ぼんやりと足が地に付かない気分のまま船の甲板に出た。
海に反射する光が眩し過ぎる。
どうなるのだろう、どうなるのだろう。
ずっとその問いばかりを繰り返しているうちに、大きく汽笛が3回響いた。
離岸はあっという間だった。
方向を変えた船は大海原へと繰り出す。
いよいよはじまる。
考えていたことも不安もいつのまにか忘れていた。
大きな動きを感じていた。
やっぱり関西弁は聞き慣れないなあ。
早く名前と顔一致させなきゃ。
理系の女の人ってカッコいいなあ
──とにかく必死だった。
共通点をお互い探り合っていた。
だがこの奔流の旅に参加した時点でわかりきっていたのだ、船に乗り込んだ仲間が皆『個性的な変わり者』だということは。
青島ビールを飲み交わしながら、キャスターを吸いながら、カップラーメンを啜りながら交わす会話は、眠りさえも忘れさせた。
嘘で着飾る自分も忘れていた。
昨夜の語り合いのせいか、まぶたが重い。
白み始めた世界に上海が浮かび上がる。
大陸のにおいがした。
海から河へ入る瞬間に変わる水の色はわからなかったが、中国ということは徐々に実感し始めていた。
霧かすむ向こうに見える街並みは見覚えがあるようなないような、とにかく妙な感覚に襲われる。横にいる友人に話したら、彼女も同じ気持ちだったらしい。
幼い頃に見た、あるいは記録映像で見た成長中の街。
超高層ビルが建てられるその眼前で、古い木造の建物が音を立てて崩れていく。
時代が変わる瞬間だった。新旧・東西が混在していたが境界線はあざやかである。
レトロかつ斬新な街。
翌日に下車した西安駅で驚いた。
13億分のいくつかの人たちが今目の前にいる。
想像を絶する混雑、これも中国らしさと言うべきだろうか。
彼らはどこから来たのだろう、そしてどこへ行くのだろう。
地図上では想像し得ないことを今全身で実感している。
耳に容赦なく飛び込んでくる中国語。
そのイントネーションはまるで怒鳴り声のようで私は何度も肩をすくめてしまう。
日本とは微妙に違う顔つき、服装。
上海以上に『大陸』を実感した。
正月に上野の森美術館で並んだ日が懐かしい。
今私の目前には本物の兵馬俑がいる。
立ち並ぶ土製の兵士達。始皇帝を守るべく組織された軍団。
秦漢史にはフィクションにはない歴史独特の面白さを感じてきたが、兵馬俑はまさにその象徴である。
しかし想像以上に壮大過ぎた。
キャパシティを越えた視界にただ息を飲む。
千を越える兵士たちに睨まれているような、そんな錯覚にも陥った。
古都・西安。
過去は長安の名で栄えた国際都市。
今はその栄冠を沿岸諸都市に譲り、陝西省の省都となっている。
駅前もそうだったが城内も人が溢れかえっており、立ち並ぶ自動車のあげる排ガスと煙が空に舞っていた。
埃っぽさのせいだろうか、懐かしいノスタルジーを感じた。
彼らはどこへ行くのだろう──きっと家へ帰るのだろう。
激しく揺れるバスの中で郷里への心を弄んでいた。
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