ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

ハピチャ 未来へのランウェイ

2020-10-29 22:21:54 | は行

素晴らしい映画!

しかし

この青春は、あまりに鮮烈で過酷だ。

 

「ハピチャ 未来へのランウェイ」79点★★★★

 

**************************************

 

1990年代、アルジェリア。

 

大学の寮に暮らす女子大生ネジュマ(リナ・クードリ)は

ルームメイトのワシラ(シリン・ブティラ)と

夜な夜な寮を抜け出し

ナイトクラブへ遊びに行く。

 

ファッションデザイナーになる夢を持つネジェマは

クラブでオーダーメイドのドレスの依頼を受け

それを売っているのだ。

 

一見、自由に見えるネジュマたちだが

アルジェリアには、まだイスラム社会の抑圧があり

加えて、最近は

イスラム原理主義の思想が世の中に不穏な空気をもたらしていた。

 

そんななかで、

ネジェマの未来と自由を奪おうとする、ある出来事が起こり――?!

 

**************************************

 

アルジェリア――

コロナ禍で再注目された、カミュの『ペスト』の舞台であります。

 

で、その場所で

1990年代、何が起こっていたのか?!――を

当時を知る女性監督が、

生き生きとした物語に託した作品です。

 

鮮烈にして戦慄な状況に

めちゃくちゃ心を揺さぶられました!

 

 

1990年代、アルジェに暮らす

ヒロイン・ネジュマ。

 

大学の寮を抜け出して夜遊びをし、ボーイフレンドもいて

普通に自由を謳歌しているように見える――のですが

実はそうでもないんですよね。

 

イスラムをルーツに持つ人々が多いアルジェリアでは

「女性が肌を出すのはダメ!」「娯楽は堕落!」といった風潮が

社会に残っている。

 

そんななか、

その引き締めを強くするイスラム原理主義の思想が街を支配し、

街のあちこちで検問をしたりしてる。

 

そして、その抑圧と恐怖が

ネジュマの未来、その人生を浸食していくんです。

 

 

まずショックだったのが

一見、「西欧社会」に属し、理解もありそうな

若い世代のネジュマや親友のボーイフレンドたちが

無自覚のうちに

相当なトキシック・マスキュリン(有害な男らしさ)にしがみついている、ってこと。

一緒にわちゃわちゃ遊んでるようなときは、まだいいけど

自分の女(や妻)となったら、話は別。

「女は出しゃばらず、家にいればいいんだ」って?

従わなければ、暴力ですか?って。

 

だからイスラム原理主義者たちの暴走で女性が被害を受けても

「いわんこっちゃない」「出しゃばるからだ」という空気が、彼らにはある。

 

さらに

そうした男性優位社会に寄り添ってしまう女たちが

宗教の名をかざして

大学内でネジュマたちを密偵のように監視し、糾弾したりするんですよ。

 

いったい、この構造はなんなの?

てか、まさにいまの日本に通じるところもあるよね?

と、強い憤りを感じた。

 

そんななかでネジュマは

ドレスも作れなくなり、

学内でのファッションショー開催も中止に追い込まれていく。

 

この理不尽な状況から逃れるために

フランスへの脱出など手立てはなくもないのに

しかし、ネジュマは逃げ出すことを良しとしないんです。

「私の国はここ。ただ、闘う必要があるだけ」――

 

そう言い切るネジュマに

なんと潔く、美しい魂だろう!と、感動した。

 

ラスト近く、さらに衝撃の展開になるけれど

それでも傷だらけの女たちは、決して倒れない。

繊細にして力強い姿が、素晴らしいと思うのです。

 

★10/30(金)からBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかで公開。

「ハピチャ 未来へのランウェイ」公式サイト

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キーパー ある兵士の奇跡

2020-10-24 15:29:43 | か行

ロッテントマト満足度95%が久々に効いた!

たしかに、いい映画です。

 

「キーパー ある兵士の奇跡」75点★★★★

 

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1945年、終戦後のイギリス。

ナチス兵としてイギリスの収容所で

捕虜になっていたバート・トラウトマン(デヴィッド・クロス)は

偶然、収容所を訪れた地元サッカーチームのコーチに

ゴールキーパーの才能を見出され、試合に参加することになる。

 

メンバーたちは「ナチスとプレーできるか!」と怒るが

生来の誠実さや温かみを持った彼は

次第に周囲に溶け込み、

やがて、コーチの娘と恋に落ちる。

 

さらにその活躍を聞いた

名門サッカークラブ「マンチェスター・シティ」からスカウトされる。

 

だが、ユダヤ人を中心としたシティのファンは大激怒。

果たしてトラウトマンは、

名門クラブでプレイすることができるのか――?

