見えない力

犬の知能指数がどれくらいのものなのか知らない。
人間同様、個体差は当然あるのだろうが。

節子さんは、息子さんがもらってきた小型外国犬を室内で飼っている。
息子さんが忙しくなり、その世話はご主人の仕事となり、そのご主人が亡くなった後は、犬にはまるで関心のなかった節子さんの役割になっている。
一人暮らしの寂しさを癒してくれる犬の存在は、彼女にとっていまやなくてはならぬものだ。
そんな節子さんの犬だが、非常に賢い。

働き者の節子さんは、私と同じ職場で週に４日、フルタイムで働いて、それとは別に毎週１日、早朝にある仕事をしている。
一年のうち、ほとんど毎週休み無くあるその仕事は節子さんのライフワークとも言えるものになっている。
先日のその仕事の朝、節子さんは普段より朝寝坊をしようとした。
普段４時に目覚ましをセットして、目覚ましが鳴る前に起きている。
だが、その日の朝は目覚ましをいつもより３０分遅い４時半にセットし、ゆっくりするつもりだった。
犬は、毎日節子さんと同じ布団で寝ている。
冬の日は寒いので、毎日節子さんが起き出しても、知らん顔して寝ているらしい。
だが、その寝坊した朝。
犬は、いつもどおりの４時に起きて、節子さんを起こしにかかったのだ。
節子さんが
「今日は、もうちょっと寝ててもええんやで。」とむにゅむにゅ言っても聞かない。
枕の下にゴンゴン鼻を押し込んで、是が非でも起こそうとする。
結局、根負けして節子さんが起きた。
節子さんが、目覚ましを留めようとみると、セットしていたはずの目覚ましはセットされていなかった。
つまり、目覚ましを頼りにゆっくり朝寝をするつもりだった節子さんは、目覚ましの音をあてにしていたら、寝坊するところだったのだ。

その犬が、なぜ、その日に限って節子さんを起こしたのかはわからない。
確実に、その曜日が節子さんの早朝仕事の日であることは学習していると思われる。
なぜなら、前日には、その仕事の道具が届くからだ。
年に何回かある、休みの日には起こしたりすることはしない。
節子さんが寝過ごしてはいけない、と起こしたその犬がとった行動は犬の賢さなのか。
それとも、見えない力に導かれて？

節子さんは、亡くなったご主人が犬を使って起こしてくれたのだと信じている。