あけましておめでとうございます。 皆さんの昨年一年を振り返って如何でしたか? 紅白歌合戦は見ましたか? 私は、見ませんでした。就寝はいつもどうり10時30分に床に就きました。 昨年の私自身は、病気らしことはありませんでしたが、家内が4日間の入院がありました。 救急車で運ばれて、市民病院で4日間過ごしました。原因は、持病の「耳石」でふらふらして歩けなくなったことです。幸いにも、短日で済んだことです。 この程度のことで済んだのは、感謝しなければなりませんね。 「日々好日」であれば、感謝でなくてはなりませんね。 私は、難聴のため5年前より補聴器を使用していますが、家内との会話もちゃんと聞き取りにくくなってきました。 年末に5年振りに耳鼻咽喉科に行って、聴力検査をしました。 やはり、かなり悪化していました。先生から、障がい者に該当すると告げられました。年明けには障がい者の申請をするつもりです。 今日は二日、テレビでは、街の風景や神社仏閣へのお参りの様子を映していました。 ここで、1月1日の産経新聞からの転写します。 『日本の正月はすがすがしさに満ちている。初詣に行く神社はもちろん、それぞれの家庭にも街角にも淑気があふれている。 戦後の占領政策などで、神道をゆがんだ目で見る見方が日本を覆った。戦後70年以上を経て、そのような偏りはもはや過去のものとなったといっ てよい。神々のいる風景こそ、この国にはふさわしい。』ーーーーーーー 『日本の正月の習俗は、この国の人々が神々とつながっていることを濃厚に語っている。 家を清め、年神を迎えるのが正月と考えられる。 しめ縄は、神聖な場所であることを示している。門松は、地域によっては門神様ともいい、年神を迎える依り代の意味を持つ。おせちも、元来は節日 に神に供えた食べ物。鏡餅は古くは、霊魂をかたどるものとしてかみにささげられた。 けれども日本の場合、宗教は戦後、大きな変質を迫られた。正月から離れる。戦後、日本への占領政策を行った連合国軍総司令部(GHQ)は、 神道が日本の軍国主義の中核をなしているとみなし、敵視した。』 しかし、私たちの子供のころは、貧しかったにもかかわらず、玄関には、注連縄(しめなわ)や門松をたてて正月をお祝いしたものである。 確かに、日本人の心のうちには、宗教心が宿っているように思う。 今も、正月になると、老若男女問わず神社仏閣へのお参りされる人が多く、テレビでも放映されている。 だが、心から、手を合わせ、神仏に拝んでいる人たちは、どのくらい存在しているのだろうか? 観光がてら? 若者たちのデートの行くところ? なぜそんなことを思うのか? 年末の三日前くらいから、道路わきの家々を観察すればよくわかる。 前述のように、ちょっと古くは、門前に注連縄や門松を飾っていたものが、今はほとんど見ることが出来ない。 日本人の精神の変化の表れであると思われる。 その一つが、年末の除夜の鐘をうるさいという人々の出現である。 本当に驚きである。 えーあんた達日本人?と疑いたくなる。日本人の精神がだんだんとおかしくなっていくのが恐ろしい。 教育現場の自信のなさ。 家庭環境の破綻。これは、核家族に原因有り。 教育は、学校と家庭がともに未来の日本を型作りという若者たちを育てる意識がないと、もっともっと悪くなるような気がする。 政府や教育現場の方たちにお願いしたい。日本精神を復活させる教育を!!!