 

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元ナチス兵が、サッカーの才能を見出され

イギリス名門チームで活躍し、

やがてイギリスの国民的英雄になっていく――って

ウソみたいな実話の映画化です。

 

当時、

いくら天才的キーパーだとしても

彼をチームに認めることに、イギリス人たちが拒否反応を示したことは

たやすく想像できてしまう。

 

自分の家族や恋人を殺した敵への憎悪やヘイトは

どうしたって理解できる。

 

そんななかで、

トラウトマンは、どうやって受け入れられていったのか?

人は憎悪を超えて、相手を理解し、赦すことはできるのか? 

 

この映画が描くテーマは、

まさにいま、このヘイトと分断の時代に、非常に鋭利に突き刺さるんです。

 

それに

デヴィッド・クロス演じるトラウトマンが、

とても自然体で感じがいい。

映画のムードも

「ナチスもの」とか「感動実話!」というイメージではなく

自然に入り込みやすい。

 

そんななかで

トラウトマンに関わる人々の、考えや行動も丁寧に描かれ

「人は憎悪を超えて、人を赦すことはできるのか?」――という難しい問いに

ある指針を提示してくれていると感じました。

 

ひとつの小さな理解が、大きな変革につながっていく。

我々一人一人が、常に目を見開いて生きねばならぬのだ、と

つくづく思わされた。

 

あと、語学ができる大事さも痛感。

トラウトマンは、英語が理解できたからこそ、

サッカーで身を立てるチャンスをつかめたんだもんね・・・・・・

 

そして本作、

主演ディヴィッド・クロスがいいんですわー。

「愛を読むひと」(08年)でケイト・ウィンスレットに思慕した

あの若者です。

あのころは18歳だったんだ・・・・・・。

 

ということで

あさって発売のAERA「いま観るシネマ」で

デヴィッド・クロス氏にインタビューしております!

 

いや~イケメン!ナイスガイ!な青年に

けっこうズキュンとなった番長でありました(笑)

 

★10/23(金)から新宿ピカデリーほか全国で公開。

「キーパー ある兵士の奇跡」公式サイト

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朝が来る

2020-10-23 23:08:49 | あ行

映画の印象に

「光」(17年)に通じるものがありました。

 

「朝が来る」73点★★★★

 

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都心のタワーマンションに暮らす

佐都子(永作博美)と夫(井浦新)は

6歳の息子・朝斗(佐藤令旺)を

大切に見守り、育ててきた。

 

そんなある日、佐都子はある電話を受ける。

「子どもを返して欲しいんです」――

 

実は朝斗は、不妊治療の末に子を持つことをあきらめた佐都子たちが

「特別養子縁組」という制度で

迎え入れた子どもなのだ。

 

佐都子たちは6年前、赤ん坊だった朝斗を手放した生みの母に

一度だけ会っていた。

まだ14歳の少女は泣きながら

「よろしくお願いします」と頭を下げた。

 

いま、目の前で「朝斗を返して」と言う女性は

本当にあのときの、少女なのか――?!

 

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言葉にならない感情を、

光で画面に定着させようとしている――

そんな感覚に、

河瀬監督の最近の珠玉作「光」に通じるものを感じました。

 

特別養子縁組で子を迎えた夫婦のもとに入った1本の電話。

「子どもを返して欲しいんです」――

本当に電話の相手は、息子の母親なのか――?!

社会問題のリアルと、溢れ出る感情や感覚が混じり合い

ミステリーとしても惹きつけられます。

 

そして

子ナシだった夫婦の苦しみだけでなく

予想以上に、子を生んだ少女側がクローズアップされ、

叙情的な描写と

ドキュメンタリータッチが合わさる風合いがとてもいい。

 

特別養子縁組のことを知る第一歩にもなると思うのです。

 

関連取材を通して

養子縁組した実母が「子どもを返して欲しい」ということはほとんどない、とも聞きまして

あくまでもこれはフィクションであり、

「だから、うまくいかないんじゃない?」と印象されるのも承知で

日本社会が「養子」にむける目の冷ややかさに真っ向から挑み

それでも描く必要があった物語――と思うと

より、染み入るものがありました。

 

「子を持つこと」の難しさにも

真っ向から向き合っているぶん、

見る人の立場や状況によって様々な感情を持つだろうと思うのです。

 

でも、どんな立場の女性にも

女が負う痛みと哀しみが、刺さると思う。

 

主演の永作博美氏の、年齢相応の(いや全然若く、美しいんだけど!

