弁護士法人四谷麹町法律事務所のブログ

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ユニプラ事件東京高裁平成22年10月13日判決(労経速2087-28)

2010-12-26 | 日記
本件は,被控訴人に営業職として雇用された控訴人が,被控訴人の工場での現場研修業務の際,積み上げられた機材(布又は紙の原反)が荷崩れを起こして控訴人の両膝にぶつかるという事故(本件事故)が発生したこと及び被控訴人の従業員から命じられた鉄芯を持ち運ぶ作業時に,膝を捻ったり床に強く打ち付けるといった動作を繰り返したことが原因となって,右膝半月板損傷等の両膝関節機能障害を発症した旨主張し,被控訴人に対し,不法行為又は安全配慮義務違反による債務不履行に基づく損害賠償及び遅延損害金の支払いを求めた事案です。

本判決は,原審と同様,控訴人の請求を棄却すべきものと判断し,控訴を棄却しました。
本件は,労災認定がなされているにもかかわらず,以下のように理由で,事故の発生が否定されている点に特徴があります。

控訴人は,所沢労働基準監督署が現地調査の上で労災認定をしていることからして本件事故が起きたことが認められるべき旨を主張するが,E事務官による調査結果は控訴人の申告に基づくものであって,控訴人の両膝痛の症状が被控訴人工場での作業後に発生したことを裏付けるにとどまり,控訴人が労災認定を受けたことをもって本件事故が発生したとはいえないこと,本件事故を目撃したものがおらず,本件事故に関する控訴人の供述には不自然,不合理な点が多く,これを採用することができないこと,F医師の意見書は本件事故が発生したことの証拠となるものではないことは,上記引用にかかる原判決が詳細に説示するとおりであって,本件の全証拠によっても,本件事故の発生の事実を認めることはできない。

本件においては,事故を現認していない社員が,事故を現認したと虚偽の事実を「労災および通勤災害事故報告書」に記載したり,事故の発生を疑わしいと思った社員が社内報告用の文書であるから署名するようにと言われたために安易に署名押印したりしています。
言ってみれば,「嘘」を「労災および通勤災害事故報告書」に記載し,障害補償一時金等の請求を受けさせ,その結果,トラブルが拡大したわけです。
自業自得といわなければなりません。
「労災および通勤災害事故報告書」等の書面には,「労災が降りるようにしてあげれば,社員のためになるから,できるだけ社員に都合のいいように書いてあげよう。」などと考えて,事実と異なる記載をしてはいけません。
事実と異なる記載をしただけでも大問題ですが,それにより,会社が当該労働者から訴えられるリスクが高くなるのだということを,よく認識する必要があります。
「労災が降りるようにしてやったのに,恩を仇で返された。」などと愚痴を言っている経営者の様子が想像できますが,自らまいた種だということを,自覚しなければなりません。
やはり,嘘はいけません。
ありのままに,正直に記載するのが,正しいやり方です。
労働者に有利な内容であれば,嘘をついてもいいなどと,勘違いしてはいけません。
事実をありのままに報告できない会社は,やはり,トラブルが多くなっています。
正直は善なのです。

弁護士 藤田 進太郎

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福岡中央労基署長事件東京地裁平成22年6月9日判決(労経速2087-3)

2010-12-26 | 日記
本件は,デュポン株式会社に雇用されていたCが,精神障害(うつ病)を発病して自殺したのは,業務に起因するものであるとして,Cの妻である原告が,労働者災害補償保険法による遺族補償給付の支給を請求したところ,福岡中央労働基準監督署長が,平成17年6月27日付けで不支給処分をしたことから,その取消しを求めた事案です。

本判決は,以下のとおり判断して,請求を棄却しました。

以上のとおり,Cが業務倫理規定違反等に該当し得る不正経理を行っていたのではないかというデュポン社の嫌疑は合理的なものであり,これを解明するために行われた事情聴取も前記判示の事情の下では相当性を欠くものではなく,Cが受けたうつ病発症前の業務による心理的負荷の程度及びうつ病発症後の業務による心理的負荷の程度は,通常の勤務を支障なく遂行できる平均的労働者にとって,当該労働者の置かれた具体的状況における心理的負荷が一般に精神障害を発症・増悪させる危険性を有しているとはいえない。
したがって,特段の業務以外の心理的負荷及び個体側の要因は認められないが,Cのうつ病発症及び死亡を,業務に内在する危険の現実化したものであると評価することはできず,業務と死亡との間に相当因果関係があるとは認められない。

