あなたから一番遠いブログ

自分が生きている世界に違和感を感じている。誰にも言えない本音を、世界の片隅になすりつけるように書きつけよう。

気持ち悪い猿の命名騒動

2015年05月07日 23時50分30秒 | Weblog
 大分県高崎山の猿の群れに子猿が生まれ、報道によれば公募によってシャーロットと名付けられたという。ところがこのことに対して、新しく生まれた英王室の王女の名前と同じだとしてクレームが100件以上寄せられ、担当者が「慎重に考えるべきだ」と述べるなど、変更を含めて再検討することになったらしい。
 大変に気持ちが悪い。

 そもそもシャーロットという名前自体がとても一般的な名前である。おそらくイギリス人は猿にシャーロットという名前がついても違和感を感じないだろう。ぼくが好きな映画に「シャーロットの贈り物」という古いアニメ・ミュージカルがある。このシャーロットは豚小屋に巣を張る蜘蛛だ。たぶんチャールズという犬はたくさんいるだろうし、エリザベスという豚がいてもおかしくない。そんなことが問題になるはずがない。

 ぼくが気持ち悪いと思うのは、おそらく抗議をしてきた人々は、英国や英王室に対する敬意が強いのではない。彼らが問題にしているのはたぶん日本の天皇と皇族なのである。
 抗議をしてきた人々の意識の中では「貴人」は神聖にして侵すべからざる者なのだ。単純に言ってしまえば、英王室の王女の名前を猿につけることが許されたら、日本の皇族の名前も猿につけることが許されてしまう、それは絶対に許せない、ということなのではないだろうか。
 少し前ならこんな騒動は起きなかったと思う。何か時代の空気が不穏になってきている。

 もう少し付け加えるなら、イギリスの王族はイギリス国民である。ちゃんと出生届も出す。王族の名前も特別なものではなく、一般国民と同じ普通のものだ。王族も普通の一般的な職業をすることがあるし、自分の財産を持っていて資産運用などもしたりする。良くも悪くも人権を持っているのである。
 一方の日本の天皇と皇族は日本国民ではない。戦前のような現人神でこそなくなったが、現憲法下でも「象徴」である。象徴というのは人間ではない。天皇に国民としての人権は与えられていない。
 だが、昭和天皇は敗戦後に「人間宣言」をしたし、英王室などを参考にして普通の人、普通の家族であるようにふるまった。戦後の雑誌に掲載されたマンガには天皇家を一般家庭のように描いたファミリー・コメディさえある。今では皇籍を離脱した黒田清子氏が子供の当時、マスコミはごく自然に「サーヤ」と呼んでいた。

 あけすけに言えば、天皇家の戦略は「生き残る」ことにあった。とりわけ昭和天皇には戦争責任問題があり、戦後の民主主義社会において天皇が国民的に認められるかどうかは、文字通り死活問題だったのである。そこで天皇と皇族は戦後民主主義的なニューファミリーの姿で現れ、一般国民と乖離していないことをアピールしたのである。そしてそれは現天皇と天皇家にはっきり引き継がれている。
 ところが天皇と天皇制を政治的に利用したい勢力は、そうした天皇家の思惑とは真逆の封建的天皇制の復活と戦前的天皇像を広げようと画策してきた。それは自民党という圧倒的な政治圧力をテコにして少しずつ実現され、現状ではまるで明治に戻ったかのように天皇の神格化が進んでしまった。まさに侵すべからずという雰囲気である。

 イギリス人が気にしていないことを、日本の一部の勢力が過剰に反応し、そして対象となった当事者はそうした動きに過敏に対応する。その背景にはまがまがしい影を感じる。本当にこんなに気持ち悪いことはない。
コメント
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