ある人がこんなことを言っていた。
「(安保法制が違憲だ、反対が多いと言うが)日本政府は、安部さんは、あれは民主主義によって、きちんとした議会で多数を握って、安部さんが出てきたんですよ。(中略)安部さんは、選挙で選ばれたんだから。日本国民は安部さんを選んだんですよ」
「日本国憲法という、当時世界で最も進んだ憲法下にあって、安部さんが出てきたんだから。だから常に、憲法はよくても、そういったことはありうるっていうことですよ」
「憲法もある日気づいたら、日本の、さっき話しましたけれども、日本国憲法がいつの間にか変わってて、自民党案の憲法に変わってたんですよ。だれも気づかないで変わったんだ…」
ひとつ補足しておくと、別に「自民党案憲法」というものが存在しているわけではない。その点はこの人が勘違いしている。事実は「実質的に自民党草案の憲法と同じようなもの」である。
戦争法案(「国際平和支援法」と10本の戦争関連法を改悪する「平和安全法制整備法案」)の委員会採決が今日強行される。いわゆる60日ルールを前提にして、確実に法案を成立させるためのスケジュールのためだ。この流れはまさに一昨年、麻生氏が述べた「ナチスの手口」そのものである。
お気づきとは思うが、冒頭の発言はその麻生発言の、ドイツを日本に、ヒットラーを安部に、ワイマール憲法を日本国憲法に、ナチスを自民党に置き換えただけである。原文は当ブログでも触れているので、そちらを参照願いたい。(
「麻生「ナチス発言」の真意を考える」http://blog.goo.ne.jp/zetsubo/e/b1369b04b6fa9afb0f9369476c3aa1cb)
ヒトラーは憲法を実質的に無効化する法律を作ったが、現在の戦争法案(安保法案)も現憲法の条文を完全に無視するものである。少し前までは与党はこれが合憲だということを何とか立証しようとしてきたが、どうも最近の公聴会の与党推薦参考人は、もはや憲法議論をすることさえ止めてしまい、ただ国際情勢上必要だ(つまり裏を返せば違憲であっても必要なんだから仕方がない)という開き直った論調になってしまったような感がある。
とにかく政府の説明は支離滅裂である。よく引き合いに出されるのは「自衛隊のリスクは大きくならない」という、いったいその議論は何の意味があるのかと思える無意味な抵抗だ。戦争法案に賛成する論者でさえ、さすがにその主張に積極的に賛同する人はいない。
また、どこが軍事力の発動の境目になるのかという国会での質問には、安部氏は一度も答えていない。そんなことを一々公表する国家のリーダーはいないとか、単純な話ではなく総合的に判断する問題だ、などと言ってごまかすばかりだ。そもそも、ほとんどの国には軍隊があり、交戦権を認めているのだから、どこが軍事力発動の境目かは一般的に問題になるはずがない。日本は憲法において交戦権が否定されているからこそ、そこが問題なのに、そんなことさえわからないふりをする(もしかすると、本当にわかっていないのかも知れないが。そうだとしたら大変危険だ)。
また、単純な話ではないと言いながら、ネットではアベくんが不良に襲われたらアソウくんが助けてくれる、などという単純にもほどがあるような馬鹿馬鹿しいたとえ話をする。これほど国民を愚弄した発言はない。先日の中央公聴会で自民党今津寛議員は、参考人の木村草太首都大学東京准教授に対して「自分の家内や家族のためならどこへでも行く。国もそうだと思う」「普段お世話になっている隣の家が火事になったら、助けにいきますよね。町内会みんな火消しにいっている時に、家訓だからといって隣の火事を消しにいかないというのは私は解せないと思うのですが…」などと、まさにオツムのよいアベくんが国会では絶対に言わないたとえを出して質問をしていた。的を外しまくっている。まず「自分の家族」を助けるのは国で言えば個別自衛権の問題である。国民は家族だが同盟国は仲間かも知れないが家族ではない。それに火事は災害である。大地震が起きたら現状でも日本は国際救援隊をいち早く派遣している。問題はそんなことではない。これは火事ではなくてケンカの問題だ。しかも見ず知らずの不良が襲ってくるわけではない。同じ町内の昔から顔なじみ同士のケンカなのである。いくら仲間でも、普通の人ならまず口で仲裁しようとするのが日本人の感覚であろう。それでダメなら実際に割ってはいるかも知れないが、それでもむしろ自分の仲間の方をなだめて引き離すのではないのか。最悪、その時に相手が自分を殴ってきたら、それは「個別的自衛権」として実力行使をするかも知れない。隣の火とがケンカを始めたらいきなり一緒になって相手を殴るのは、むしろ不良の方のやり方である。
安部氏は国会答弁で、自分は総合的に判断すると言う一方で、「能力の無い政府であれば正しい判断が出来ない」とも述べている。永遠に安倍政権が続くわけではない。いつ「能力の無い」、もしくは「能力のありすぎる」政権が出てきてもおかしくない。安部氏が言っていることは、百歩譲って、本当に安部さんが戦争を起こす気がなくても、確率論的にこの法律がいつか取り返しのつかない誤りを引き起こすことを示している。
ぼくはここだけは政府の言うように、もう十分な議論はされたと思う。まともな判断なら、これは廃案にする以外の選択肢はない。おそらく最後は自民党の各議員がどこまでまともな判断力と勇気を持っているかにかかっている。もちろんそれを選んだのは、われわれ有権者なのだけれど。