一切飾っていない”老け”をも捉えた映像が

雄弁に、テーマに肉薄していると思う。

 

で、なによりも母として、

河瀬監督がこの物語の何に突き動かされたのか、ぜひ聞いてみたい――と思った。

そこで

AERAで原作者・辻村深月さんと河瀬監督の対談記事を書かせていただきました。

監督自身が養子だった、という話から

この映画にかける思いが、よりわかります。

AERAdot.のこちらから読むことができます。

 

加えて、映画のモデルにもなった

特別養子縁組をする団体「babyポケット」の代表・岡田卓子さんにも

お話を聞いております。こちらも

AERAdot.

で読めます。

 

「養子だ」ということを知らせる告知の徹底とか、

驚きの話がたくさんありました。

映画はいつも、知らなかったことを、「個人の物語」として心に訴え、我々に教えてくれる。

だから、胸をつかれるのだと

再確認いたしました。

 

★10/23(金)から全国で公開。

「朝が来る」公式サイト

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おもかげ

2020-10-22 23:08:49 | あ行

これは特大ヒット!

 

「おもかげ」82点★★★★

 

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スペイン・マドリードに暮らす

エレナ(マルタ・ニエト)には

離婚した元夫とのあいだに、6歳の息子イバンがいる。

息子はいま、元夫とフランスの海岸方面にバカンスに行っている――はずだった。

 

が、エレナの携帯に、イバンから電話が入る。

 

「パパが戻ってこないし、自分がどこにいるかわからない」――

 

泣きじゃくるイバンに動転しつつも

「ママが迎えにいく。そこから何が見える?」と聞くエレナ。

しかし、電話は切れてしまう。

そして、それがエレナが息子と最後に交わした会話となった――。

 

10年後。

エレナはいまだ行方不明のイバンを心に留めながら

海岸のレストランで働いていた。

 

そんなある日、エレナはビーチで少年ジャン(ジュエール・ポリエ)を見かける。

彼にどこか息子イバンのおもかげを見たエレナは

彼の後をつけるのだが――?!

 

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別れた元夫と旅行中のはずの6歳の息子から、

若き母親エレナにかかってきた1本の電話。

「パパが戻ってこない」――

 

「どこにいるの?」

「わかんない。でも、知らない男の人がこっちに来るよ――」

「逃げて!はやく!」

――そんなやりとりの後、息子は消えた。

 

という、なんとも恐ろしい導入で始まる本作。

 

その成り立ちを説明しますと、

もともとは2017年に、15分の短編映画「Madre(=母)」という名で製作され

アカデミー賞短篇実写映画賞にもノミネートされた作品なんです。

で、本作はその短編の

「その後」を描いたもの。

 

本作の冒頭にある、1シーン1カットの超・緊迫する15分の短編は

その作品をそのまま使っているんです。

で、

登場人物の「その後」が描かれていく。

 

 

で、事件の発端、で始まれば

フツーは子どもの失踪→犯人捜しのサスペンス、となりそうなものですが

この映画は、そういう方向へはいかない。

事件の解決や、息子との再会――など予定調和とは、まったく別の方向へ進み、

母親であるエレナのその後の心の旅、を描いている点が、

意外でもあり、おもしろいんです。

 

事件から10年後。

エレナは息子の残り香を追うように、海辺のレストランで働いている。

 

「息子を亡くして、イカれた女」と陰口をたたく人もいるけれど

まだまだ美しいエレナには恋人もいて

未来へ、踏み出すこともできる。

 

しかし、そんなある日、

エレナはどこか息子のおもかげを宿した少年ジャンと出会うんです。

親子ほどの年齢差ながら、なにか通じるものがあるのか

急速に親しくなっていく二人を

しかし、周囲はビミョーな目で見つめる。

 

二人の間にある想いはどんなものなのか?

二人はどうなっていくのか――?

