らいちゃんの家庭菜園日記

家庭菜園、家庭果樹栽培及び雑学日記

間違いやすい言葉「忸怩たる思い」

2023-11-30 | 雑学

今日は令和4年度の文化庁の「国語に関する世論調査」からご紹介します。
この調査の中で言葉の意味についての質問がありますが、多くの方が本来の意味を誤解している言葉がありました。
その質問と調査結果は以下の通りです。

「世論調査結果」
この調査で「忸怩(じくじ)たる思い」と例示して、本来の意味を尋ねていました。  
 (質問)
 「忸怩たる思い」の言葉はどちらの意味だと思うか ?

この質問に対して、調査結果は下記のとおりでした。
(ア)残念で、もどかしい思い    52.6 %
(イ)恥じ入るような思い      33.5 %(本来の意味)
(ア)と(イ)の両方          8.3 %
(ア)、(イ)とは、全く別の意味    1.9 %
 無回答                3.7 %

「年齢別回答結果」
調査の結果、30 代以上では、辞書等で本来の意味とされているものとは異なる(ア)の「残念で、もどかしい思い」を選択した人の割合が、本来の意味とされている(イ)の「恥じ入るような思い」を大きく上回っていました。
中でも、50 代では(ア)を選択した人の割合と(イ)を選択した人との割合に 30 ポイント以上の差がありました。
一方、16~19 歳では、本来の意味とされている(イ)の「恥じ入るような思い」の方が高くなっていました。
年齢別の結果からは、16〜19歳の半数近い人が正解でしたが、反対に50代では正答率が28.4%といちばん低い結果でした。

・年代別の回答グラフです。「赤線」が本来の意味です。


「忸怩たる思いの意味」
「忸怩(じくじ)」とは、自分の至らなさや失敗について、深く恥じ入る気持ちのことです。
「忸怩」の「忸」は、恥じる、恥ずかしく思うと言う意味で、「怩」は、訓読みでは「は」じるであり、その意味は、恥じる、引け目を感じて心がいじけるの意味です。
広辞苑にも、「忸怩」は恥じ入る様。「内心ーたるものがある」と説明しています。

このように、「忸怩たる思い」とは、「自ら恥じ入る気持ちに駆られること」、「自分の行いについて、心のうちで恥じ入るさま」を言い表す言葉です。

「誤用の原因」
ところが、この言葉は誤用して使われることが多いのだそうです。
その理由は、「忸怩(じくじ)たる思い」が、「ぐじぐじとする、ぐじぐじと悩む」などの音の響きと似ていることからか、この言葉の意味を「ぐじぐじ悩む」と誤用しているケースが多くみられると言うことです。

忸怩の意味に「悔しい」とか「腹が立つ」「憤りを感じる」「思い悩む」などの感情は含まれません。
ましてや、「はっきりしない、うじうじする」という意味は含まれず、相手に対して使う言葉ではありません。
他にも「腹立たしい思い」「ふんまんやるかたない思い」「残念」などの感情を表現する意味での使用はいずれも誤用となります。
「忸怩」は自分の行いについて、「心の内で恥じ入るさま」の意味です。

この言葉は日常的には用いることはないと思いますが、改まった場や文書などで使うときに「悩む」「腹立たしい」と誤用してしまうと、かえって恥ずかしい思いをしてしまうことになりかねません。
使用する時には十分注意したいですね。

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「毛がない猿はお金になる」

2023-11-28 | 趣味

人は年を取ると毛が薄くなり、更に進むと禿げてきます。
動物では、猿も毛がなくなることがあるようです。
ネットを調べていたら、下の画像が出てきました。
人の場合、毛がなくなる主な要因はホルモンの関係のようですが、猿の場合も同じなのか、それとも病気なのかは知りません。

・毛がない猿です。


人は毛がなくなっても散髪代は普通の人と同じ料金です。考え方によっては割高? とも言えます。
増してやお金になることはありません。
ところが、猿は毛がなくなるとお金になるのです。

