今日は朝から 長男一家と西大寺の平城宮跡歴史公園へ行って来ました。 平城宮いざない館は 歴史博物館のような感じで 展示が 子どもに飽きさせないようになっています。拙宅から電車1本で行けるので楽です。 西大寺駅で全員分の弁当を買いました。 令和の名前を冠した弁当を売ってました。5月1日、2日にこんな弁当を売りますというチラシを配っている店もありました。 なお令和弁当は 写真だけ撮らせていただいただけで買っていません。
☝西大寺駅構内で「令和弁当」を売っていました。 ☝5月1、2日はこんな弁当を売りますというチラシをもらいました。
☝奈良・平城宮いざない館入口です。
☝平城宮いざない館内部、当時の衣服を着た入場者です。 ☝平城宮いざない館 内部です。朱雀門の構造が判る展示です。
当時の衣服 天皇の衣服です。 ☝ 皇后の衣服です。 ☝当時の庶民の服装です。
☝せんとくんと記念写真を撮る人が並んでいます。
☝せんとくんと2ショットです。Haちゃんです。 ☝復元された遣唐使船です。
☝天平みはらし館からの風景です。 完成した大極殿、復元工事中の南門です。
☝天平いざない館の職員です。 ☝平城宮跡パンフレットです。
きのう(29日)の夕食は 長男一家、長女一家も全員集まってのにぎやかなものでした。手品で楽しみ、Maちゃん(5歳)の英語の発音がすごい!と笑ったり、寿限無寿限無・・・の長い名前を言ったり・・・。 最後に Maちゃん(高3)に似顔絵を描いてもらいました。 全員写真(自撮りで)、似顔絵ともに少々加工して載せてみます。
なお、写真は白方向に加工、似顔絵は白黒反転させました。
☝大家族9人で夕食を ☝Maちゃんに描いてもらいました。
きのうの午後から長男一家が帰阪しています。今日は昼前から 花園中央公園の遊具広場で遊びました。広い遊具広場は幼児連れの家族で充満していました。 そんな中、美術センターでMu氏の所属する写真愛好会が写真展を開いていますので見てきました。秀作が並んでいました。 美術センターを出て、「10連休」という課題で写真を撮り歩いてみました。 なぜか、ひとりポツリの写真が多くなってしまいました。 まだまだ続く10連休です。もう少し「10連休」という課題で写真を撮り続けてみます。
☝長男一家の孫娘 Haちゃんです。 遊具広場で。
☝遊具広場の広域写真です。 眼で見ると人がいっぱいなんですが、写真で見るとそう見えません。
☝花園中央公園へ行った時にいつも写す生駒山系の斜視です。 いつもの定点からパチリ!。
☝枚岡自然と文化写真展に展示のMu氏の作品4枚中の1枚です。 ☝これから遊具広場へ行くので、写してみました
☝「枚岡自然と文化写真展」の会場です。
☝「10連休中の男性」① ☝「10連休中の男性」①
☝「10連休中の男性」① ☝「10連休中の男性」①
☝「10連休中のファミリー」
☝「10連休中の人々」
花園トライクワイアで 「八尾もの市」のステージに出演しました。 場所はJR八尾駅近くの渋川神社、こじんまりしたイベントでしたが、11時頃から3つのステージとも同時に内容がミュージックになり 華やかな雰囲気になりました。
記事の続き、写真の説明などは 後刻記載します。
今日は山歩きメンバーで むろいけ園地⇒飯盛山と歩く予定でしたが、昨夜来の雨で予定を変更して四条畷駅⇒楠木正行の墓⇒三箇菅原神社⇒住道駅 🚃 京橋駅⇒OBP⇒大阪城公園⇒森ノ宮駅 と歩いて来ました。 歩数は18,222歩でした。
四条畷から住道の道は 河内街道(枚方から八尾へ)と言われた道の一部です。 楠木正行の墓所、三箇神社は歴史を感じさせる場所でした。またこの付近は権現川、寝屋川、恩智川などが流れている場所で古くから洪水に見舞われた場所のようで 近年の大東水害の被災地です。河川の近くまで住宅などが迫っているので 氾濫を防ぐ提防は厚みの狭いコンクリート製になっています。
☝楠木正行公の墓所です。 背後に大きなクスノキが印象的でした。右は後ろ側に廻って撮ったもので 大クスノキ全体が見えます。
☝このあたりを北から南へ流れる寝屋川です。 ☝三箇菅原神社です。この付近に三箇城があったそうです。
☝三箇菅原神社付近で見かけました。 左) 鯨? 右)蔵のある家が多い地区でした。 モッコウバラが満開です。
☝寝屋川沿いを美しく飾っている満開の藤がきれいです。 ☝住道付近で 東から恩智川が流れてきます。
【ここから大阪城公園です。】
☝大阪城公園エリアに入ると、大阪城ホールで公演されるイベントに集まった若い女性たちでいっぱいでした。
☝ここも イベントに集まった若い女性たちでいっぱいでした。
☝大阪城公園内の森では野鳥写真を撮る人たちが大きなカメラを向けていました。
☝公園内に こんなホールがいくつかできていました。 ☝遊具の近くでは遠足の子どもたちのリュックがいっぱいでした。