ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

キューブリックに魅せられた男

2019-10-30 01:31:31 | か行

このタイトル、

魅せられた男の「悲劇」とまでつけるべきかも(苦笑)

 

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「キューブリックに魅せられた男」71点★★★★

 

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キューブリックとの出会いで俳優を辞め、

人生を彼に捧げたレオン・ヴィターリが語るドキュメンタリー。

 

「彼(キューブリック)は僕を食べ尽くしたんだ」と言うとおり

まさに滅私、献身を超えた仕事ぶりに絶句します。

 

このタイトル、

「魅せられた男の“悲劇”」、とまでつけるべきかも(苦笑)

いや、本人にとっては悲劇ではないんだろうなあ。

 

まず

レオン・ヴィターリ氏とはどういう人なのか?

 

1970年代、まずまずの人気だった俳優で

キューブリック作品に心酔し、

彼の作品「バリー・リンドン」(1975年)の役をオーディションで勝ち取り、

監督の信頼を得て、役を演じきったんですね。

 

その後、俳優としてもオファーがたくさんあったのに

しかし、そのすべてを捨てて

「キューブリックの映画制作に関わりたい!」と

裏方に回った、非常にレアな人物なのです。

 

カップリング公開の「キューブリックに愛された男」

ぜひ比較して見ていただきたいのですが

 

生活面の執事だったエミリオ氏に比べて

映画の場において“執事”だった彼のほうが

キューブリックの要求も、より厳しかったのでしょう。

 

実際、彼の語る仕事は過酷で

まさに滅私奉公、献身をこえた異常な世界でもあるんです。

 

しかもレオン氏は

1999年にキューブリックが亡くなってからも

その仕事を一番近くで見ていた人物として

過去作のDVD化のチェックやら、すべてにかり出される。

十分な対価や称賛を得ているわけではないのに、彼はそれをするんですね。

 

ゆえに本作は

キューブリックを知る、というより、

映画の仕事に魅せられた、一人の映画狂の生き様を描くものだと思う。

 

そして、そんな彼の姿は

天才に仕え、支えてきた、

多くのスタッフや名もなき人々の代表でもあるんです。

 

そこに、じわ~っとくるものがあるんですが

反面、

これって、まさに現代でも問題になり続けている

壮大な「やりがい搾取」の図じゃん?!と複雑な気分にもなるわけで(苦笑)。

 

 

でもね、レオン氏は

決して、キューブリックを告発したり、批判してるわけじゃない。

なによりレオン氏は、いまも幸せそうなんですよね。

 

それを見ながら

「人間の純粋な資質とは、性質とはなにか?」

「人のために身を捧げる、特性とは?」などと考える。

 

レオン氏の純粋さに打たれつつも

いや、やっぱりそこには、それに値する「対価」は必要でしょ!

と、ワシは思うのでありました。

 

★11/1(金)かヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国でカップリング公開。

「キューブリックに魅せられた男」公式サイト

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キューブリックに愛された男

2019-10-29 23:45:26 | か行

完璧主義者と名高い、天才キューブリック、

実生活でもめっちゃ細かっ!(苦笑)

 

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「キューブリックに愛された男」71点★★★★

 

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「2001年宇宙の旅」(1968年)、

そして「時計じかけのオレンジ」(71年)や「シャイニング」(80年)で知られる

天才にして異才のスタンリー・キューブリック監督。

 

99年に「アイズ・ワイド・シャット」を完成させた

5日後に70歳で亡くなり、

いまだ「神!」な監督ですが

 

その完璧主義者ぶりなどから、相当にヘンクツで難しい人物だった――というのも

伝説になっている。

 

でも、実際、どうだったのか?

 

本作は

そんな彼に30年間、執事のように仕えた

エミリオ・ダレッサンドロ氏(78)がキューブリックを語るドキュメンタリーです。

 

 

1970年、タクシー運転手だったエミリオ氏は

偶然に天才監督と出会い、

そこから彼の絶大な信頼を得て、

99年に彼がなくなるまで、秘書、いや執事のような役割を果たしていた。

 

キューブリックの死後、20年あまり沈黙していた彼が

改めて“主(あるじ)”を語ったんですが

 

まず、とにかくエミリオ氏は

キューブリックからのメモや撮影小道具など

あらゆるものをきちんと整理して取ってある収集魔(笑)

 

それが幸いし、事実関係の裏付けは十分にある。

 

「猫たちのごはんについて」とか、

キューブリックから指示されたあらゆるメモが残っていて

その完璧主義者ぶりが

映画製作のみならず日常生活に及んでいたとわかります。

 

そして同時に大変な動物好き&動物愛護家だったこともわかる。

 

なによりエミリオ氏自身が記憶力も抜群で

語りも俳優なみ。

ほぼ一人語りで87分を持たせるんだから、かなりの人物なんですよね。

 

で、そんな彼の話から

素顔のキューブリックが見えてくるところが

この映画のおもしろさなんです。

 

そして

そんなキューブリックの要求に

24時間応えたエミリオ氏は、いわばキューブリックに

人生を狂わされてもいるわけで

 

 

しかし、エミリオ氏の語りから

彼には抗えない人間的魅力もあったのだ、こともわかる。

 

 

キューブリックの人となりを知る、貴重な証言であり

すぐに「シャイニング」も見返しちゃいました(笑)

 

また本作は、映画制作現場でキューブリックを支えた男を取材した

「キューブリックに魅せられた男」とカップリング公開されます。

2作を併せて観ると、おもしろさ倍増!なので、おすすめです。

 

さらに

『キネマ旬報』11月下旬号(かな?)で

イタリア在住の、生エミリオさんにインタビューさせていただいています。

巨匠との「ホントの話」はどうだったのか?

ぜひ、映画と併せてご一読くださいませ~

 

★11/1(金)からヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国でカップリング公開。

「キューブリックに愛された男」公式サイト

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ドリーミング村上春樹

2019-10-22 23:58:39 | た行

美しきグレイヘアの翻訳家は

凛した姿勢で、言葉に向き合う。

 

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「ドリーミング村上春樹」70点★★★★

 

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1995年に村上作品と出会い、

以後、村上春樹の作品を15作品以上、翻訳している

デンマーク人翻訳家メッテ・ホルム氏を追う60分のドキュメンタリー。

 

カメラは

「風の歌を聴け」を翻訳する彼女の姿、そして

2016年に村上春樹氏がデンマークを訪れ、

二人で対談講演をするまでを追いかけます。

 

さらにメッテ氏が日本を訪れ、

村上世界の一端を探すように

深夜のデニーズに行ったり、地下鉄に乗ったりする姿も映し出される。

 

そのトーキョーの空にはふたつの満月が出ていたり

メッテ氏を遠くから

『かえるくん、東京を救う』(『神の子どもたちはみな踊る』収録)の

「かえるくん」が見守っていたり

 

ドキュメンタリーなんだけど、どこかパラレルワールドのような

幻想的な雰囲気もあって

ちょっと「変わった」作品ではあるんです。

 

なんといってもこの映画に

村上春樹氏は、登場しないんですよ。

 

正直「え!」と思ったのは確かですが

まあ、それが目的の映画でないんですね。

 

監督のニテーシュ・アンジャーノン氏は1988年生まれのデンマーク人。

「アクト・オブ・キリング」(14年)などを制作した

プロダクションに所属している実力派で

メッテ氏の翻訳で、村上作品と出会ったそう。

そんな彼が、媒介としてのメッテ氏を追いながら、

大好きな村上春樹を考察した、という映画なのだと思います。

 

それに、とにかく

メッテ・ホルム氏の姿が魅力的なんです。

 

 

単語ひとつに極限まで悩み、

ストイックに翻訳に向き合う。

 

「風の歌を聴け」のデンマーク版の装丁の見本をみて

「気に入らない」とハッキリ言って

編集者を真っ赤にさせたりもして(笑)

 

猫が傍らにいる、暮らしぶりのステキさにも目を奪われつつ

そして映画は彼女の、ドラマチックな人生にも迫っていく。

 

観ながら

「ドストエフスキーと愛に生きる」(14年)

翻訳家スヴェトラーナさんを思い起こしました。

 

 

二人には共通点が多くて

翻訳家は作家とつながり

自身を通して、その言葉を人に伝える仕事。

丁寧に、繊細に。それは生き様にも現れるんだなあとつくづく。

 

おなじみ「AERA」のいま観るシネマで

メッテさんにインタビューさせていただいてます。

本当にステキな方!

猫好きな村上氏の素顔についてもお話しいただいてます。

ぜひ映画と併せてご一読くださいませ!

 

★10/19(土)から新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開。

「ドリーミング村上春樹」公式サイト

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楽園

2019-10-20 17:39:41 | ら行

いまだに、この映画の

佐藤浩市氏の姿が頭から離れないんですよ・・・

 

「楽園」71点★★★★

 

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田んぼが広がる、のどかな地方都市。

 

その集落に続くY字路で、少女が行方不明になった。

村人たちの必死の捜索もむなしく、少女は発見されない。

 

12年後。

事件のとき、少女と直前まで一緒だった紡(杉咲花)は

罪悪感を抱えながら成長していた。

 

そんなとき再び、

少女がY字路で行方不明になる事件が起きる。

 

人々の疑いは、集落で孤立する青年(綾野剛)に向かっていく――。

 

そんな青年の姿を、最近村にやってきた男(佐藤浩市)が見ていた。

妻を亡くし、山で養蜂をしながら暮らす彼は

集落の男手として献身的に働き、みなに一目おかれていた。

が、あることをきっかけに、村人との関係が変わってしまい――。

 

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吉田修一原作×瀬々敬久監督。

 

いや~な話なんですが

抗えない猛烈な負のエネルギーに、完全にやられました。

 

終始重苦しい緊迫が続き、

2時間9分が4時間半くらいに感じた。

 

集落で行方不明になる少女、出自から差別されている青年。

あることで村八分にされていく男。

 

3人を主軸に、物語が紡がれていき

実事件を想起させるリアルさに、圧倒される。

 

誰が犯人か、よりも

人間の疑心暗鬼の心や

誰かを孤立させることで集団の結束を保つ陰湿なイジメ体質など

人間の「暗部」に焦点が当たっていて

胸がふさがるんですよねえ。

 

 

それまで何も話さなかったヒロイン紡(杉咲花)が

綾野剛氏にはいきなり心を開いたり

 

いくらなんでも、そこで男女混浴に入らんでしょう?とか

少々の「ん?」はあるんだけど

完全に寄り切り勝ちされました。

 

3人のなかでも

特に村八分になる佐藤浩市氏のエピソードがいまも強烈に心に残ってる。

あまりにも直近の事件をリアルに思い出させるし

(あれ、すごく印象に残ってる事件だったんだよな・・・)

 

吉田修一氏の原作は

実際の事件にインスピレーションを得て書かれたそうで

その状況や心理などはもちろんフィクションだろうけど

いや、こういうことあるでしょ、とリアルに思った。

 

映画.comさんの評にも書かせていただきましたが

「ジョーカー」(19年)観たとき、まずこの映画の佐藤浩市氏を思い出した。

 

やはり実際にあった事件を下敷きにした

イタリア映画「ドッグマン」(19年)も近い。

心優しいドッグトリマーの男が

あることからみんなにハブられてしまう悲劇で

 

ともに犬が出てくるのが辛いんですが

犬って、

おそらく人間社会を映す「象徴」なんですよね。

 

犬は人間と同じに、一夫一妻制で「家族」を作り

成人しても群から追い出されることなく

家族単位でコミュニティを作って、一緒に狩りをしたりする。

そのなかで協調性を持ち、ときに服従もし、

空気を読まないと、孤立してしまうわけで。

 

ああ、人間って、社会って、怖い。

 

★10/18(金)から全国で公開。

「楽園」公式サイト

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ガリーボーイ

2019-10-19 15:49:11 | か行

いや〜インド映画はマジで

次ステージへとスパークしてます!

 

「ガリーボーイ」75点★★★★

 

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インド、ムンバイのスラム地区に暮らす

青年ムラド(ランヴィール・シン)。

 

父と母は貧しい暮らしから彼を大学に通わせてくれているが

生まれで人を判断するインド社会での未来は見えず

ムラドは閉塞を感じていた。

 

そんなある日、ムラドは大学で観た

MCシェール(シッダーント・チャトゥルヴェーディー)のラップに魅了され、

日々感じている社会の格差や怒り、鬱屈した気持ちを詞に書き始める。

 

そして、シェールに後押しされて

初めてラップを歌うことに。

「ガリーボーイ(路地裏の少年)」と名乗ったムラドは

YouTubeで人気になっていくが――?!

 

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スラムから這い上がった実在ラッパーの物語。

154分とやや長尺ではありますが

歌い出す、踊り出す、といったボリウッド系ではなく

がっつりのドラマ。

 

笑いと友情、主人公の成長、挫折、悲劇・・・・・・

物語をエンタメに仕立てる完璧なセオリーに、

生き生きとしたキャラクター。

音楽の力と、高揚。

 

とにかくうまくできてます!

 

インド映画は実にハリウッドを研究し、学習し、

超えてきているなあ・・・・・・と感嘆しました。

 

彼らの強みは

欧米では現実味がなくなってきている

古典的な(いってみればベタな)「悲劇」の要素を

リアルにドラマとして盛り込めるところでしょうね。

 

やはりインドの良作

「あなたの名前を呼べたなら」(19年)もそうでしたが

(どちらも女性監督、というのは偶然ではないだろうな)

 

近代化とのはざまで

まだまだ残るドメスティックな因習や慣習、

 

例えば

親の決めた相手と結婚しなければならないとか

夢を見ようにも見られない圧倒的な貧富の差とか

 

そうした負の要素に真実味があり

かつ、それをドラマに盛り込んでくるから

やられた!となるわけです。

 

しかも題材が「ラップ」ですから!しかも実話ですから!

うまいなあ。

 

ムラド役のランヴィール・シン氏もいいんですが

恋人サフィナ(アーリア・バット)がまた最高なんです。

キュートなんだけど、いつもどこか「上から」で

カッとなると手が着けられない。

まさに「猟奇的な彼女」(笑)。

 

身分格差などいろいろあって、

彼女はムラドの友人とお見合いすることになるんだけど

その友人がムラドに

「あいつと結婚するのはイヤだ!

頼むからお前、なんとか結婚してくれ!」と泣きつくほどで(笑)

 

 

スラムに暮らす階層も大学に行く時代なんだなあとか

インドのいまを知りながら

うねるような変化に直面している国のオーラを体感いたしました。

 

★10/18(金)から新宿ピカデリーほか全国で公開。

「ガリーボーイ」公式サイト

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