ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

人類遺産

2017-02-28 23:49:02 | さ行

廃墟好きを自認するワシですが
この映画で、少し、気持ちの持ちようが変わりました。


************************


「人類遺産」70点★★★★


************************


「いのちの食べかた」「眠れぬ夜の仕事図鑑」など
常に黙って、固定カメラで
現実を切り取るニコラウス・ゲイハルター監督が

人に打ち捨てられた
世界の廃墟や建造物をじっと見つめた作品。

まるで宇宙空母のような
ブルガリアの共産党ホールに圧倒され

海のなかに置き去りにされた
ニュージャージー州のローラーコースターに感動し

日本の軍艦島の不思議な郷愁に打たれる。

まるで
人類亡き後のSFの世界のような
朽ちてゆくものが醸し出すカタストロフィ、
フォトジェニックな美しさ――に魅了されます。


まさに「生きているものはいないのか」な世界で
雨や風が唯一、動きあるものとして目を引きますが
ここでは監督、送風機で風を送るなど
演出もしているそうです。

なので、監督の作品のなかでも
けっこうフィクションに近い面持ちがある。
それは別にいいと思うんです。

ただ、
ワシも1990年代、いやそれ以前から
廃墟好きを自認しているんですが
この映画でかなり、気持ちの持ちようが変わりました。


なぜかというと
福島が出てくるから、なんですよ。


誰もいなくなった無人の街、
時の止まったコンビニやマクドナルドを見ながら
胸が潰れそうに痛んだんです。

そうすると
そのあとに軍艦島を見ても
「ここに住んでいた人は、これをどう見るのだろう」と
いままで感じたことのない思いがわき出るようになった。

いままで、自分がこうした場所に抱いていた思いと
そこにいた、当事者の思いには温度差があるのでは――?!ということに
あらためて思い至った、というか。

これ、自分としては
かなりショックな出来事であり
視点の変わる経験でした。

監督はプレスのインタビューで
「撮影するうちに、ただの廃墟では意味がないことがわかった。
その場所に『物語』があることが、重要だった」と答えていますが
それらの場所に、どんな思いでカメラを向けたんだろう――と
聞いてみたくなりました。


★3/4(土)からシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開。

「人類遺産」公式サイト
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ヨーヨー・マと旅するシルクロード

2017-02-27 23:58:43 | や行

アカデミー賞、いろんな意味で盛り上がりましたねー。

本作に登場するシリア人クラリネット奏者は
例のトランプ大統領令で入国禁止かも、懸念されているそうな。

多様性の重要さを描く
いまこそ、必要な映画だと思います。


***********************************


「ヨーヨー・マと旅するシルクロード」74点★★★★


***********************************


世界的チェリスト、ヨーヨー・マが
2000年に立ち上げた「シルクロード・アンサンブル」プロジェクト。

世界各地の一流音楽家たちを集めた楽団で
世界中で演奏旅をしたり、CDをリリースしたりしている。
そんな彼らの活動を追ったドキュメンタリーです。

といってもこれは
単なる音楽ドキュメンタリーでないんですな。

シリア、イラン、中国――などから集まっている団員たちは
それぞれに革命に追われたり、政治や国に翻弄される
つらい物語を背負っている。

そんな彼らの想いを
演奏にのせて紡ぎながら
この映画は教えてくれるんです。

違う背景を背負った文化と文化が
交わることで生まれるものがあるんだ――と。

それがこの「音楽」なんだと、
観ているとリアルに触れることができる。

そこが素晴らしい!


多様性の大事さを伝える本作は
こんな時代だからこその意味を持つと思います。


中心となるヨーヨー・マの人物像も興味深いところで
7歳から神童とされた天才が
どうやって音楽へのモチベーションを保ち続けているのか?
その秘密もわかります。

冒頭、ストリートで団員たちと演奏する彼の
なんと自由で楽しそうなこと!


★3/4(土)からBunkamura ル・シネマ、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開。

「ヨーヨー・マと旅するシルクロード」公式サイト
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ラビング 愛という名前のふたり

2017-02-26 23:11:34 | ら行

アカデミー賞、主演女優賞ノミネート!


「ラビング 愛という名前のふたり」70点★★★★


****************************


1958年。米・バージニア州に住む
白人のリチャード(ジョエル・エドガートン)は
黒人のミルドレッド(ルース・ネッガ)と愛し合っていた。

だがこの時代、バージニア州では
黒人と白人の異人種間の結婚は違法だった。

二人はワシントンD.C.で結婚式を挙げ、
晴れて夫婦となるが
地元に戻った二人は、保安官に逮捕されてしまう――。


****************************


州によって
黒人と白人の結婚が違法だった時代に
その愛を貫くために闘った、実在夫婦のお話。

1967年に、彼らの訴えで法律が変わったそうですが
ほんの60年前の話なんですよね。

アメリカでも
2011年に制作されたドキュメンタリーをきっかけにスポットが当たったのだそう。
そのときに彼らのことを知った
俳優コリン・ファースがプロデュースに加わっています。