 

 

そこにあるのは、どうしようもない、哀しみとつらさと、執着。

でも救いのないはずの物語は、

常に淡い色調のやさしく美しい海辺とともにあって

重苦しくなく、どこか気持ちいい。

 

さらに

監督は「こうだ」という正解を提示せず

さまざまな解釈を、観る人に委ねているんです。

 

ゆえに、ワシはこのラストに

ものすごく残酷さを感じてしまった。

 

未見の方はここまでにしていただきたいのですが

 

ワシはジャンとエレナは、結ばれたと思うんですよ。

でも、母子ほどの年の差な二人に、やっぱり確実な未来はない。

彼氏とも別れ、ジャンを選び、一人になることを選んだエレナは

すがすがしいけれど

この先、「完全にイカれた女」として

孤独に、歳をとっていく可能性もある――と思うですよ。

 

で、その疑問を

おなじみ「AERA」の「いま観るシネマ」で機会をいただいた

監督インタビューで、本人にぶつけてみたところ

へええ、おお、という答えが返ってきた。

 

記事には書いていませんが、

監督は、そういうエレナの結末は考えていなかったみたい。

あくまでも、エレナはここから、進んでいく、と監督は言っていた。

 

「結局、私がエレナに感情移入しすぎて、ジャンを愛しすぎたのかもしれませんね」と言ったら

「アハハ、それはとても嬉しいね!ありがとう!」って(笑)

 

観る人によって、さまざまな意見をもらう、と監督もおっしゃっていました。

ぜひ、どう感じるか、

お試しいただきたいと思います!

 

AERA記事はAERAdotのこちらから読むこともできます~

 

★10/23(金)からシネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開。

「おもかげ」公式サイト

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靴ひも

2020-10-17 19:03:56 | か行

イスラエル発の好映画!

 

「靴ひも」72点★★★★

 

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エルサレムで小さな自動車整備工場を営む

一人暮らしのルーベン(ドヴ・グリックマン)のもとに

一本の電話がかかってくる。

それは別れた元妻が、事故で亡くなったという知らせだった。

 

葬儀に赴いたルーベンは、そこで

母親の死に大泣きしている

30代後半の一人息子のガディ(ネボ・キムヒ)と久々に再会する。

 

ガディには発達障害があり

かつてルーベンはそんな息子をどう扱っていいかわからず、

妻子から逃げ出していたのだった。

 

ルーベンはガディを受け入れる施設が見つかるまで

狭いアパートでガディと暮らすことになるのだが――?!

 

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発達障害のある息子ガディと

36年ぶりに暮らすことになった父親ルーベンの物語。

 

監督自身が発達障害のある息子の父親だそうで

なーる!と納得しました。

 

だってガディの描写が、とても魅力的だから。

 

映画の冒頭、母の葬儀で

つっかえつっかえ弔辞を読む、こののっぽの青年を

「だいじょうぶ?」と一瞬思うのだけど

観ていくほどに、愛すべき人!と思えるんですよ。

 

 

ガディは

食べ物同士がくっついているとダメ!とか

午後1時には絶対にランチ!とか、独自のルールを持っていて

予想外のことが苦手。

 

そんなガディの「個性」をなかなか理解できないルーベンは

最初こそイライラしたり、ぶつかったり。

でも、近所の食堂の女性リタや、ルーベンの整備工場のスタッフは

それをガディのキャラとして自然に受け入れる。

そして、明るくて人なつっこいガディに

フツーに魅力を感じて接していく。

 

そんな人々を見ながら、また息子と向き合いながら

ルーベンもガディを受け入れ、ともに成長していく――という展開。

 

そう、ガディのような人々は

その個性や違いを理解してくれて

サポートしてくれる人々に囲まれれば、問題なく社会生活が送れるんです。

 

それは同情とは決して異なるもので

一人一人が自らの意思で持つことができる、ある種の「人間力」だと思う。

できれば持っていたいけど、自然に、ってのがなかなか難しい。

この映画は、それを持つ人たちの素敵さをさりげなく描くことで

社会をそっと、いい方向に押してくれる気がするんですな。

 

ガディを演じるネヴォ・キムヒ氏は

監督の息子さんが暮らすコミュニティに取材に行くなどして

このキャラクターを創り上げたそうです。

 

そして中盤からの展開は

実際にイスラエルであったニュースだそう。

ラストは少々ビターではあるけれど、

これでいいんだな、とも思うのでありました。

 

残念ながら、人間力を持ち得ない人物として描かれるのが

ルーベンの弟とその奧さん。

彼らのスカしたオシャレハウスを訪ねた後の、

二人のやり取りが最高に痛快っす(笑)

 

★10/17(土)からシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開。

「靴ひも」公式サイト

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