この3月11日でさくらは9歳になった。このBlogでも述べたようにさくらは2011年3月11日に我が家に来た。この日はまさかの大震災の日だった。福岡のブリーダーから、さくらを乗せた飛行機は羽田に着いた知らせを受け、息子はその知らせを受け引き取りに行った。その後の大震災に巻き込まれ、羽田から所沢まで交通渋滞の中、燃料切れの不安の中我が家に着いた。以来さくらの誕生日は「東日本大震災の日」にした。
そんな「さくら」は震災復興の進捗を見ながら成長を遂げたが一昨年の暮れに腎臓結石で突然倒れた。体重は3Kgを切っていた。しかしこれまでの引っかかれ、かみつかれながらも、点滴と造血剤の注射をしながらの看護が実を結び現在では4.2Kgまでに回復した。私にはさくらの成長と3.11以後の震災からの復興の進捗が重なってくる。
TVではやっと常磐線が全線開通したニュースが流れたが、今次開通された区間は依然として放射能汚染による立ち入り区間が至近距離にあることからも、町が復活するには程遠い状況だ。いつの間にかに政府は原発再稼働を認めたが、原発を巡りそれこそあさましい関電の原発利権の汚職が発覚した。これは地元の木っ端役人のあさましい事件だが、霞が関と永田町の原発汚職はこんなものではないことが誰しもが思っているだろう。
私が悔やんでも悔やみきれないことがある。義母から、老後の資産管理の相談を受けた時に、預金だけでは不安だから、株式投資をしたいとのことでどんな株に投資したらと良いかと問われた。その時私は、「老後の資産活用だから、東京電力か東京ガスのような安定した配当が得られる株が良いのでは」とその時は答えた。そして3.11を迎えた。そして耳を疑うべき状況をニュースで知った。「東京電力 総電源喪失」。同じ自然災害=東電の言い分だが、に東北電力の立地は東電よりはるかに危険にさらされたが、持ち堪えた。その後の対応もすべて時の政権の対応不備にすり替え、安倍はその時の政権の対応不備を声高に叫んだが、安倍政権の現状を見れば、関電における原発汚職の露呈でわかる通り、ここ数年にわたる安倍政権人脈は大は東電、小は「桜をみる会」で示された詐欺師グループと犯罪者に支えられた政権と言わざる得ないのでは。そしてあきれ返ったのが、ある意味日本が「法治国家」の体裁をかろうじて保っている「検察」のトップに法を捻じ曲げて「安倍」の犯罪を葬った論功行賞として、検事総長に据えたことを、なぜ「読売」「サンケイ」は黙認するのだろうか。いずれこのつけは一応「言論界に所属する両社にも及ぶことになるのでは」民主主義の基本は自由にモノが言えることだろう。すでに2社は「明らかな違法性」にモノが言えなくなってしまった。2社の記者には安倍の違法性を言うことができなくなってしまい、言論の自由が奪われてしまったのだろう。「能力のないものが独裁者になってしまったら、哀れなものは国民だ」それは過去の歴史が物語る。先のない私にはそれもよいが・・・・・・
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます