伊勢ー白山 道

集団では無く、社会の中で心身の健康を正しく個人で目指します

霊的補助の不要論

2008-08-26 18:36:02 | Weblog

読者 :
神霊の磁気があるからありがたいとか、たしかにそういうこともあるでしょうが、人間が「神霊の磁気がある」とか「ない」とか、軽々しく口にし、有難がったりすることは間違っていると思うのです。心しだいで神霊が寄るとか去るとか、そういわれると、「寄ってもらうため」の「心」を用意しようとする
それはちょっと違うように思うのです。 神霊が寄るのは結果であって、目的では
ない
はずです。知っていようが知っていまいが、寄るものには寄り、去るものには去るのではないでしょうか?   自分が有難いと思うから感謝する。
外の神様ではなく、まさしく自分の中にある「内在神」に対して、日々感謝し、その意を汲み取れるよう素直な気持ちで生きることこそ大事なのだと思います。
私が、「伊勢-白山道」の考え方に感動し、思わず、これだと思ったのも、それです。 ただ、このごろどうも、「在外」な話が多いような気もしております。といいますか、そういう誤解を与えかねないという印象を抱いてしまうのです。
どうも、このままでは既存宗教が陥った「教条主義」に陥る危険性があるのではないかと危惧します。大事なのは、自らに内在する神と向かい合って日々生きていくことであり、実生活の中で周囲の人によい感化を与え、一隅を照らすことなのではないかと私は思うのですが。
返答 :
これは大事な事を指摘されています。
私は口先だけの奇麗事を言うのは嫌なんです。
今まで書いて来た事全ては、霊的な実態・実践を踏んでおり、
現実界へ実際に作用させる方法を書いてきたつもりです。
プラス思考が大事、感謝が大事、などは誰でも言えます。
私は、実際的な心の成長を起こさせる事を重要視します。

人間は弱いものです。生老病死から逃れる事は出来ません。
人生には色々あります。 その中で自分が生かされている事
自体が奇跡的に有り難い事だと目覚め、自分に内在する
良心の磁気への「原点への感謝」に素直に生きられる人は、
幸いな人です。  これが答えだからです。
しかし肉体を持つ、この現実界では色々な階層・異種類の
霊的磁気に絶えず自身が晒されています。
これらの心を苛つかせ、理由の無い不安を起こさせる磁気の中
を、感謝の心一つで生き抜く事が理想なのですが、これが
中々難しい事なのです。
例えば聖者ラマナ・マハリシは、生涯アルナチャラの山から離れようと
はしませんでした。あの山はシバ神の磁気に満ちた山です。
その磁気の中で生活することにより、余計な外部世界の
曇った磁気が遮断されますので、その間に彼は自己の内面
を掘り下げて、自己の内在神との邂逅に成功したのです。
グルジェフの場合は、土地の磁場では無く、隠された太古の
言霊、音楽の音階による磁気作用を多用していました。
釈尊のように、何物にも頼らずに自己の内面へ進めること
は尊いのですが、余りにも時間を要する為に万人向けでは
無い事は、否定出来ません。

伊勢白山道の感謝の先祖供養、伊勢への参拝も、個人個人
が持つ余計な霊的磁気の軽減に目的の1つがあります。
勿論、先祖を思うが故の慈悲心の実践が最大事ですが、
副産物として迷いの磁気が軽減されます。
ただ、余計な磁気を軽減させる事自体が最終目的では無い
のです。
その先に自己の内面へ感謝をキーにして、登山する必要が
あるのです。 余計な他の磁気が無いと、登山がスムーズなの
は確かな事です。
私が伊勢をお勧めするのは、霊的な実態的理由が有るから
です。 奇跡的に霊的垢の曇りが無いからです。
霊的な「癖」がありません。
他の神社仏閣を観ると、今だに癖があります。
大事な自分自身のオリジナル磁気が影響されます。
自己の内在神に目覚める為には、他の磁気は邪魔に成り
ます。 ところが、伊勢の神気は個人の磁気を、そのまま大
きくさせます。
これは命を誕生させる産土神の元神が、天照太御神である
からです。

生かして頂いて ありがとう御座位ます

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コメント (156)
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