【北欧諸国の民族性】
北欧@6世紀
北方ゲルマン :ノルマン人---ノルウエー、デンマーク、アイスランド
バルト諸族 :フィンランド、エストニア --- ウラル語族系族
スラブバルト :ラトビア、リトアニア
スラブ族 :ロシア
以下の変遷を見れば、現在フィンランドがロシアを恐れてNATOの加盟国になった@2023-4-4 ことがうなずける。
・以下のように国旗を見ればすべて十字が組み込まれている。
これはノルマン人がキリスト教であったことを示す。
・しかし唯一フィンランドだけは北方ゲルマン(ノルマン人)ではなくバルト諸国である。
しかもロシアとは仲が悪いが弱体なので支配されるのを甘んじて受け入れていた。
ところが、ロシア--ウクライナ戦争を見てフィンランドはロシアによる侵攻を現実の物と考えNATOに加盟。
今日本はアメリカの傘下、アメリカが守ってくれると信じて?NATOにも入っていない。
少し前のフィンランドに似ている。日本は本当にこれでいいのか?
北方戦争@1700-21
【フィンランド】
1016 北海帝国 :デンマークのクヌートがイングランド、ノルウエーを征服して三国の王
12世紀 ノルウエー :アイスランドを征服
13世紀 スウエーデン :フィンランドを征服
ハンザ同盟 :独商人(軍隊を持つ)が北欧の経済を握る
1397 カルマル同盟 :デンマーク・マルグレーテによる同盟(北欧4国+アイスランド)---カルマル城@スウエーデン
→ ハンザ同盟衰退
1523 スウエーデン自立:絶対王政・ヴァーサ朝(フィンランド含む) --- カール12世、グスタフ・アドルフ
カルマル同盟側はデンマーク、ノルウエー、アイスランドとして分離して終焉
17世紀 バルト帝国 :この頃が全盛期 --- 北独、バルト三国、ロシアの一部を制覇
1700 北方戦争 :露のピョートル1世によるバルト帝国スウエーデン領・フィンランドを侵攻
ペテルブルグ奪取して港とする
やがてバルト帝国の絶対王政は衰退 --- 露の繁栄
1808 フィンランド戦争:ナポレオンによるスウエーデン侵攻 --- スウエーデンからフィンランドを奪取
仏+露協力 フィンランドがロシア領になる
ウイーン会議 :スウエーデンにはノルウエー・・・デンマークにはアイスランドだけが残る
1905 ノルウエー独立 :From スウエーデン ノーベル賞@ストックホルム だが 平和賞のみノルウエー@オスロ
北欧@9世紀
北欧@21世紀
【8世紀から11世紀】 にかけてバイキングは全盛時代を迎え北欧を拠点にしてイベリア半島--地中海--黒海を経てサンクトペテルブルグへ進出するとともに、スコットランドのシェトランド諸島--アイルランド--グリーンランドを経て北アメリカ大陸のニューファンドランド島へと遠征し集落をつくっていた。
① サンシュリアック遺跡@10世紀頃のものでワインや羊毛の貿易を行ってきた。
② オスロには有名なバイキング船・オーセベリが博物館に展示されている。発見されたのは1905年、船は800年頃のものと推定。また2020年には墓からバイキング船が発見された。当時持ち主が死亡すると船と一緒に埋葬されたようである。バイキング船の速度は22km/h、大きな帆がその速さを生み出し以下に示す遠方への航行を可能にした。また戦士キングハラルドの航海術につかったのがワタリガラス、方位磁石に代わるものである。烏は海鳥ではないので陸を求めて飛ぶ性質を利用したのである。
デンマーク・コペンハーゲン郊外のロスキレにあるバイキング船博物館には世界最大:30m、70人乗りのバイキング船がある。
③ 英国の北、シェトランド諸島にはバイキングの火祭りの行事が残る。
⑤ シチリアのサンミケーレ・デル・ゴルフォ協会で、男性バイキングの骨が発掘されている。(2018年)
11世紀にはバイキングの子孫が王国を築き、アラブ(ビザンツ文化:9世紀)・ノルマン様式のモンレアーレ大聖堂を残した。
⑥ イスタンブールにあるモスク(アヤソフィアなど)にはバイキングの文字と思われるルーン文字が確認されている。
バイキングのルーン文字を刻んだルーンストーンは北欧の国々に約2800ヵ所残されている(主にスウエーデン:90%)
⑦ フランス・ノルマンディー地方には多くのバイキングが移り住んだ フランク王国に属するノルマンディー公国
(指導者ロロ:846-933)
⑧ 1016年 デーン人・クヌート王990-1035はイングランド(エグバート770-839が統一)を征服してデーン朝@イングランドを建てた
ゲルマン人のアングロサクソン族がエグバート770-839
⑪ 1066年 西フランクのノルマンディー公ウイリアム1世1027-1087がイングランドを征服してノルマン朝@イングランドを建てた。