「福島第一原発事故」で、いまだに16万人もの方が、放射能汚染を避け、県内外に避難されています。
その中のお一人、福島県本宮市(もとみやし)で、仮設住宅住まいをされている 「橘柳子さん」の講演会が、
10/27(土) 和歌山県田辺市紀南文化会館で開催されました。
主催:脱原発わかやま
~ 浪江町から逃れて ~
浪江町は、周辺6町村の内、唯一「原発」を誘致しなかった町
原発反対で、助成金をもらわなかったにもかかわらず(?)、甚大な放射能汚染にあっている町です
原発事故があった時
浪江町には、事故の連絡がなかった・・・・立地町じゃないから
避難命令が出た時、個人個人、マイカーなどで、行き先も定まらないまま、自己避難を余儀なくされた
これも、立地町じゃないから
双葉町や大熊町などには、沢山のバスが用意(東電が手配?)されていたそうです・・・
その後の支援にも差が・・・・
なんだか、言うことを聞かなかった罰のような、怖いお話です
放射能汚染で住めなくなった土地は諦めて、新しい場所で暮らせば・・・・と、よそ目には感じますが
苦労して開墾した土地を、諦められない・・帰りたいと思われている方が、年配の方に大勢いらっしゃるとか・・
事故後、子ども達に「ヨウ素剤」を出して欲しいとお願いしても、
副作用が心配だからと、ほとんどの町で配ってくれなかったお話・・・
チェルノブイリ事故の時、副作用が出なかったと言う報告があるにもかかわらず
何のために、子ども達全員分、準備していたのか? 不思議です?
又、何故、スピーディーの報告が生かされなかったのか?
少し離れているだけで、よそ事のように感じ、
もう、終結に向かっているかのように思わされている私達に
現地からの声は、鋭く突き刺さります!
奇しくも、講演会が行われたこの会場で、
20年前(1992.12.3) チェルノブイリの子ども達を招き「チェルノブイリの話を聞く会」が開催されました。
同じ部屋で、今度は、日本の事故のお話をお聞きする事になるとは・・・