妄想ジャンキー。202x

人生はネタだらけ、と書き続けてはや20年以上が経ちました。

『22時の幸せ』

2007-10-31 09:57:55 | 物書き
 夜10時。キャスターマイルドを1本取り出して火をつける。ここは至福の時間。急に空気が温まる。夜空を見上げれば星が広がっている。ここは私の世界。
 明るい星の位置を観察して、季節の移り変わりを実感する。日々の幸せといえばそんなことくらいだった。でも確かにそれは幸せだった。星座を作ってみたり。
月の模様をよく観察してみたり。手を伸ばしてみたり。ドロリとした夜の片隅で1人の女が動く。悩む。泣く。そのちっぽけさに笑いが止まらなくなった。
 目の前の駐車場にいつもの男がやってきた。ほどなくして女が店内から出てくる。二言三言話したあと、男のバイクの後ろに女が乗る。国道の彼方へ消えていく。
 暇な私は、この二人のことを考えるのを義務のように感じていた。二人はどこへ行くのか。どんな関係なのか。どのような過去があるのか。二人のあらゆることに関しての思考をめぐらさなければいけない。そんなくだらない使命感さえ燃えあがる。
 口論していた夜もあった。2人でずっと抱き合っていた夜もあった。壁に座り込んで何も言わない夜もあった。だがどんなことがあろうとも、2人はやっぱりバイクに乗る。二つの影で国道の喧騒へ溶けていく。今日も、明日も、明後日も。
 自分の姿を重ねる。重ならない。重ねられない。私があの男女のようにしていた時代は、遠い半世紀以上前のことのように思えた。20代の半年はきっと3倍いや5倍くらいの充実度だ、って誰かの受け売り。歳を重ねるにつれて時間の流れを早く感じるようになる、ってこれも誰かの受け売り。
 あと半年経って、アスファルトが燃え上がる季節。生ぬるい南風が首筋をなでる季節。きっと3年も5年も生きたかのような錯覚にとらわれている。そのころにはバイクの男女のことも忘れているのかもしれない。もう5年前のことのように思えているのかもしれない。
 煙を星に向かって吐いた。あの明るい光が一瞬消えた。何万年もかけて私の世界にやってきた光が消えた。
 半年だとか、3年だとか、5年だとか。記憶のスケールの小ささに笑いがこぼれる。吸殻を捨てて、夜の空気を肺いっぱいに吸い込む。酸素が体中に循環する。ああ、やっぱり生きてる。ちっぽけだけど生きてる。
 半年経って、5年が経って。私はきっと生きているだろう。男女も生きているだろう。10時になればキャスターを取り出して火をつけて。あれやこれや、くだらない空想を空に繰り広げる。何万年もかけてごくろうさん、なんてありがた迷惑な言葉を星に投げかける。




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