集成・兵隊芸白兵

 平成21年開設の「兵隊芸白兵」というブログのリニューアル。
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霊魂の鐘を打つ人・杉田屋守伝(第43回・昭和4年春・燃え上がる早慶決戦【その1】)

2019-08-14 12:17:32 | 霊魂の鐘を打つ人・杉田屋守伝
 開幕初戦を11-5の勝利で飾った早大は(第42回参照)、翌4月22日に行われた法大2回戦において、ついに至宝・小川正太郎を先発させます。
 法大も連敗阻止のため、新進の左腕・鈴木幸蔵(新潟商)を投入、くしくも新進左腕同士の対決となったこの一戦は、固唾をのむ投手戦となりましたが…延長12回裏、水原義明が右中間(←この打球の行方は「早稲田大学野球部五十年史」では左中間、「真説日本野球史 昭和篇その1」では右中間、「私の昭和野球史」では右中間となっている。弊稿では、当事者であった伊達正男の記載が最も正確と思料し、右中間を採用)に大飛球を放ち、息詰まる熱戦は、早大が1-0でサヨナラ勝利を収めました。
 先発小川は12回を完投して被安打わずかに4、奪三振は実に17!前評判通りの怪腕ぶりを見せつけ、「早大投手陣に救世主現る!」との印象を大いに植え付けました。
 
 1年生エース小川の活躍と歩を合わせるように、早大は快勝を続けます。
   ・対立大1回戦    早大11-1立大
   ・同2回戦       早大7-3立大
   ・対東京帝大1回戦 早大10-0帝大
   ・同2回戦       早大22-3帝大
 ところが東京六大学野球のもう一方の雄・慶大も6戦全勝で完全並走…そして早大は全勝のまま、運命の対慶大戦を迎えます。決戦の日は4月18日土曜日と決まりました。
 
 その前日の17日夕刻。神宮球場周辺には、今まで見られなかった異様な光景が現出します。
 このリーグ戦、つまり昭和4年春季は、チケットを公平に頒布する観点から前売りを止め、完全当日販売制としましたが、その当日券を求める熱心なファンが、券売所の前に毛布持参で長蛇の列を作ったのです。日本野球史の大家・大和球士は「これは我が国のスポーツ界初となる『徹夜組』の出現であろう」と書き残しています。
 日が昇るにつれ、神宮球場周辺は騒乱に次ぐ騒乱の巷となっていきます。
 警視庁四谷署・神楽坂署・駒込署の警官から成る総勢350名の警備部隊が、早朝5時から神宮球場及び付近の雑踏警戒に当たりますが、プラチナチケットを求めて並ぶ野球ファンの列は全く途切れるどころか、その数は増える一方。これ以上の混乱を恐れた警察はついに、「チケットの発売と開門を1時間早め、午前10時とせよ」と指示します。
 券売所は押すな押すなの大騒ぎ。内野1円、外野50銭の当日券はまさに羽が生えたように売れていきます。悪いヤツがそれを数倍の値段に釣り上げて、買いそびれた客に転売しますが、これまたあっという間に売れていく始末。
 その結果当時、日本トップクラスの収容人数を誇った神宮球場がなんと、午前11時には満員札止め(当時の神宮は35,000人で満員)となりましたが、それでもあきらめ切れない群衆無慮15,000人が球場を取り巻き、何とも言えない異様な熱気が、球場の内外から立ち上ります。
 
 運命の一戦に先駆け、スターティングオーダーが発表されます。
【先攻・慶應義塾大学】
1番センター楠見幸信(岡山一中)・2番セカンド本郷基幸(慶應普通部)・3番レフト町田重信(第一神港商)・4番ライト井川喜代一(高松商)・5番ピッチャー宮武三郎(高松商)・6番サード水原茂(高松商)・7番ファースト三谷八郎第一神港商)・8番キャッチャー岡田貴佳(甲陽中)・9番ショート加藤喜作(広陵中)
【後攻・早稲田大学】
1番ライト水原義明(高松中)・2番レフト杉田屋守(柳井中)・3番キャッチャー伊丹安廣(佐賀中)・4番ファースト森茂雄(松山商)・5番ファースト伊達正男(市岡中)・6番セカンド水上義雄(早稲田実)・7番センター矢島粂安(松本商)・8番ピッチャー小川正太郎(和歌山中)・9番ショート富永時夫(長崎商)

 本来はここで、「アナウンスがあって、場内が大歓声…」とかいう書きぶりをしたいところですが、当時の神宮球場にはアナウンス設備がなく(アナウンス設備がついたのは翌昭和5年から)、驚くべきことに、スターティングオーダーが書かれたでかい立て札を持ったオッサンが客席前を練り歩いてオーダーを知らせるという、のどかといえばのどか、いい加減と言えばずいぶんいい加減な選手表示をしていました。
(「日本の野球発達史」にその写真がありますが、立て札自体はたいして大きくなく、しかも随分字が汚かったのが印象的でした)
 それでも、立て札に書かれた小さな字を読み取った観客が、「ミヤタケが出るぞ!ダテが出るぞ!」と叫び、その声を聴いたほかの客がさざ波のようにどよめく、という、今では決して見られないであろう、スターティングラインナップの発表風景が現出していました。
 決戦の早慶1回戦。結果はいかに????

【第43回参考文献】
・「早稲田大学野球部五十年史」飛田穂洲編 
・「真説日本野球史 昭和篇その1」大和球士 ベースボールマガジン社
・「私の昭和野球史 戦争と野球のはざまから」伊達正男 ベースボールマガジン社
・「日本の野球発達史」広瀬謙三 河北新報社
・「ニッポン野球の青春」菅野真二 大修館書店

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