特段の業務以外の心理的負荷及び個体側の要因は認められない場合でありながら,うつ病発症前の業務による心理的負荷の程度及びうつ病発症後の業務による心理的負荷の程度が,通常の勤務を支障なく遂行できる平均的労働者にとって,当該労働者の置かれた具体的状況における心理的負荷が一般に精神障害を発症・増悪させる危険性を有しているとはいえないことを理由に業務起因性を否定している点が,参考になると思います。

本判決は,業務起因性に関する法的判断の枠組みについては,以下のように判断しています。

労働基準法及び労災保険法に基づく保険給付は,労働者の業務上の死亡について行われるところ,業務上死亡した場合とは,労働者が業務に基づく負傷又は疾病に起因して死亡した場合をいい,負傷又は疾病と業務との間には,条件関係に存在するのみならず,相当因果関係があることが必要であると解され,その負傷又は疾病が原因となって死亡した場合でなければならないと解される(最高裁昭和51年11月12日第二小法廷判決・裁判集民事119号189頁参照)。
そして,労働基準法及び労災保険法による労働者災害補償制度は,使用者が労働者を自己の支配下に置いて労務を提供させるという労働関係の特質を考慮し,業務に内在する各種の危険が現実化して労働者が死亡した場合には使用者に無過失の補償責任を負担させるのが相当であるという危険責任の法理に基づくものであるから,業務と死亡との相当因果関係の有無は,その死亡が当該業務に内在する危険が現実化したものと評価し得るか否かによって決せられるべきである(最高裁平成8年1月23日第三小法廷判決・裁判集民事178号83頁,最高裁平成8年3月5日第三小法廷判決・裁判集民事178号621頁)。
また,今日の精神医学的・心理学的知見としては,環境由来のストレスと個体側の反応性・脆弱性との関係で精神的破綻が生じるかどうかが決まり,ストレスが非常に強ければ,個体側の脆弱性が小さくても精神障害が起こるし,逆に,個体側の脆弱性が大きければ,ストレスが小さくても破綻が生じるとするいわゆる「ストレス-脆弱性」理論が広く受け入れられている。
そうすると,上記「ストレス-脆弱性」理論及び危険責任の法理の趣旨に照らせば,業務の危険性の判断は,当該労働者と同種の平均的な労働者,すなわち,何らかの個体側の脆弱性を有しながらも,当該労働者と職種,職場における立場,経験等の点で同種の者であって,特段の勤務軽減まで必要とせずに通常業務を遂行することができる者を基準とすべきである。
このような意味での平均的労働者にとって,当該労働者の置かれた具体的状況における心理的負荷が一般に精神障害を発症させ死亡に至らせる危険性を有しているといえ,特段の業務以外の心理的負荷及び個体側の要因のない場合には,業務と精神障害発症及び死亡との間に相当因果関係が認められると解するのが相当である。
また,判断指針・改正前判断指針は,いずれも精神医学的・心理学的知見を踏まえて作成されており,かつ,労災保険制度の危険責任の法理にもかなうものであり,その作成経緯や内容に照らして不合理なものであるともいえない。
したがって,基本的には判断指針・改正判断指針を踏まえつつ,当該労働者に関する精神障害発症・死亡に至るまでの具体的事情を総合的に十分斟酌して,業務と精神障害の発症・死亡との間の相当因果関係を判断するのが相当である(なお,改正判断指針は,処分行政庁による本件処分時には存在しなかったものであるけれども,判断指針も改正判断指針も,ともに裁判所の本件処分の違法性に関する判断を拘束するものではないから,裁判所が改正判断指針に示された事項を考慮し,判断指針に示された事項のみにとらわれないで,本件処分の違法性を検討できるというのが相当である。)。

弁護士 藤田 進太郎

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