何故なのかお分りでしょうか?
今日は頭の体操です。
お考え下さい。

「回答例」
・珍しさから見物人が増えてお客が集まるから?
 それもあるかも知れませんが、正解はそれではありません。

「正解」

では正解を申し上げます。
正解は英単語を思い出してください。

猿は英語で「Monkey」と書きます。
猿(Monkey)から毛(K)がなくなると「Money(金)」となり、お金になりました。

今日は気分転換に「なぞなぞ」を取り上げました。
もしよろしければ、忘年会や新年会の話題の一つとしてお使いください。
下らない内容で失礼しました。

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古代中国の忠臣「予譲」

2023-11-26 | 雑学

夏が終わったと思ったら、秋がくる前に一足飛びに冬がやってきたような寒い晩秋となっています。
1週間先は師走です。
いよいよ年末商戦が始まり、街中は年の瀬一色に染まって次第にせわしくなっていきます。

12月と言えば今から320年前の元禄15年12月14日にはご存じの赤穂事件がありました。
主君浅野内匠頭の仇討を果たすため、赤穂藩の家臣47名が吉良邸に討ち入り、見事吉良上野介を討ち取った出来事です。
この事件は忠臣蔵として日本では人々の心を捉えていますが、お隣の中国にも忠義者がいたようです。
今日は古代中国の忠臣故事について調べました。

「士は己を知る者の為に死す」
中国の歴史家、司馬遷(中国最初の総合的な歴史書である「史記」の編者)によって編纂された『史記』にある有名な言葉に「士は己を知る者の為に死す(士爲知己者死)」という一節があります。
意味は「立派な男子であれば、自分の真価をよく知ってくれて、認めてくれる人のためなら、死んでもいいと思うものだ」です。

「故事」
この言葉については「史記・刺客伝」に次のような故事があります。
それによれば、この言葉は中国の春秋時代の晋の国の予譲(よじょう)が語ったものです。

予譲は二人の君主に使えましたが、いずれも十分な待遇を得られず、どこに身を置こうかと迷っていました。
そんな矢先、晋の智伯(ちはく=殷王族の末裔)という王に迎えられ、信頼されて手厚い待遇を受けました。
ところが智伯は「晋陽の戦い」で敵方の趙襄子(ちょうじょうし)に敗れ、殺されてしまいました。

何とか生き延びた予譲は智伯から受けた恩を返すため、仇を討つことを決意し、労働者に化けて趙襄子の敷地に入り込みました。
しかし、バレて捕まってしまったのです。
趙襄子に「なぜ私を殺そうと思った?」と聞かれ、「智伯さまの仇を討つためだ」と答えました。
趙襄子はその恩義に感動し予譲を逃がしました。

しかし、彼の仇討の決意は揺るぐことはなく、今度は、自分の顔を漆でぐちゃぐちゃに潰して、炭を飲んで声を潰し、別人の姿になりました。
その変貌ぶりは予譲の妻も気づかない程でした。

そして、再び趙襄子を討とうとしましたが、またもバレて捕まってしまいました。
趙襄子は一度逃がしたにもかかわらず再度襲ってきたことを「なぜそうまでして智伯に仕え、仇を討とうとするのだ」と訊ねました。

これに対して予譲は、最後に死ぬ前にせめて趙襄子の上着を切って気持ちだけでも仇討ちをさせてくれと懇願しました。
この願いは聞き入れられ、予譲は趙襄子の上着を切り刻んだのち、その刀で自分を刺して自害したという事です。

もし、智伯がこの話を聞いたならば、これほど嬉しいことはないでしょうね。
正に、古代中国における忠臣物語です。
現在の中国では考えられませんが、古い時代には日本人と同じような忠義の心を持った臣下がいたのですね。

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床屋の由来

2023-11-24 | 雑学

現役時代は1か月弱で散髪していましたが、最近は次回までの日数が伸びて40日前後になっています。
年と共に頭髪が薄くなっていることから当然と言えば当然なのかも知れません。

ところで、散髪店は一般的には床屋とか理容店、散髪屋、理容院、理容室などいろいろな呼ばれ方がありますが、私は「床屋」という名前に馴染んでいることから、いつも「床屋に行ってくる」と言っています。
でも、散髪店が何故「床屋」と呼ばれているのでしょうか?
今日はその由来について調べました。

