らいちゃんの家庭菜園日記

家庭菜園、家庭果樹栽培及び雑学日記

「おざなり」と「なおざり」

2012-04-30 | 雑学

昨日の読売新聞の朝刊2面に『小沢氏「原点なおざり」』との見出しがありました。
記事の内容は、小沢氏が野田総理の政策を批判しているもので、2年半前の総選挙で民主党が訴えたものは何だったのか?
今の内閣はその原点を“なおざり”にして、忘れてしまっていると云うものです。

そこで、今日は昨日に続き、「よく似た言葉で意味が全く違う言葉」として『おざなり』と『なおざり』をご紹介します。

『おざなり』
『おざなり』は漢字では「御座形」と書き、元々は「お座敷の形(なり)」という言葉です。
その意味は、お座敷(宴会)の席で形ばかりを取り繕ったことを言ったところから、その場逃れにいい加減に物事をすることを『おざなり』というようになりました。
簡単に言えば、やることはやるが、その場しのぎの手抜き仕事をするのが「おざなり」です。
そのため「おざなりな返事をする」とか「おざなりな対応をする」などのように使われています。

『なおざり』
一方、新聞の見出しの「原点なおざり」の『なおざり』は「等閑」と書き、これは漢語の「等閑(とうかん)」を後から当てたものです。
言葉の成り立ちは 、そのまま何もせずにいることを言う「直(なお)」に、遠ざけると言う意味を持つ「去(さり)」がくっついたのではないかという説もあるようです。
言葉の使い方は、「約束がなおざりになったまま」とか「対策をなおざりにする」のように【いい加減にしておく、何もしない】といった意味で使われます。
簡単に言えば、やるべき事をやらないでほったらかしにしておく事が「なおざり」です。

小沢氏は先日、東京地裁の判決で無罪になったことから、党内での存在感を取り戻すべく、ますます野田内閣に批判的な発言が飛び出すのではないでしょうか。
消費税引き上げに不退転の決意で臨んでいる野田総理は、身内からの批判に厳しい政権運営が続くことでしょう。

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頭越しと頭ごなし

2012-04-29 | 雑学

よく似た言葉で意味が全く違う言葉があります。
そのような言葉の中から、今日は『頭越し』と『頭ごなし』についてご紹介します。

『頭越し』
『頭越し』は、ご存知のように、そのことに利害関係のある者、先ず相談すべき者などを差し置いて、相手に直接働きかけることを言う言葉です。
例えば、「交渉が頭越しに進められた」などのように使われます。

『頭ごなし』
一方、『頭ごなし』は相手の言い分を聞かず、初めから一方的に物を言うときの言葉です。
例えば、「頭ごなしに反対する」「頭ごなしに叱りつける」などのように使われます。
なお、「熟し(こなし)」とは、広辞苑によれば ①こなすこと・・・『腹ごなし』
                             ②自分の思うままに上手く取り扱うこと・・・『着こなし』
                             ③立ち居振舞い・・・『身のこなし』
                             ④ひどくやっつけること。けなすこと。・・・『頭ごなし』
などの意味があり、④が『頭ごなし』と説明しています。

よく考えれば言葉の違いはわかりますが、とっさに使おうとすると思わず間違えてしまうかも知れませんね。
気をつけましょう。


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「八重洲」の由来

2012-04-28 | 雑学

先日、東京駅の「丸の内駅舎復原工事」が今年10月に完成し、6月より駅施設が順次本格稼動していくとのニュースが流れていました。
この丸の内駅舎と線路を挟んだ反対側が八重洲口で、50年ほど前に私が社会人として最初に勤務した場所です。

今日は50年前を思い出しながら、「八重洲」の地名の由来について調べました。

・「丸の内駅舎復原工事」中の東京駅です。(鹿島HPより)


地名や橋の名前はその土地の人名に由来するものが多くあります。
大阪で言えば、道頓堀は安土桃山時代の土木家、安井道頓の名に由来し、淀屋橋は江戸時代の豪商・淀屋常安によって架けられた橋であることから淀屋にちなんで付けられています。

そこで、八重洲について調べてみると、矢張り、この辺りに屋敷を構えていたオランダ人の名前からつけられたようです。
その人は1600年に日本に漂着したオランダ船の乗組員で、ヤン・ヨーステンと云う名前だそうです。

・八重洲にあるヤン・ヨーステンの彫像です。(ウィキペディアより)


