1、喉元過ぎれば
コロナの猛威が取り沙汰されてはや一ヶ月、ようやく東京の新規感染者数が393人と、一時の2千人越えの危険な状況は脱したかに見える。去年の春先はコロナの猛威に恐れおののいていたが、段々コロナの実体が見えてきて、我々なりに「どうすれば感染を防げるか」を身につけて、ある程度「対処できる」目処がついてきた。要するに、マスクをして人に近づかず、会話もしなけりゃ「大丈夫」な病気である(ほんとかいな?)。私のような孤独老人には、まさに「ピッタリな」生活スタイルだと自画自賛している。しかし毎日電車に乗って「密な環境」にさらされ、仕事の上でも会話や人との接触を避けられない人にしてみれば、収入を得るためにはどうしても「リスク」を負わなければならない、という困難な状況は変わらない。彼らの日常的な緊張感が心理的圧迫となって、精神に何らかの影響を及ぼすのではないかというのが危惧されるのだ。もしかして、コロナ鬱病というのも増加してるんじゃないかと私は思っている。そんな事を考えると、ずーっと「我慢」を強いられている若い人や子供達こそ、もっと真剣に「心のケア」をして行かなきゃならないだろうな、と思う。果たして、小池都知事なんかは、そう言う影響のことを考えているんだろうか?。飲食店でも、新橋の居酒屋店主が「助けて下さい!」とテレビで悲痛な声をあげていた。一方では売上倍増でウッハウッハの業種もあるそうだから、皆んなが皆んな一律に悲惨な状況だとも言えない。こういう時こそ、勇気を持って「政治が助ける」べきなのだが、そんな動きが一向に見えないところが今の日本の問題点である。飲食業は青息吐息だが、GoTo 批判にさらされている旅行業も、同じく廃業の危機に陥っている。国民は飲食業やホテル・旅館業を「不要不急産業」と見捨てた格好だが、これって「国民分断の走り」ではないだろうか。そういう危機感を政治家自身が感じているのであれば、今こそ「コロナ特別救済税」を導入すべきである(私の持論)。それを実行せずに「国民に自粛を求めるだけ」の政治家ならば、私は次の選挙では「投票しない」ことに決めている。我々は我慢するだけでは駄目だ、断固行動するべき。それが民主主義であり、有権者の強い意識である。
2、ルール違反のケジメ
公明党の「遠山議員」は辞職した。公明党の立ち位置からして、妥当な処置だったと言える。遠山議員は次の選挙にも出ないということだが、党がバックアップしない以上は本人の気持ちがどうあれ、もはや政治に関わることは出来ないだろう。一方、事件発覚後の態度に非難が集中していた自民党の「松純」こと松本純議員は、党への影響を断つ意味で離党届で誤魔化したようである。最初クラブに行ってたのは一人だけだったと言っていたが、その後「大塚議員と田野瀬議員」も一緒だった事がバレてしまい、3人まとめて「万事休す」の離党と相成った。やったことは許しがたいとは言え、遠山議員は「潔い」印象で同情の余地もあるが、こちらの松純の方は記者会見にも全く反省の色がなく、その後の麻生大臣陳謝映像時の「しゃあしゃあ」とした態度がテレビに流れて、市民から「盗人ふてぶてしい」とは此の事だ、と批判殺到していた。顔つきも悪代官なら「ウソもついていた」という根っからの悪人体質では、離党ぐらいでは国民の怒りは収まらないであろう。結果、緊急事態宣言下で我慢我慢の生活にうんざりしてる国民の「格好のガス抜き」になったのは悲しいかな、事実である。まあ、暗い話題ばっかりだったので、たまにこういう「明るい話題」がニュースを賑わしてくれると、ちょっと我々も「和む」というものだ。よくよく考えてみれば「体育館の裏でこっそりタバコを吸っていた」ぐらいの、大して罪のない不良少年のバカ話である。だがそれを「国会議員という良い大人」がやっていたから困っちゃうんだなぁ、これが。これで政治生命を棒に振ったとなれば、議員を続けるのも楽ではないって事なのか。こういう人間を選んだ人の責任は「地球より重い」ってか、我慢我慢。
3、ミャンマーの暴走
突然、ミャンマーでクーデターのニュースが飛び込んできた。アウン・サン・スー・チー女史も軍に拘束されたと言う。「またか」と思う人も多かったと思うがミャンマーという国、いつまで経っても進化しない国民だなという印象だ。ところでミャンマーという国、改めて名前を聞くと、いまいち余り良く知らない国である。場所はタイの西、ラオスと中国とバングラデシュの4国に囲まれた中くらいの国で、国土は日本の1.8倍あるそうだ。人口は5千万人、国の経済力としては一人あたりGDPが1500ドル未満と、まだまだ開発途上国である。英領インドから独立してその後ネ・ウィン政権が社会主義政策を推進したが、これが失敗して1987年国連から開発途上国に認定さている。そして疲弊にあえぐ国民の後押しを受けて、1988年国軍がクーデターで政権を握ったが経済は低迷し、アウン・サン・スー・チー女史の軟禁もあって欧米諸国から経済制裁を受けることとなった。2011年の民政移管によりようやく上向きになった経済は、2012年以降毎年7%前後の安定した経済成長を続けている。2013年にEU、2016年にアメリカが経済制裁を解除して、誕生した前政権は積極的に外国投資と市場開放を断行し、ようやくミャンマーを活性化しているとばかり思っていた。それが突然のクーデターである。何がミャンマーに起きているのか?。詳しい情報はまだ分からない。アジアは未だに「何を考えているか」不明な国が多いのだな、と思った。これって逆に日本も欧米から見れば「不思議な国」と思われているって事じゃない?。国民全員が「理屈に合った行動」を取れる国が、本当の意味で「世界に開かれた国」と言えるのでは無いだろうか。何であれ、世界共通の理解を得るというのは「感情ではなく理論」である。果たして日本人にそれが出来るだろうか?。・・・いささか心許ない部分があるのは事実である(ガビーん!)。
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