Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

松林寺の「お四国さま」(昭和61年の記憶㉛)

2020-04-14 23:13:53 | つぶやき

本郷神社獅子舞(昭和61年の記憶㉚)より

昭和61年4月20日撮影

 

 昭和61年4月20日は、南箕輪村北殿にある松林寺を訪れている。午後の半日を利用して、同寺裏山にある四国八十八ヶ所霊場の石仏の銘文を調べている。松林寺は享禄年間(1528~1532)の創立と伝えられ、当初は性輪寺といったらしい。現在は箕輪町木下の嶺頭院の末寺となっている。裏山の霊場は「お四国さま」と呼ばれ、江戸時代末に北殿の有賀嘉吉の発願によって完成したものという。有賀嘉吉は八十八ケ寺の霊験にあやかるようにと、各札所の土を香箱におさめて持ち帰り、石仏の台座に納めたという。完成したのは嘉永元年(1848)だったという。

 一番の隣に立てられている標柱には「従是 松林寺境内 新四国霊場」とあり、背面に「弘化四丁未三月二十八日 諏訪西堀邨錦屋林蔵」とある。平均的に台石高は26センチ、幅18センチであり、蓮座の上に安置された石像は舟形光背のものがほとんどで、一番、三十番、六十番、七十番といったところは、円形光背に刻まれる。ほとんどが座像で、88体中24体が立像、特徴としてはも光背に円光が刻まれているものが多い。88体のうち、40数対は、南箕輪村大泉の原此右衛門の作と伝えられる。

 

平出法性神社騎馬行列(昭和61年の記憶㉜)


コメント    この記事についてブログを書く
« 足音が聞こえる | トップ | 送る、を考える »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

つぶやき」カテゴリの最新記事