彼は後に、徳川家康に仕え、外交や貿易の面で活躍し、家康から屋敷を与えられたのが現在の八重洲あたりで、八重洲の地名はこのヤン・ヨーステン」が訛って「耶楊子」(やようす)」と呼ばれるようになり、これが後に「八代洲(やよす)」となり、「八重洲(やえす)」になったものだそうです。

50年前に勤務していた頃は八重洲の由来など全く関心なく、今になって昔を懐かしみながら調べてみました。
東京のど真ん中の地名が外国人の名前からつけられていたとは思いも寄りませんでした。

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道成寺の釣鐘供養

2012-04-27 | 伝統行事

一昨日は異性に夢中になる言葉として「首ったけ」をご紹介しましたが、「首ったけ」が高じて、惚れ込んだ僧侶を鐘もろともに焼き尽くした悲恋物語に「安珍清姫」伝説があります。
今日4月27日は、その伝説の舞台となった紀州「道成寺の鐘供養」の日です。

「鐘供養」
鐘供養とは、一般的には新たに鐘を鋳造したときに行う法要のことですが、道成寺の鐘供養は、清姫の執念によて鐘と共に焼き殺された安珍の鎮魂祭だそうです。
この日には安珍清姫伝説を再現し、自分を裏切ったと勘違いした清姫が大蛇に化身して日高川を泳いで渡り、安珍を道成寺まで追いかけ、道成寺の鐘の中に閉じ込めて焼き殺したとされる様子を、長さ約20メートルの張り子の大蛇や鐘で踊りを交えて表現するそうです。

・道成寺本堂に掲げられている、昭和48年7月の中村富十郎襲名披露絵図です。(昨年11月撮影)


「鐘巻の跡」
道成寺の「安珍塚」のある一角(東南側)に「鐘巻の跡」と書かれた石碑が建っています。
この鐘巻きと言う言葉は安珍が隠れた鐘を蛇に化身した清姫が巻いて焼き殺したと云う説話に基づいていると推測され、安珍が焼き殺されたのがこの場所であるとされています。
 
・安珍が焼き殺されたとされる「鐘巻の跡」の石碑です。(昨年11月撮影)


(参考)
「安珍清姫」の伝説の概要(「道成寺縁起」より)
・第一の事件
928年夏の頃、奥州白河から熊野詣にやってくる僧がいました。
庄司清次の娘・清姫は、宿を借りた安珍を見て一目惚れします。そして女だてらに安珍を追い掛け回します。
安珍は参拝中の身としてはそのような事は困る、帰りにはきっと立ち寄るからと言って参拝しますが、参拝後立ち寄ることなく帰ります。
騙されたことを知った清姫は怒り、裸足で安珍の後を追跡し、道成寺までの道の途中で追いつきます。
安珍は別人だと嘘をつき、熊野権現に助けを求め、清姫を金縛りにした隙に逃げます。
清姫は蛇身と化し、日高川を泳ぎ渡り、遂に鐘の中に隠れた安珍見つけ、そして鐘もろともに焼き尽くします。

・第二の事件
この事件は道成寺の鐘再興の日に起こります。
1359年春の頃、一人の白拍子が現れて鐘供養を妨害し、鐘の中に消え、やがて蛇体となって現れます。
清姫の怨霊を恐れた僧たちが一心に祈念しましたが、鐘の音がよくなく、付近に災害や疫病が続いたため、山の中に捨てられたと伝えられるものです。

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イチゴ栽培(防獣網張り)

2012-04-26 | 家庭菜園

今年も私の畑にアライグマが出始めたようです。
そこで、イチゴの収穫も近くなったことから、アライグマの被害に遭う前に防獣網を張ることにしました。

今年のイチゴ栽培は長さ6mほどの畝に7筋植えています。
5月の連休までに収穫できるように、花が咲き始めた今月の初旬からトンネル栽培に切り替えました。

・これが我が家のイチゴの畝です。


防獣網張りは、この7畝の周辺と中心に10本の杭を打ちこみ、その上部に竹とロープで枠を作ります。
補強のため、杭と杭の間に竹の支柱を立てます。


枠組みができたらその上部全面に防獣網を張ります。
網の中では中腰になって疲れるので、頭の高さまで中央を高く持ち上げ、立ち上がれるようにしました。


枠組の側面には防獣網より太い糸で出来ている建築用の資材網を張り、上面との隙間を無くすように網と網を結びます。



網の接地面に隙間ができないように竹と金具で抑えて完成です。
アライグマは少しの隙間でも侵入するので、接地面や網と網の繋ぎ目には隙間が出来ないように仕上げることが重要です。



今年は株元から花茎の細い花芽がたくさん出てきました。
これを早めに摘み取ればよかったのですが、残したため花茎の太い花芽に大きな花が咲かず、全体に小さな果実が目立っています。



昨日には、このように小さい果実のまま熟し始めていました。
連休に帰ってくる孫たちがイチゴ狩りを楽しみにしているので、それまでに小さくてもたくさん熟れてくれればいいのですが・・・。



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「首っ丈」の語源

2012-04-25 | 雑学

昔、歌手の山下敬二郎がが歌った歌に「ダイアナ」があります。
年配の人は御存じでしょう。
次のような歌詞です。
 Diana(ダイアナ)・・・山下敬二郎
  〽君は僕より年上と  周りの人は言うけれど  なんて、たって構わない  僕は君に首ったけ
    死んでも君を離さない  地獄の底までついて行く  Oh please stay by me Diana

当時はロックンロールやロカビリーが流行っていた時代で、山下敬二郎や平尾正明などロカビリー歌手の人たちはスタンドマイクを持って、体を折り曲げたり、ステージを転がったりしながら歌っていた事を覚えています。

今日はこの歌詞の中にある「首ったけ」と云う言葉の語源について調べました。

『首っ丈』とは、元は、長さや深さを表し、「首」から「丈」までの高さの事で、その人の身長にピッタリ合った「気丈」に対して、それより長く、丁度よい範囲を超えていることだったようです。
そこから、気持ちを表す言葉としても使われ、ハマり込んだり、夢中になる様を「首までどっぷり浸かる」と云うことから、異性にどっぷり夢中になっていることを言うようになりました。
この言葉は江戸時代から使われていたそうですが、異性に夢中になる意味で使われ始めたのは明治以降からのようです。

今では「首ったけ」のような激しい言葉は死語となっているのでしょうね。

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「あみだくじ」の語源

2012-04-24 | 雑学

「あみだくじ」をご存知ですよね。
人数分の縦線を引いた所に横線を書き入れ、階段のように線をたどって当たり外れを決めるくじですね。
先月末、私が住まいしている山の手台住宅の自治会の役員改選の折りにも、立候補者がいなかったため抽選と「あみだくじ」で選出しました。

では、なぜこのくじを阿弥陀仏の名前をとって「あみだくじ」と云うのでしょうか?
そこで今日は「あみだくじ」の語源について調べました。

「あみだくじ」は漢字で書くと「阿弥陀くじ」となります。
「あみだくじ」に引かれているはしご状の線は元々は放射状の線でした。
阿弥陀仏の身体から放たれる後光をかたどった「光背」に放射状のものがありますが、「あみだくじ」はこの「光背」に似せて作られたことから「あみだ」と名付けられたそうです。

この放射状のくじは、室町時代に寄り合いでお茶菓子を買う時などに、誰が幾ら出すかを決めるのに用いたようです。
その使用方法は、放射状に引いた線の内側にバラバラの金額を記入し、お椀などで隠して回します。
そして全員が選んだ後にお椀を開き、引き当てた金額を拠出して目的物を購入し、参加者全員で平等に分けるというものです。
くじには0円の設定もあって、これを引いた人はお金を出さない代わりに買出しを担当したといわれています。

当時、このくじは「阿弥陀の光」と呼ばれていたそうです。
「あみだくじ」という名が一般的になるのは明治に入ってからで、線も放射状からはしご状に変わって、現在に至っていると云うことです。

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「国士無双」の語源

2012-04-23 | 雑学

麻雀の役満貫の一つに「国士無双(こくしむそう)」があります。
これは、字牌7種と一九牌6種を1枚ずつ揃え、その内のどれか1種を雀頭として2枚揃うと和了した形となる並べ方で、下の画像のようになります。
・麻雀ではこの13種とこの内のどれか1種を雀頭として2枚揃えた形が「国士無双」(役満貫)です。


今日はこの「国士無双」の語源について調べました。

国士無双の「国士」とは、その国の中で最も優れている人物、そして「無双」とは、他に並ぶ者がいないという意味です。
その語源は、前漢の高祖劉邦(初代皇帝)に仕えた韓信(将軍)の才能を讃えた言葉からです。(出典は史記、淮陰侯列伝)

それによれば、劉邦が南鄭(なんてい:現在の中国陝西(せんせい)省漢中市の県)に進軍しようとしたとき、諸将の逃亡が頻発し、韓信までが逃げ出しました。
丞相(じょうしょう:最高位の官吏)の蕭何(しょうか)は、どうでもよい者の逃亡は気にかけなかったが、韓信の逃亡にはびっくりし、あわてて後を追いかけました。
断りもなく飛び出した蕭何(しょうか)を見て、漢王は「蕭何までもが逃げ出した」と思ってしまったようです。
そして、戻った蕭何に対して、漢王が「なぜ逃げたのか?」と尋ねると、蕭何は、「逃げたのではなく韓信を追いかけたのだ」と答えました。
更に「逃げた大勢のうちなぜ韓信だけを追いかけたのか?」と尋ねられると、蕭何は、「韓信は国士無双であり、他の雑多な将軍とは違います。(劉邦が)この漢中にずっと留まるつもりならば韓信は必要ないが、漢中を出て天下を争おうと考えるのなら韓信は不可欠である」と劉邦に返したと云われています。

ここから「国士無双」とは、他に並ぶ者がいないような、一国の運命を左右するほどの大人物のことを言うようになりました。
この言葉が生まれたのは今から2200年以上も前の事であり、現在ではそのような人物がいないのでしょう、マージャン用語として使われているだけのようです。

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ソラマメの花

2012-04-22 | 家庭菜園

昨年11月に種を蒔き、今年3月10日に枝を剪定したソラマメの株はその後順調に育ち、今花真っ盛りとなっています。
今日はソラマメの花をご紹介します。

・これは3月10日に剪定したソラマメの株です。


3月の剪定時に20㎝ほどだった各株の枝は、その後2回の追肥と土寄せをした結果、御覧のように1mほどの茎に成長しています。
先日、倒伏防止のために支柱を立てたところです。



各茎の6~7本の側枝には5~6段に亘って花をつけています。
この後、最下部の花に莢が付き始めたら側枝の先を摘心し、伸長を止めて莢の肥大を図ります。



収穫時期は開花から40日位が目安と言われています。
莢が膨らみ、真横より下に垂れ下がってきたら収穫となります。




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「いたちごっこ」の語源

2012-04-21 | 雑学

「いたちごっこ」と云う言葉があります。
この意味はご存知のように、「同じことの繰り返しで進展のないこと」を言う言葉です。

この「いたちごっこ」は、「鬼ごっこ」や「電車ごっこ」と同じように、元々は子供の遊びからきた言葉です。
江戸時代から親しまれていたと言われているこの遊びは、二人が一組となり、「いたちごっこ」「ねずみごっこ」と言いながら相手の手の甲を順につまんでいき、両手が塞がったら一番下にある手を上に持っていって、また相手の手の甲をつまむということを繰り返す、終わりの無い遊びです。
後に、延々と手を重ねていく終わりのない様子から「同じことの繰り返しで進展がなく、埒があかず、きりがない事を」を意味して『いたちごっこ』というようになりました。

「いたちごっこ」の特徴は、やっていくうちに学習して手口が次第に巧妙になっていくことと、これが繰り返されていくと両者とも疲弊し、不毛であること、そして、第三者のみが不利益を被ることとなり、結果として良いものが残らないのが特徴と云われています。

翻って、日本の政治を見た場合、昨日は、参議院本会議で、前田国土交通大臣と田中防衛大臣に対する問責決議案の採決が行われ、野党側の賛成多数で可決されました。
これも長期間で捉えれば「いたちごっこ」とみることが出来るかも知れません。
今は野党の自民党が問責決議案を提出し審議拒否をしていますが、嘗て、民主党が野党の時にも大臣の言葉尻を捉えてはよく提出し、審議拒否を繰り返し、大臣を退陣に追い込んでいました。
今、攻守ところを変えて政権与党になった民主党にブーメランのように返ってきている訳です。

しかし、国会議員の皆さんよく考えてください。
国内外にいろいろ問題を抱える中、審議拒否をしてまでこのような手法をとっていいのでしょうか?
また総理大臣も資質のない人を大臣に起用して、日本の安全・安心が確保されると思っているのでしょうか?

何年経っても与野党ともに進歩が無いように思われます。
審議が遅れて政策が遂行できなければ不利益を被るのは国民です。
国会議員の問責や不信任は次回の選挙で国民が決めます。
政治家の皆さんには、4年の任期中は自分たちのためではなく、国家・国民のための政治をして欲しいものです。

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