からくの一人遊び

音楽、小説、映画、何でも紹介、あと雑文です。

Birdy - Evergreen [Official Video]

2021-09-25 | 小説
Birdy - Evergreen [Official Video]



川 river (from "yellow")



【プリズム/池田綾子】歌詞付き(Full version)電脳コイルOP



The Specials - A Message To You Rudy (Official Music Video)



(ちんちくりんNo,50)

 男なのか女なのか。僕に向かって手を振りながらフェイド・アウトして行く。後はただ、虚無感に囚われた僕だけが、その世界に取り残される・・・僕だけが・・・、とそこまでがイメージとして残っていた。夢?目を覚ましてしばらくは、薄い意識でそんなことを考えていた。その内意識がはっきりしていく過程で、辺りが薄闇に包まれていることに気づく。いや、お勝手の方は電気が、と寝たままそちらの方に首を回すとかほると目が合った。かほるは僕のすぐ隣で足を横に流して座り、片手をついて窺うように僕を見つめていた。優しい目だ。
 いつからそこにいたの?―いま。―みんなは?―迎え火、外にいるよ。海人を呼んできなさい、って。―そうか、いつのまにか眠っていたみたいだ。―さあ、いきましょう、みんな待ってるわ。―うん、・・・かほる、優しいな。―なにがよ、気持ち悪いな。―だって、そこで見ててくれたんだろ?俺のこと。優しいじゃん。―変だな、海人、そういうキャラじゃないでしょ。―うん。そうだな。変だ。―ごちゃごちゃ言わないで行こうよ。―うん、わかった。行こう。
 僕は背を起こしてから、ゆっくりと立ち上がった。何だか体の節々が痛い。畳の上で直に寝ていたからな。先に立ち上がったかほるは僕の腕を掴んで進もうとする。はいはい、わかりました。
 玄関から外に出ると、家の中はもう薄暗いのに、空はまだ遠くの山の稜線を確認出来るくらいには明るかった。門の外には父と母と姉。姉は数本の長いおがらを手に持ち、ぎろりと僕を見ていた。父はしゃがんで、皆で囲んだ真ん中に軽く丸めた新聞紙をいくつか置き、そこに短く折ったおがらをぐるりと山状に立てかけている。母は・・・、母は僕の姿を認めると、さあ始めるよ、と手招きをした。まるで遊び疲れた幼子を誘うように。僕とかほるは母と姉の間に入った。さて、と。全員が揃ったことを確認してから、父は持っていたマッチを擦り、新聞紙とおがらで作った「お山」に火をつけた。火はあっという間に燃え盛る。姉が持っていた長いおがらを皆に配る。かほるを残した皆がしゃがんで、長いおがらをいくつかに折り、揺れる炎の裾にそれをくべていく。ああと、かほるが後ろでおがらを手にしたまま、立ちっぱなしなのに気づいて、僕は立ちあがってかほるの許に行き「同じようにおがらを折ってくべればいいよ」と誘った。

「くべるときに何か唱えるのかな」

「唱える?」

「南無妙法蓮華経とか」

「ばか、別に『お帰りください』って頭の中で言ってればいいよ」

「だって、ほら。お母さん・・・」

 かほるの目線を追うと手を合わせている母が居た。何か小声で唱えているように見える。それも同じ言葉を何度も繰り返し。人の名前?誰かの名前を呟いているのだろうか。ともかくまあいいから、とかほるを前にやり、僕は立ち上がった母の隣に立った。

「誰?」

「誰って?」

「手を合わせて誰かの名前呟いていただろう」

 一瞬、母の顔が歪んで見えたが、すぐ元に戻った。母はそれから暗くなってきた空を見上げて「そうか、あんたには話してないねぇ」と少し悲しそうな目をした。

「・・・陸人って言ってね、あんたの伯父さん。わたしにとっては、兄、になる。二人だけの兄妹だった」

「え、・・・母さんは一人っ子・・・じゃ」

 僕が思わずそう言葉に出して母を見ると、母は暗い空から目を移して僕に対して軽く頷いた。「病気でね、亡くなったんだ」

―あんたも知ってる通り、あんたのお祖父さんとお祖母さんはわたしが大学を卒業しようって頃に事故で亡くなった。だからわたしの肉親は他にはいない、て思っていたのだろうけど、まあわたしがあんたに何にも言ってなかったから悪いのだけど、その頃兄がいたんだよ。長いこと大学病院に入退院を繰り替えしていてさ。何の病気って?血液の病気だね。慢性の・・・。でもねぇ、やっぱり入院して状態が良くなっても、また再発してしまうんだ。・・・入院費は保険金があったからなんとかなった。でもね、親が亡くなり、後に残ったのがわたしと兄で、兄は病で入院中ってね、結構辛いもので教師になったものの当時付き合っていた父さんと急いで籍を入れた。誰かが一緒に居て欲しかった。その内あんたの姉ちゃんが生まれて・・・、その一年後くらいに教師を辞めた。何でって、兄が亡くなったから。最後は肺炎になって・・・。血液の病気なのに治療する中で体の抵抗力がなくなったんだろうね、三日ほど呼吸器やら点滴やら色んな機器つけてたけど、呼吸する間隔が短かったのが徐々に開いてきて最後はすぅ、てね。それでお終い。あっけなかった。ああ、話が長くなったね。もう少しだけ話をさせて・・・。それでね、その兄には夢があったの。・・・先生になりたい、って。それがわたしのように教師になりたかったのか、それとも政治家とか医者とか、もしかしたら漫画家だったかもしれないし・・・・今考えてみるとあんたのように・・・作家の先生になりたかったのかもしれない。ともかく先生になりたいと、それしか言わなくて・・・。―

 母は少し疲れたのかそこまでを一気に喋って、話を止めた。迎え火の炎を見る。かほるはおがらをくべ終えて、こちらを心配する風に振り向いて見ていた。そろそろ炎も勢いを失い、しばらくは火の種を残しながらも鎮火するのだろう。・・・そうか、だから「おまえの伯父さんがいっていたんだよ。先生だ、先生がいいって」ということか。長い間悩まされ続けてきたその呪文のような母の言葉の意味が今、初めて理解出来た。恐らく母としては伯父さんは教師になりたかったのだと考えていたのだろう。そして自らも教師という仕事を中途半端に終わらせてしまった。だから、僕の名前は伯父さんの「陸人」から陸と海を入れ替えて「海人」、僕に伯父さんの夢を継がせたかった。僕は何となくだが、重しが取れたように心が自由になれたような気がした。ただ、もう一つ聞きたいことがあった。果たして母の病気は・・・。

「ねえ、母さんがああなった原因は何?」

 黙って俯いていた母はゆっくりと顔を上げ、僕の方に顔を向けた。

「わたしの病気のことなら、あれは体調が・・・。更年期のせいだったのかもしれない。それとお父さんの転勤のこと」

 僕のせいではなかった。もっと早く聞いておけばよかったのだが、出来なかった。僕のせいではなかったのだ。

「母さん、今その話を聞いて、いや聞いたからこそもう一度言うよ。俺は教師にはならないよ。小説家を目指す」

 母はその僕の決意の言葉を聞いて、優しく笑い優しく答えてくれた。「それでいいと思う。あんたの夢がそれなら、何も言うことはない」
 やったー、とこちらの様子を窺っていたかほるは素っ頓狂な声を出す。父も姉も聞いていたようで、僕に素敵な笑顔を向けてくれた。余りにかほるが嬉しそうにバンザイしているものだから、僕は言ってやった。「お前って"ちんちくりん"な。でもそういうところが俺は気に入っている。これからもよろしく」
 近所の原っぱで子供たちが打ち上げたのか、パーンと愛らしき野の花が開花し、小さく夜空に映えた。

コメント (2)
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