「床屋の由来」
床屋は鎌倉時代に髪結所に床の間があったことから人々が「床の間のある店」と呼び、そこから「床場」に転化し、更に「床屋」になったようです。
その謂れは、次のように言われています。
鎌倉時代の中期、亀山天皇(1259年~1274年)の頃に、藤原晴基という武士が天皇の宝物係として仕えていたのですが、所管の宝物を紛失した責任を取って職を辞し、浪人となりました。
晴基は、三男・采女亮(うねめのすけ)と共に紛失した宝を探索するために諸国行脚し、下関に下りました。
刀を探し続ける一方で、髪結いで高い収入を上げていた新羅人から親子でその技術を学び、生計のために亀山八幡宮裏の中之町に、往来の武士や金持ちを客とする我が国初の髪結所を開きました。
この店の奥にあった床の間には「亀山天皇が祀られた祭壇」と「藤原家の先祖を祭る掛け軸」があったことから、下関の人々はいつとはなしに「床の間のある店」と呼び、そこから「床場」に、さらに「床屋」という屋号で呼ぶようになったとされています。
その後、「床屋」は下関から全国へ広がっていきました。

・下関の「床屋」発祥の碑です。


「法律上の呼び方」
散髪屋を「床屋」と呼ぶ由来は以上ですが、この「床屋」という呼称は法律には一言もありません。
法律では何と呼ぶのでしょうか?

「理容師法」という法律によれば、「理容所」という呼称で規定されています。
条文は以下の通りです。
第一条 この法律は、理容師の資格を定めるとともに、理容の業務が適正に行われるように規律し、もつて公衆衛生の向上に資することを目的とする。
第一条の二 この法律で理容とは、頭髪の刈込、顔そり等の方法により、容姿を整えることをいう。
    ② この法律で理容師とは、理容を業とする者をいう。
    ③ この法律で、理容所とは、理容の業を行うために設けられた施設をいう。
第二条 理容師試験に合格した者は、厚生労働大臣の免許を受けて理容師になることができる。
(以下略)

以上のように、法律上は、理容師が理容行為を行う施設が「理容所」であると書かれおり、床屋とか散髪屋、メンズサロン、理容室、理容院などの名称は一言も書かれていません。
このように法律上では「理容所」が正しい呼び方ですが、でも矢張り馴染みがあるのは「床屋」ですね。
私はこの呼称が一番好きです。

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納豆の食べ方

2023-11-22 | 雑学

皆さん、「納豆」はお好きですか?
2013年に「和食」がユネスコの無形文化遺産に登録されて、世界的に和食への関心が高まるにつれて、納豆は健康的な食材として外国人の間でも食べ始める人が増えてきました。
しかし、そのような人はまだ一部であり、その香りや見た目、糸ひくネバネバ感などから、多くの外国人には受け入れ難いようです。
私たち日本人には健康効果のある発酵食品の一つとして、抵抗感なく食べている人が多いのではないでしょうか。
そこで、今日はその納豆について調べることにしました。

「納豆の起源」
まず、納豆の起源ですが、これには諸説あるようです。

1.その一つは飛鳥時代に聖徳太子が発見したとする説です。
600年頃、いまの滋賀県にある笑堂(わらどう)というところで、聖徳太子が自身の愛馬の餌として食べさせていた煮豆が余り、捨てるのも忍びないのでワラで包み木にぶら下げていたところ、糸を引く納豆になっていたという説です。

2.二つ目は源義家(八幡太郎義家)が発見し、全国に広めたとする説です。
平安時代、奥州(現在の岩手県)で起きた反乱を治めるために京都から派遣された源義家が、その道中で馬の背に載せた煮豆を詰めた稲ワラの俵を開けたところ、糸を引いた納豆を発見したという説。

3.他にも縄文時代に大陸から稲作と大豆が伝わったとする説です。
中国大陸から稲作が伝えられた縄文時代、同時に大豆も伝えられたことから偶然納豆が生まれたという説。
当時の住居は床にワラを敷いていたことから、煮こぼれた豆が自然に発酵したのが始まりとする説です。



「納豆の語源」
納豆の語源も諸説あるようです。
・その一つは前記「2」の源義家(八幡太郎義家)からとする説があります。
義家は朝廷の命により「前九年の役」(1051年~1062年)と「後三年の役」(1083年~1087年)で2度に渡って奥州(東北地方)の平定に赴いています。
当時の軍馬の飼料は煮豆で、それを藁で編んだ俵に入れて馬の腹にくくりつけて運んでいたのが、ある時、俵を開けてみたら、馬の体温で良い具合に温められて、煮豆が不気味にも糸を引いた「納豆」になっていました。
そして、それを恐る恐る食べてみると、意外と美味であったといいます。
義家に献上し晴れて「納豆」は兵糧食となましたが、この時、家来が義家に“納めた豆”から「納豆」と呼ばれるようになったとする説です。

・他には、寺の納所(台所)で作られたことに由来する説です。
肉食が禁じられていたお坊さんたちにとって、納豆は非常に重要なタンパク源でした。
納所で大豆を原料に作るから「納豆」になったとする説です。

・更に、煮豆を神棚に備えたところ、しめなわに付着していた納豆菌の働きで納豆になり、神に納めた豆から「納豆」になったとする説です。

「北大路魯山人の納豆の食べ方作法」
ところで、納豆の食べ方について美食家の北大路魯山人(1883〜1959年)は、著書のなかで次のように記しています。
「納豆を器に出して、それになにも加えないで、そのまま、二本の箸でよくねりまぜる(305回)。そうすると、納豆の糸が多くなる。出る糸のようなものがふえて来て、かたくて練りにくくなって来る。この糸を出せば出すほど納豆は美味くなるのであるから、不精をしないで、また手間を惜しまず、極力ねりかえすべきである(更に119回)」

そういえば以前、NHKの「ためしてガッテン」でも美味しい食べ方について説明していました。
私が記憶しているところでは、この番組でも、
・先ず「210回」かき混ぜます。
・次に薬味や調味料を入れて、更に「210回」かき混ぜます。
こうすることで、美味しく食べられると放送していました。

「400回」ほどかき混ぜるのは魯山人と同じです。
実際、放送の後、私もそのようにして食べましたが、抵抗なく食べられた記憶があります。
納豆が苦手な方は、一度お試しになってみては如何でしょうか?

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ブラック・フライデーの由来

2023-11-20 | 季節

この時期になると、スーパーや小売店の新聞の折り込み広告に黒色が目立つようになります。
その広告には「Black Friday」と書かれています。
全国展開しているスーパーでは同じような広告を出していると思うので、皆様方もお気づきのことと思います。
皆様は「Black Friday(ブラック フライデー)」についてご存知でしょうか?
私は知らなかったので調べてみました。

「Black Friday」
「Black Friday」とは、アメリカで発祥した行事のことです。
アメリカでは11月の第四金曜日にスーパーや小売店では激安大売り出しを行う日と言われています。
この行事が日本に伝わり、スーパーなどでは11月に入ると早々に「Black Friday」の広告を出しているようです。
今年の「Black Friday」は11月24日の金曜日です。

・「ブラック フライデー」の1週間前の金曜日、11月17日の新聞折り込み広告の一部です。


「Black Fridayと感謝祭」
先ず、Black Friday(ブラック フライデー)と感謝祭の関係ですが、感謝祭の翌日が「Black Friday」になります。
感謝祭(Thanksgiving Day)は毎年11月の第四木曜日で、アメリカでは一年のうちでもっとも重要なイベントになります。
アメリカのこの行事は、家族や親戚が集まって七面鳥(turkey )を食べる日となっていますが、元々はアメリカ先住民と、宗教の自由を求めてイギリスから逃れてきたピルグリム(Pilgrims)との間で行われていたご馳走を囲む行事でした。
その日は、皆が家族で過ごすため、スーパーなどの店は閉店したり、午前中で閉まったりして町は閑散とするのだそうです。

「Black  Fridayの由来」
その感謝祭の翌日が「Black  Friday」で、その由来はフィラデルフィアの警察官です。
1961年、アメリカのフィラデルフィアの警察官が、感謝祭の翌日を「ブラック フライデー」という言葉を使って表現したのです。

その理由は、感謝祭の翌々日の土曜日に行われる陸海軍のフットボールの試合を観るために、金曜日には多くの人達が会社を「病欠」で休み、フィラデルフィアに集まって週末まで滞在するため、大勢の観光客や買い物客が街に殺到して交通渋滞が発生して市内が混乱し、万引きも多発して大変な一日になったそうです。
フィラデルフィアの警官は、群衆をコントールして交通を制御するために、この日休みを取ることができなかっただけでなく、特別に長いシフトに調整しなければなりませんでした。
そこから、警察ではこの日をに「ブラックフライデー」と呼んだのです。

一方、小売業者の間では、感謝祭の後の金曜日に買い物をする傾向が強まったことから、この名称をよりポジティブな意味に変えていき、小売業者が楽に利益の面で “黒字 (black)“になるためであると信じて「ブラック フライデー」と呼び、大売り出しを行ったという事です。

その激安セールが日本に伝わり、イベント化したのが日本の「Black  Friday」で、今年は11月24日の金曜日です。
皆様の地元のスーパーなどでも「Black  Friday」セールが展開されていると思います。
激安になっているのかどうかは知りませんが、行ってみては如何でしょうか?

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柿と杮の漢字の違い

2023-11-18 | 雑学

一昨日、「柿の王様・富有柿」について取り上げました。
その前日、「柿」の文字を入力をしているとき、「柿」によく似た漢字に「杮(こけら)があることを思い出しました。
「杮(こけら)」とは、ご存じの通り、木材を削る時にできる木の細片。削りクズのことで、漢字では「杮」と書きます。
一方、「かき」の漢字はご存じの通り「柿」です。
この両者、パソコンで変換すると全く同じように見えますが、どこが違うのかお判りでしょうか?
調べてみました。

「柿」と「杮(こけら)」の違い
「柿」と「杮(こけら)」漢字の違いは、右側の旁が「なべぶた」か「上から下まで貫かれているか」の違いです。
・「柿(かき)」は、右側のつくりの部分は「市」で、上部は「なべぶた」(横棒の上に点が乗っている)になります。
・一方「杮(こけら)」は1本の縦棒が横棒を突き抜ける形で、上から下まで貫かれており鍋蓋ではありません。
その違いを拡大すると以下の通りです。

・左が「かき」で右が「こけら」です。

「杮(こけら)」の意味
「こけら」を広辞苑で調べると、木材を削る時できる木の細片。また、木材を細長く削り取った板。と説明しています。
また、劇場を新築して初めて行われる催しを「こけら落とし」と言いますが、これについても広辞苑では、工事の最後に屋根などの木屑を払い落したところから、新築劇場の初興行。と説明しています。

「こけら落としの由来」
では、なぜ新築の劇場のお披露目公演に「こけら落とし」という言葉を使うのでしょうか?
これには日本の伝統技術である「こけら葺(ぶき)」が関係していると言われています。
こけら葺(屋根葺手法の一つで、木の薄板を幾重にも重ねて施工する工法)とは、飛鳥時代から使われていた日本の伝統的な屋根葺き技法です。
江戸時代の歌舞伎場の屋根もこの「こけら葺き」という技法で作られていて、完成した時に木くずを屋根から払い落してお披露目をしたことから、劇場などでの新築お披露目公演に「こけら落とし」という言葉を使うようになったということです。

「柿」と「杮(こけら)」は、パソコンやスマートフォンなどで変換すると同じ字が出てきますが、意味も漢字も全く違います。
間違わないように気を付けたいですね。

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柿の王様「富有柿」

2023-11-16 | 家庭果樹

秋の味覚を代表する柿、中でも柿の王様と言われている「富有柿」がスーパーの店頭に並びました。
富有柿は美味しいですよね。
我が家の富有柿も熟れ始めており、色が濃くなったものから収穫して食べています。
今年は昨年と比べると実の付き方が少なく、あまりよくありません。
原因は、昨年冬の剪定が間違ったのかもれません。
今年の冬の剪定は失敗しないように研究したいと思います。

「柿」
柿は、カキノキ科カキノキ属の落葉高木で、学名をDiospyros kaki(ディオスピロス カキ)と言い、日本名の「柿」の字が入っています。
Diospyros(ディオスピロス)はギリシャ語のDios(神:ジュピター)とpyros(穀物)が語源で、その意味は「神の食べ物」だそうです。
柿は東アジアの温帯固有の果実で、中国の長江流域に自生していたものが東アジアに広がり、日本には奈良時代に渡来しました。
現在では日本の秋を代表する果樹となっています。

柿はヨーロッパには無い果樹でしたが、南蛮貿易によってヨーロッパへ伝えられたことから、学名でも「Diospyros Kaki」と「カキ」の名が使われ、食材としても「KAKI」と呼ぶ国が多いということです。

・我が家の柿です。カラスやアライグマの被害があるので網で覆っています。


「柿の語源」
柿の語源は諸説あるようです。
1.実が堅いことから「カタキ(堅)」からとする説、
2.つやつやして輝いていることから「カカヤキ(輝き)」からとする説、
3.更に、秋の山野に生った実の赤い色から「アカキ」の上略からとする説
などがありますが、「3」の説が有力と考えられているようです。

「柿の王様 富有柿」
日本には約1000種類の柿があるそうです。
有名なのが富有柿、次郎柿で、他にも平核無柿、刀根柿、西村柿、松本柿、甲州百目柿、大秋柿、早秋柿などいろいろありますが、そんな中でも富有柿は圧倒的な知名度と抜群の美味しさから「柿の王様」と言われています。
また、「柿が赤くなると医者が青くなる」と言われるほど栄養価が高く、現代では秋バテや美容にも効果があるとも言われています。

栄養価が高く、美容にも良いと言われている柿です。
デザートに如何でしょうか?

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山の手台シニアクラブの文化展

2023-11-14 | 地元紹介

11月11日と12日の2日間、私が住まいする大阪・熊取町山の手台ではシニアクラブの文化展がありました。
山の手台シニアクラブは概ね60歳以上で希望する人が加入する親睦団体です。
毎月、定例の親睦会がありますが、11月には文化展を開催しています。
この催しでは会員の方が過去1年間に、或いは以前に作られた作品を持ち寄って展示しているものです。
私はシニアクラブには加入していませんが、見学は自由なので行ってきました。
出展作品の一部は以下の通りです。

・展示されている「憩の家」の入口です。


「文化展出品作品集」
文化展に展示される作品は会員の方々が腕によりをかけて作り上げた作品で、その種類はいろいろあります。
今回は菊花、書道作品、生け花、絵画、帽子やバッグのなどの和裁作品、手芸など、数多くの作品が出展されていました。
これらの作品はいずれも素晴らしいものばかりであり、地域の皆様方が優れた特技を持っていることを改めて認識した次第です。

・菊花が7鉢展示されていました。十数年前には20~30鉢ほど出品されていたのですが、作り手が減ったのでしょうか?


・生け花では10鉢ほど展示されていました。流派は表示されていませんでした。


・絵画も多数展示されており、小さな造形物も数点ありました。


他にも書道作品や帽子やバッグのなどの和裁作品や手芸などが多数ありました。
憩の家の前庭では焼きそばやたこ焼きが売られていました。
このコーナーは意外と人気だったようで、2日目のお昼ころには焼きそばが「売り切れ」となったことを張り紙で知らせていました。

・たこ焼き、焼きそば100円の表示の下に売り切れの表示が貼ってあります。


出展作品の作者は殆どが女性でした。
年配の女性は素晴らしい特技を持っている方が多いですね。

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たで食う虫

2023-11-12 | 

いま、畔道には「たで」がたくさん咲いています。
「たで」と言えば、諺がありましたね。
ご存じの「たで(蓼)食う虫も好き好き」です。

・あぜ道の蓼です。


「蓼(たで)」
「たで」は、漢字だと「蓼」と書き、日本の伝統的なハーブの一つです。
日本には柳タデ(本タデ)、紅タデ、青タデ、細葉タデなど60種類ほど自生しており、単にタデと言う場合は、ヤナギタデ(柳蓼)を指すようです。
お店で食べるお刺身などの脇に添え置かれている赤紫色の葉っぱがありますが、あれは食用の「タデ」なのです。
食用として親しまれてるのは「ヤナギタデ」とその同一種の変種「紅タデ」です。
ヤナギタデの葉はヤナギによく似ており、その葉は殺菌作用があるので川魚を食べる際に使われています。



「諺」
諺に皆様よくご存じの「蓼(たで)食う虫も好き好き」があります。
ここで言われている蓼は、茎や葉に苦みがある柳タデのことです。
そして、この諺の意味は、辛くて苦い蓼を好んで食べる虫がいるように、人の好みは多様性に富んでいるということを例えたものです。
なお、この諺を「田で食う虫」とか「他で食う虫」と書くのは誤りであり、また「蓼」を「だて」というのも誤りなので気をつけたいものです。



「たで食う虫」
前記した「蓼(たで)食う虫も好き好き」の諺の通り、実際に蓼を食っている虫がいるのかどうか調べてみました。
上の画像を撮影した時は小さな黒い虫が蓼に止まっていたのですが、撮影しようとスマホを向けたところ飛び去りました。
この虫が蓼を食べていたのかどうかは分かりません。
更に、他の蓼を調べたのですが、虫は見つかりませんでした。
中には蓼が好きな虫もいるのかも知れませんが、多くの虫たちは辛くて苦い蓼は嫌いなのでしょうね。

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