプレゼントを贈ったときも「こんなんいらんのに~」と言ってゴミを置いてる横に置かれました。(偶然かもしれませんけど・・・)
それ以来、なんだかもうええわ!という気分になってしまいプレゼント止めてしまったんですけど(苦笑)。
節子さんはもしお嫁さんたちからプレゼントもらってもかわいく(?)受け取ってほしいなぁ・・・。
アプリコットさん、そうなの!
プレゼントやお祝い事=幸せという公式ではないけれど、
心をあたたかなもので満たしてくれるなにか、があると思うのは私の物欲にまみれた生活のせいなのかしら?と振り返って見たり、いやいやせっちーの生活そのものがかさかさしているだけなのよ、と思ってみたり。
アプリコットだんな様のお言葉、それって毒を含んでます?うちの夫の場合、私への警鐘をならすとき、そういう言い回しをすることがあるんです。「いつまでも続くと思うな、この暮らし」みたいに(爆)お互い、優しきダンナに感謝!ですね。
Rocoさんもそう感じた?
でも、Rocoさんの言うとおり、ほんとに人のいい女性なの、せっちーは。だからつきあえるのだと思う。
子育ても、モノをふんだんに与えなくても、きちんと正しいこと、温かいもの、優しいものは伝わっていて素晴らしいなぁ、と尊敬すること多し、です。うちのムスコも不満たらたら、あれも欲しいこれも欲しい、ってサイテーなヤツって嫌になること多くて。翻って考えれば、物欲まみれの母親の私に育てられたのが原因かも、って落ち込むの。
Rokuさん、お義母さん、はっきりしている方ですね。
たぶん、お義母さん自身が恵まれた環境にいた方だからじゃないでしょうか?
せっちーなら、きっとどんなものでも喜んでくれる、はず。でも、高いものをもらっても価値がわからないし、わかればわかったでもったいなくて使えないというし、お金なんかだと貯金する、っていうし。
でも、きっと喜ぶとおもうんですよね。大事に思ってもらってるということを。
お嫁さん、気づいてくれるかな?