とりとも雑楽帳

狭山丘陵の里山歩きとクラッシク音楽の鑑賞日記です。

ローカルルールの見直しを仙台で思う

2008年12月03日 | Weblog
昨日福島、仙台に日帰りで行った。仕事の関係で今地域力連携拠点事業にかかわりが出ている。今年の中小企業施策の目玉的予算事業だ。
そもそも地域力って何だろう。トヨタの工場を誘致することなのだろうか。?仙台には何度もいっているのだが、今まで気にすることがなかったが、今回地下鉄のエレベーターに乗って気づいたことがある。東京では急ぐ人のために右側を空けるのだが、仙台は大阪同様左側を開けていたのだ。これは自然発生的なローカルルールだ。規制緩和、馴れ合い談合の禁止、近代化の名の下に、日本経済はローカルルールまでもつぶしてきたが、それこそが地域社会の自立をつぶしてきたのではと思う。昔商店街は年寄りが店番し、息子夫婦は仕入れ、配達を行い、自立していたが、大型店がその地域の需要をすべてを奪い、継ぐべき事業を根こそぎつぶし、町自体を衰退化させ、挙句は需要が落ちればすぐに撤退し、その後はセミ殻のような地域社会が残される。私が訪れる地方の駅前は判で押したようなワンパターンの光景を目にする。
解決策は何だろう。今回自慢の嗅覚を利かせて旨い店を探す時間の余裕は無かった。帰りは已む無く駅弁を買った。「宮城まるごと弁当」ここの食材は宮城産を使ったものを条件に取り入れ、1区画ごとに県外産を排除し、その食材が宮城産を主張し全体がバランスが取れているのだ。
グローバルルールはそのときの強者が作ったルールに過ぎないことを認識し、地域に入るには地域のルールを承認したもののみが入れる仕組みにかえるのだ。古来日本人は「郷に入らずんば郷に従え」とルールをつくっていたのだ。地域を活性化するには地域が活性化するようなローカルルールを作り、そのルールを生かすことしかないだろう。このままでは地方は年金生活者と税金で暮らす役人しか生活できなくなる。それすら先行きはいまのままではないのだが。


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