ノモハン事件の真相
司馬遼太郎がこの戦いびついて小説化を試みてさんざん調べた結果、お話にならないほど事実が目も当てられないので小説化を経緯を聞いている。
これまで、この戦いを様々な本を読みましたが、満州陸軍のかって行動によって戦いを始まったと聞いている。
ロシア軍も満州北部に軍を集結させており圧力が凄まじくなったと聞いているが日本の政権、軍の上層部の意向も無視して始めた戦いであった。
結果、大損害を受けたまま停戦隣ついには日ソ不可侵条約を結んだとのことである。
そして、満州軍は南方へ転戦して行くことになりインパール作戦に駆り出されえている。ここでも後を焦った司令官のせいで全滅に近い損害を受けている。
今回目にしたニュースではノモハン事件はロシアに残った資料と日本軍の損害を比較するとロシア軍のほうが損害が多かったとのこと。
全く日本兵はふんだりけったりの散々の目にあっている。率いる司令官の質が問題である。
これらの総括がきちんとなされていないため、兵站の重要性をいまだ自衛隊も引きずっているのが現状である。
自衛隊の武器は立派だが弾薬は一週間も持たないそうだ。
日露戦争以降の日本軍は戦陣訓をはじめに精神論、神頼みに陥ってしまい、最後には特攻のような人命軽視になる始末である。
兵器は作れば補給できるが兵士が一人前になるには何年も時間がかかるのを弁えていないことが問題である。
またもや書き出しと話したいことが飛んでまとまりがなくなってしまった。
書いてみた やじさん