非常に静かな作品で、前半はちょっとつらいんですが
とても大事なことを伝えているし、
最後には心震える・・・という感じ。


何が静かかというと、演出もなんですが
とにかく主人公のジェームズ(ジョエル・エドガートン)が寡黙。

妻を守り、家族を守り、
車のエンジンも直し、家も建てちゃう。
家族に危険が及べば、銃を片手に寝ずの番をする――

典型的な“アメリカのお父さん”なんですが
でも、彼は、差別はしないんですよね。
そこが、素晴らしい。

そして
演じるジョエル・エドガートンが
寡黙にして、ものすごい存在感。

「ゼロ・ダク・サーティ」(12年)や
「華麗なるギャツビー」(13年)などにも出てたそうですが
こんなにガツンと印象に残ったのは初めてだと思う。

もちろん妻役のルーヅ・ネッガも素晴らしいですが
彼はオスカー主演男優賞ノミネートでもよかったと思いますなあ。


★3/3(金)からTOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開。

「ラビング 愛という名前のふたり」公式サイト
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

素晴らしきかな、人生

2017-02-25 23:44:02 | さ行

ハッピーなラブ・アクチュアリー系とは違うんですよねー。


「素晴らしきかな、人生」59点★★★☆


***************************


ニューヨークで広告代理店を立ち上げ
成功を収めていたハワード(ウィル・スミス)。

だが、ある出来事から人生を投げてしまった彼は
仕事も手に着かなくなってしまう。

彼とともに会社を盛り立ててきた
古い仲間たち(エドワード・ノートン、ケイト・ウィンスレット、マイケル・ペーニャ)は
彼と会社の先行きを心配し、一計を案じる。

それは街の劇団で出会った俳優たち(キーラ・ナイトレイ、ヘレン・ミレン)に
ハワードに対し「あることをしてもらう」というものだったが――。


***************************


「プラダを着た悪魔」監督作。


ある出来事で人生を投げてしまった男(ウィル・スミス)を救う方法とは――?!
というストーリーで
豪華なキャストは保証付き。

しかしですね・・・
きれいな包装紙と赤いリボンで
ハッピーっぽく飾ってあるけど
実際の中身かなり暗くてズドーン、という(苦笑)。

「ラブ・アクチュアリー」系と想像すると
けっこう面食らうと思います。


そもそも
倫理的に「え?」という部分が多すぎ。

会社社長で友人でもあるハワード(ウィル・スミス)を
心配して同僚たちがいろいろアクションを起こすんですが

ハワードがポストに投函した手紙を盗むのは、
いくら友人でもまずいでしょう、とか。
しかも躊躇なく開封してるし!(苦笑)

それに、この展開じゃあ
いくら良心のベールをまとっていても
「会社のために、自分たちの保身のために
筆頭株主である友人を罠にはめてるよね?」ってなりませんか?(苦笑)。

でもね。
喪失から立ち直る
ハワードのエピソードは、とてもいいんですよ。


だからこそ
この「会社スジ」のパートが微妙すぎてもったいない。
せっかくの豪華キャストも、もったいない。

「クリスマスシーズンに間に合わせる!」みたいな
縛りや必要があったのかしら
もっと練って作ったほうがよかったのでは・・・?と、感じてしまいました。

これじゃ
エドワード・ノートンの出る映画=微妙・・・という
ワシの悲しいジンクスがまた更新されてしまうよ(苦笑)


★2/25(土)から全国で公開。

「素晴らしきかな、人生」公式サイト
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

彼らが本気で編むときは、

2017-02-21 23:22:00 | か行

現代の日本版、とても優しい
「チョコレートドーナツ」


「彼らが本気で編むときは、」73点★★★★


************************************


小学5年生のトモ(柿原りんか)は
母(ミムラ)と二人暮らし。

母は子育てには向かない女性のようで
家は散らかりっぱなしで、ごはんも作らない。
そしてついに、男を追って家を出てしまう。

困ったトモは叔父のマキオ(桐谷健太)を頼る。
マキオは快くトモを受け入れるが
いま、恋人と暮らしているという。

その恋人とは
トランスジェンダーの美しい女性リンコ(生田斗真)だった――。


************************************

荻上直子監督作品。

気持ちのきれいな人と、気持ちのいい人。
そんな人々が作り出す
気持ちのいい空気と時間を、体感する映画。


でも決して「ふんわり」なものではなく
そこから一歩出た、社会派にしっかり踏み込んでいる。

ただ、こうしたテーマでシビアな状況を描いた作品を
けっこう観てしまっているので

マキオとリンコによる養子縁組は
まず可能性がないな、とか
悲しいかな、どうしても悲観的に、先を読んでしまう自分もいました。


でも、それをもってしても
非常に残る映画だった。ホントに。


トランスジェンダーのリンコを演じる
生田斗真氏が、本当にナチュラルでキレイ。
見た目だけでなく心のきれいさを、春の木漏れ日のように表現していて
美しかった。

小学生トモの冷めたセリフにも
かなり笑わされました。

タイトルの意味も「ぷっ。」と吹き出しつつ、印象に残るし。

映画という世界で
登場人物たちがたしかに生きて、編んだ、やさしい時間。
それを堪能できる作品だと思います。

しかし
いわゆる“めしテロ”映画なので、そこ注意!(笑)


★2/25(土)から全国で公開。

「彼らが本気で編むときは、」公式サイト
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする