ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

ハニーランド 永遠の谷

2020-06-23 23:47:11 | は行

88分に詰まる、世界の縮図!

素晴らしい。

 

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「ハニーランド 永遠の谷」80点★★★★

 

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今年のアカデミー賞で史上初、

ドキュメンタリー映画賞と、国際映画賞の2部門にノミネートされた作品。

たしかに

「え? ホントにドキュメンタリー?!」というほどの

衝撃と人間の真髄に迫るドラマがあります。

 

同じくアカデミー賞のドキュメンタリーノミネートの

「娘は戦場で生まれた」(20年)も素晴らしかったし

 

自然との闘いをやはりコンパクトに収めた

「ビッグ・リトル・ファーム」(20年)も素晴らしいのだけど

 

この静かに搔きむしられるような怒りと痛み、

世界の縮図たる様の衝撃は

突出している――――としかいいようがない。

 

 

舞台はバルカン半島の奥深くに孤立した、北マケドニアの山岳地帯。

冒頭、乾燥地帯の岩場と山に囲まれた土地を

歩いてゆく小さな女性の姿が、上空から映し出される。

 

そのうちに、彼女は信じられないような崖を歩き、

そこに蜂の巣箱がある――――

そんな驚きの冒頭から、がっつり引き込まれます。

 

女性は、山奥で養蜂をするハティツェ。

病気の85歳の母親と二人で暮らしながら

自然に敬意を払い、

巣箱の蜜の、半分は蜂に返し、半分をいただき

街でその少しの蜂蜜を売って生きてきた。

 

しかし、ある日突然、

彼女の家の向かいに、ある大家族がトレーラーでやってきて、住み着くんですね。

牛を連れている彼らは遊牧暮らしをしているのでしょう。

 

しかし一言の挨拶もなく

まあ実に騒がしく

ワシだったら「うっわー!マジかんべんして!」と

即刻抗議&退去願い、となりそうなところ。

 

ハティツェも最初こそ戸惑うのですが

しかし、彼女はお向かいさんの子どもたちとまず打ち解け、

家族と交流を始めるんです。えらいなあ(笑)。

 

そして一家の主に、蜂の育て方すら教えてやる。

えらすぎる。

 

そんな彼女に

排除や排他ではない「共存」の美しさを見る――――と、じんわり感動するもつかの間、

しかし、隣家の父親は金に目をくらませて

「半分はわたし(自分)に。半分はあなた(蜜蜂=自然に)」といういいつけを破って

すべての蜂蜜を自分のものにしてしまう。

 

結果、ハティツェの蜂は全滅してしまい、

さらに彼は、彼女のとっておきの場所の蜂たちも狙う――――という

最悪の暴挙に出るんです。

 

無力なハティツェは「いずれバチが当たる」といい、

その後の展開もスゴイのですが

身勝手な人間の咎を受けるのは悲しいことに、いつもまず動物、というのもやるせない。

 

しかし、恐ろしいほどに

こんな小さな世界で起こっていることが

 

自分のことだけしか考えない愚かな人間が

他者を侵略し、破壊しつくす――――という

いまも世界で起こっていることさまざまの、完全なるメタファーに思える。

 

大家族一家のダンナの身勝手なふるまいには

怒りに歯が折れそうになるんですが

しかし、そこでまた複雑なのが

彼らにも生活があり、彼は彼で「自分の家族を守る」という絶対の任務と正義に突き動かされて

行動している、というところなんですね。

 

家族を守る、という大義が生む感情は

利己的な行動を、しばし正当化する口実になる。

トイレットペーパーの買い占めも、マスクや消毒薬の買い占めも、

水や保存食の買い占めも

またしかり。

 

いつの世でも、どの世界でも、どの状況でも

非常にやっかいなものだなあと

つくづく沁みた。

 

じゃあ、どうすれば良いのだろう――――。

 

この映画を観て

せめて、奪う側ではなく、静かに養蜂を守ってきた、彼女のようになりたい、と思った。

地球上で、そう思う一人を増やすことこそ

この映画、そして主人公ハティツェが、ここに在った意味だと思うのです。

 

★6/26(金)からアップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開。

「ハニーランド 永遠の谷」公式サイト

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エジソンズ・ゲーム

2020-06-20 01:43:51 | あ行

偏屈な天才理系キャラは

やっぱりカンバーバッチのはまり役。

 

「エジソンズ・ゲーム」69点★★★★

 

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1880年のアメリカ。

蒸気機関車が最先端で

明かりはまだ、ランプだった時代。

 

真っ暗な草原に、集まった人々の前で

電球が次々とついていく。

 

驚きのプレゼンテーションをしたのは

トーマス・エジソン(ベネディクト・カンバーバッチ)。

 

天才発明家として知られていた彼は

「これからは電気の時代だ!」と高らかに宣言する。

 

そして1882年。

電気でアメリカ中を照らそうとするエジソンの前に

裕福な実業家ジョージ・ウェスティングハウス(マイケル・シャノン)が立ちはだかる。

 

ウェスティングハウスは大量の発電機が必要な

エジソンの「直流」方式の送電法よりも

発電機一台で遠くまで電気を送ることができ

より安全な「交流」方式のほうが優れていると考えていた。

 

ウェスティングハウスは

やはり「交流」のほうが効率的だとする

発明家ニコラ・テスラ(ニコラス・ホルト)を引き入れ

エジソンに対峙する。

 

こうして全米を巻き込む「直流か」「交流か」の

電流戦争が幕を開けた!

 

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ゲーム、というタイトルから

推理炸裂&頭脳バトル、なイメージを勝手に描いてたんですが

 

意外にマジメな伝記物、でした。

 

いまとなっては当たり前の「電気」をめぐって

こんなバトルがあったんだ!という驚きもあったけど

なにより

誰もが名前は知ってるあのエジソンが

こういう人だったのか!を知ったのが

とてもおもしろかった。

 

カンバーバッチもインタビューで同じことを言ってたので

誰にとっても、やっぱりそうなのでしょう。

 

脚本家はものすごーくリサーチをしたそうで、かなり史実らしい。

エジソンという人は

お金には興味なかったけど、

名声、というか、「誰が最初にやるか」みたいなことには

すごーくこだわりを持つ人だったとか、

 

「ひらめいた!」となんでもかんでも発明する、というより

いろんな人のアイデアや才能を

うまくまとめて、形にする、という能力にも長けていたことがわかる。

 

 

そんな偏屈な天才理系キャラに

やっぱりカンバーバッチはぴたりとハマるなあと

思いました。

 

エジソンと対峙する側となる

美形の天才発明家テスラ(ニコラス・ホルト)や

気難しいエジソンと秘書(トム・ホランド)とのバディぶりなど

萌ポイントもたっぷりw

 

「闇」を美しく魅せ、意識させるシーンが多く

いまとなっては当たり前の電気のありがたみを

再確認しました。

 

ただ正直、もうちょっと

ドラマの見せ方がうまいとよかったなあという感じ。

 

でもね、この映画も

またいろいろいわくがあって

あのハーヴェイ・ワインスタインが監督に再三要求を出してグネグネにした結果、

セクハラ問題でいなくなり

 

監督はボロボロになり、全米公開は延期。

 

公式サイトに「日本公開の上映バージョンについて」というインフォがあるのは

この公開作が、ワインスタインの圧がのしかかった版ではなく

監督がそののちに再編した「ディレクターズカット版」なんです、ということを

意味しているのですね。

 

ここにも「闇」があったのかと

思うのでありました。

 

★6/19(金)からTOHOシネマズ日比谷ほか全国で公開。

「エジソンズ・ゲーム」公式サイト

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ペイン・アンド・グローリー

2020-06-17 23:30:20 | は行

ペドロ・アルモドバル監督から

こんなにやさしいドラマが届くとは。

 

「ペイン・アンド・グローリー」71点★★★★

 

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スペインを代表する映画監督のサルバドール(アントニオ・バンデラス)は

このところ身体の不調はなはだしく、

さらに4年前の母の死から立ち直れず

ほぼ引退生活を送っていた。

 

そんなとき、あることからサルバドールは

30年以上前に絶縁していた

俳優アルベルト(アシエル・エチュアンディア)と

再び交流をすることに。

 

アルベルトにヘロインを勧められたサルバドールは

身体の痛みを紛らわしてくれる薬物に溺れていく。

 

もうろうとする頭に浮かぶのは

幼かったころ、美しく明るい母との暮らした懐かしい日々。

そして自ら対峙することを封印していた

ある記憶だったーー。

 

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「ジュリエッタ」(16年)

以後、ちょっとご無沙汰だったペドロ・アルモドバル監督から

こんなにやさしいドラマが届くとは

意外でした。

 

「母」へのこだわりなど

作品に通底するものはあれど

監督の自伝的要素がより全面に出ている感じです。

 

 

主人公サルバドール(アントニオ・バンデラス)は

映画監督として成功していても

さまざまな「痛み」に苦しめられている。

腰痛、背骨痛、頭痛、椎間板ヘルニア・・・・・・などなど肉体的な痛みのほかに

母の死や、創作意欲の減退など

「ああ、年をとるって最悪」と、ため息がつくほど共感してしまう(苦笑)

 

そんなつらいなか、サルバドールは誰にも見せることなく

脚本を執筆している。

 

それは

自分の体験に基づく、ある別れの物語なんですが

封印した過去で、発表するつもりはなかった。

 

でも痛みを忘れるため、薬に溺れた彼は

もうろうとした意識のなかで

昔を回想するんですね。

 

で、過去と現在を行きつ戻りつ、

だんだんその「封印した過去」に向き合っていく、という展開。

 

特に

この回想される幼少期の描写が輝いていて、

どこか「ニュー・シネマ・パラダイス」のようでもある。

快活で美しい母(もちろん、ここはペネロペ・クルス!)と暮らした日々の

明るい日差しと、キラキラした喜び。

 

そして、そこでの「ある出来事」が

いまにつながってくる。

これが、めちゃくちゃグッとくる伏線で心に残る。

 

みずみずしくって、いいなあと思いました。

 

あちこち痛いと嘆いてばかりじゃ進まない。

痛みと向き合うことで、次の扉が開くこともあるかもね、と

これも、先達の教えなのか、と

思うのでした。

 

★6/19(金)からTOHOシネマズシャンテ、Bunkamura ル・シネマほかで公開。

「ペイン・アンド・グローリー」公式サイト

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アンナ・カリーナ 君はおぼえているかい

2020-06-14 02:27:43 | あ行

「気狂いピエロ」、鮮烈だったなあ!

 

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「アンナ・カリーナ 君はおぼえているかい」70点★★★★

 

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2019年12月に79歳で亡くなった、ヌーヴェルヴァーグのアイコン、

アンナ・カリーナのドキュメンタリーです。

 

その人生を、晩年の恋人だった監督が振り返る、という形式で

うん、作品全体がラブレター、というのはよくわかる。

 

さて、アンナ・カリーナ、

もちろんゴダールの「気狂いピエロ」などで

知ってはいたけれど

その出自がこんなにドラマチックだとは知らなかった。

 

1940年、ナチスドイツ占領下に生まれた彼女。

 

その生まれた状況もすごいですが

その後、デンマークから一人パリに飛び出し、

あのココ・シャネル、に見いだされ、

モデルとして花開いた。

 

そしてその後、ゴダールやアニエス・ヴェルダ監督、

セルジュ・ゲンスブールにヴィスコンティなどと仕事し、

時代のミューズ、アイコンになっていく。

 

そのサクセスストーリーにも驚くんですが

そこからさらに彼女は、監督業や作家業にも挑戦し

歳を重ねてからも舞台、歌に活躍し

70代になっても、メディアにも惜しみなく登場している。

相変わらずの美とオーラに驚きつつ

 

常に挑戦を続けた女性なんだ!と知り、

改めて尊敬しました。

 

そして

晩年、おそらく70代後半であろう彼女が

若い頃の自分をスクリーンで観るシーンが何度も出てくるのですが

 

若き日の自分を観るその目に、

少しの躊躇も、焦燥もない。

本気で愛おしそうなまなざしであることに

感じ入るものがありました。

 

常に現在進行形で、真剣に人生に向き合い続けた人にとって、

これまでの歩みに、悔いなどみじんもないんだ、と。

 

ましてや過去の栄光や、若さへの執着、

それに老いの不安だってこれっぽちもないのよ、とその姿は語っているようで

なんて、すごいんだろう!と。

 

この映画、劇中に登場する過去映像の著作権の関係から

本来日本では上映できないそうで

今年限りの、特別公開だそう。

 

見逃してはなりませぬ。

 

★6/13(土)から新宿K's cinemaほかで公開

「アンナ・カリーナ 君はおぼえているかい」公式サイト

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なぜ君は総理大臣になれないのか

2020-06-12 23:51:52 | な行

思いがけず、泣きました。

 

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「なぜ君は総理大臣になれないのか」73点★★★★

 

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論理的で、切れ味鋭く、

なによりまっとうな意見をスカッと述べてくれると

SNSでも話題になっている

衆議院議員・小川淳也氏(49)。

 

その小川氏の17年間を

同世代の大島新監督が追った渾身のドキュメンタリーです。

 

2003年、自治省(現・総務省)のエリートコースを進んでいた彼は

家族みんなの猛反対を振り切って

ただ一心「社会をよくしたい」思いで、政治の道へ飛び込んでいく。

 

たまたま監督の奥さんが、小川氏の高校の同窓だったことから

監督は、小川氏のもとを訪ね、

民主党から出馬した彼の選挙戦を取材しはじめるんですね。

 

 

金にも、名誉にも興味ナシ。

本気で国をよくしようとしてる小川氏は

05年になんとか初当選を果たす。

 

しかし

そのまっすぐさゆえに、

いわゆる「政治力」がものを言う世界で(しっかし、皮肉な言葉だよなあ、これ

身動きできない現実を前に、疲弊していくんです。

 

志ある若者に

「結局、政治に必要なのは、誠意や正義ではなくしたたかさ、なのか?」と言わせてしまう、

政治という世界の恐ろしさよ!

 

真摯な正義と志を阻む、この現実を

今こそ直視すべきです。

 

そして09年の政権交代、震災、そして12年からの第二次安倍政権発足、

さらに民進党と希望の党のゴタゴタ騒ぎに巻き込まれる

小川氏を見ながら

 

我々は、つい最近まで体験していた

日本の政治を改めて振り返ることになる。

 

そう、コロナ禍でなんだか盛り上がってる小池都知事が

3年前に何をしたか?

 

いや、小池氏を応援したことなど一度もないですけど

希望の党代表としての「排除」発言で、

すべてを水泡に帰させた、あの壮絶ながっかりを、

「なんだか、ちょっと忘れてた?!」と

自らの愚かさに、ハッとさせられた。

 

そんなゴタゴタに巻き込まれ、

最大に心を折られながらも

小川氏は、まだ諦めないんです。

 

でも、外から見れば「党をコロコロ変えて」としか見られない彼は

地元の街角で、有権者から罵声を浴びせられたりもする。

 

そんな姿をみて、思いがけず、泣けてきた。

 

どれだけ心を折りながら、やっているか、

やっぱり、わかろうとしない人には、伝わらないのか。

でも

こういう映画がなければ、ワシだってわからなかったかもしれない。

 

この映画を観る人が

小川氏を応援せずとも、それはそれでいい。

 

それでも、この映画を見て、彼の家族を見て、

なにより、選挙に行かないことがどれだけ罪なことか、だけは知ってほしい!と

強く思いました。

 

AERA「いま観るシネマ」で大島監督にインタビューさせていただいております。

いまこそ、風が吹くことを願いながら

ぜひ、映画と併せてご一読いただければと思います!

 

★6/13(土)からポレポレ東中野、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかで公開。

「なぜ君は総理大臣になれないのか」公式サイト

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