これは、中共のモノカルチャー(単一栽培)政策のせいなのかも知れませんが、今のチベットにはかつての多様な作物栽培文化は失われてしまった観があります。
これはなにもチベット高原だけの話ではなく、世界中どこでも経済性を追求するモノカルチャーの文化が広まってしまい、人類の食文化は多様性を失いつつあります。
でもコレは、チベット人の価値観からすれば大したコトではなく、元から作物文化は高原に適応した「大麦」に収斂されており、それだけでも健康長寿を得られているので、人類は意外とシンプルな食物で必須栄養素を満たせるみたいです。
日本では、毎日違う献立の食事を取るコトが善いとされていますが、私が世界を巡って観て来た限りでは、そんな贅沢をしている人類は少数派です。
インドでも中東でも南米でも、人類はだいたい365日同じ食物で生きており、その極端な例がチベット人だと言えます。
彼等にとって食事と言えば「ツァンパ」しか無く、これは大麦の粉をバター茶に入れて捏ねたモノです。
この極めてシンプルな食事でも、バター茶にはビタミンや脂質に加え「免疫ミルク」と「太古の塩」も含まれているので、80余種の必須ミネラルを満たすという観点からは先進国の多様な食事よりも優れているかも知れません。
ツァンパの粉について述べますと、これは大麦の一種ハダカムギを挽いたモノで、この麦にはβグルカン(機能性食物繊維)が多く含まれています。
ハダカムギは簡単に脱穀でき、粉に挽くのはヤクが廻す石臼に依ります。
これは「依りました」と言った方が正確かも知れず、今時そんなウシが石臼を廻す光景など、映画でしか観られないのが現実でしょう。
どうしてもそれが観たい方は、以前紹介した「ジョニーベリンダ」で、ヒロインのベリンダがそのウシ廻しの仕事をしておりますので、ぜひ御鑑賞ください。
この映画は、名画の産地として名高いカナダ東海岸(プリンスエドワーズ島など)を舞台とした白黒の芸術作品です。
「ジョニーベリンダ」は私にとっては唯一「セイント メリージェーン」に喩えられる聖女で、彼女の裁判(逆転無罪)には宗教的な美しさと意義を感じました。
話をツァンパに戻しますと、この国民食を「料理」と言えるレベルまで高めて提供している所は、私の知る限りチベット高原には無く、ヒマラヤネ南麓のカトマンドゥまで行かなければ味わえません。
観光立国ネパールで一番の格式を誇る、チベタン経営のホテル「ヤク&イェティ」がその場所で、ほぼ毎晩カジノのディナー(無料)で提供されていました。
味のキメ手となるのは「ギー」と呼ばれる油で、これはミルクから抽出されます。
もちろん貴重な岩塩も使われ、インドからの様々なハーブ(ナツメグ、シナモン、カルダモン、ウコン等)やドライフルーツなども加えられていて、とても美味しかったです。
ネパール人はおよそ半分がチベット系の民族で占められ、インド系との混血も活発に行われていて、なかなか興味深い人類です。
山奥には太古から変わらない暮らしが残っており、そこをツァンパばかり食べながら一月程歩いた(平和行進)経験は、忘れ難いモノに成っております。