らいちゃんの家庭菜園日記

家庭菜園、家庭果樹栽培及び雑学日記

つくね芋収穫

2014-11-30 | 家庭菜園

先日、つくね芋を収獲しました。
今年も台風や豪雨によって支柱が2回倒壊し、竹が折れて茎が相当痛んだことから生育を心配していましたが、何とか収穫にこぎつけました。

・これが2度倒壊したつくね芋の支柱です。横に張っている竹が途中から折れて痛々しい姿となっています。


ツクネイモ(捏芋)はヤマノイモ科ヤマノイモ属に属する中国原産のツル性多年草で、ヤマイモの一変種です。
塊茎は不規則な塊状をなし、別名は「ツクイモ」とか「コブシイモ」「イチョウイモ」などと言われています。

・蔓を切り取った株です。この後スコップで深く掘って収穫します。


・これは1株のつくね芋です。 よくできた株で6~7個の芋が生っていました。


芋の形状は主に塊形・丸形で、長芋と比べると芋の水分が少なく、強い粘りがあって、京都では高級料亭の食材として、また老舗和菓子店の京菓子原料として珍重されている ようです。
家庭では磯辺揚げ、山かけそば、とろろ汁、たこ焼きやお好み焼きなどの食材として利用できます。
我が家では、とろろ汁やお好み焼きに使用する予定です。

・これが収獲したつくね芋です。この中の小さいイモは来年の種イモにします。



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紅葉便り

2014-11-29 | 地元紹介

テレビを観ていると、各地から紅葉便りが届いています。
関西では京都の嵐山を始め各地の神社や寺院の紅葉がよく紹介されています。
紅葉の美しさは、秋に日本を訪れる外国人観光客の目的の一つでもあるようです。
近年、東南アジアからの観光客が増加していますが、先日のテレビで、インドネシアの人が、自分の国では紅葉を見ることができないので、日本の紅葉の美しさに感激したと話していました。

この紅葉、京都だけではありません。
私の住まいしている住宅地内でも見事に紅葉している遊歩道がありますのでご紹介します。

大阪府熊取町山の手台では、ボランティアグループ“フラワー山の手”のメンバーの方々が清掃活動をしている「メイプルロード」の楓が綺麗に紅葉しています。
今年は11月に入って気温が下がったことから、美しい紅葉が造りだされました。



2013年6月に熊取町から認定を受けた山の手台の「メイプルロード」は、その名に恥じないようにと、“フラワー山の手”のメンバーの方々が常日頃、美化活動をしている遊歩道です。
約300メートルに亘るメイプルロードの両側には楓が植栽されており、秋には紅葉のトンネルを造ってくれます。



今日は我が町の紅葉をじっくりとご覧ください。



このように美しく紅葉したのは2009年以来5年ぶりです。






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ブービー賞

2014-11-28 | 雑学

宇宙で初めて行われたスポーツがありますが、どのようなスポーツかご存知でしょうか?
今日のタイトルから既にお分かりの通り、それはゴルフです。

年配の方は覚えていると思いますが、1971年(昭和46年)2月5日にアポロ14号が月面に着陸しました。
アポロ14号は33時間の月面滞在中、2回にわたって9.5時間の船外活動を行っています。
その活動の中で、シェパード船長が6番アイアンでゴルフボールを2球打ちましたが、これが宇宙で初めて行われたスポーツです。
2球目を打ったとき、シェパード船長は「(月の重力が小さいために) 何マイル(1マイルは約1.6㎞)も、何マイルも、何マイルも先に飛んで行ったぞ」と言ったそうですが、後の分析では飛距離は200ヤードから400ヤード (180m~370m) ほどであっただろうとされています。

・シェパード船長が月面でゴルフボールを打った映像です。(ウィキペディアより)


ところでゴルフと言えば、ブービー賞という賞があります。
ご存知のように最下位から二番目の人に贈られる賞ですが、この賞があるのは日本だけだそうです。

ブービー賞は英語の「booby prize」からきていますが、「booby」とは最下位の意味であり、「booby prize」は最下位賞のことなので、本来は最下位の人に贈られる賞なのです。
日本でも嘗ては最下位の人にブービー賞が贈られていましたが、この賞を狙ってわざと最下位になろうとした人が多かったため、故意にはなりにくい「最下位から二番目」に贈られるようになったと言うことです。

でも、この賞をもらっても喜ばないでください。
何故なら、booby(ブービー)には他にも「間抜け」や「馬鹿者」という意味もありますので・・・。

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渇にのぞみて井を穿つ

2014-11-27 | 雑学

安倍総理の突然の衆議院解散で、当選回数の少ない若い議員の中には慌てて選挙準備をしている先生もいる事と思います。
国会議員はいつ選挙があってもそれに対応できるように、日頃から準備しておくことが当選の秘訣ですが、選挙の時だけ慌てて準備しても当選はおぼつきません。

それを言い表している諺に「渇にのぞみて井を穿つ(かつにのぞみていをうがつ)」があります。
この故事は中国の歴史故事集「説苑(ぜいえん)」にあるのでご紹介します。

春秋時代、魯の国の昭公は、国を上手く治められず、いたたまれなくなって斉の国に逃げてしまいました。
そんなある日、斉の国の景公が昭公に尋ねました。
「君主になって日も浅いと言うに、どうして国をお捨てになったのですか?」
すると昭公は「私は国にいる間に、つまらない人物とばかり親しんで、有能な人物を遠ざけてしまったのです。そのため人々にそむかれ、見捨てられてしまいました」と率直に自分の非を認めたのです。

そこで景公は、昭公はまだ若いし、今国へ帰れば再び国の危機を救うことができるかも知れないと思い、斉の国の一番の策士である晏子(あんし)に相談しました。
「昭公を今帰国させたら上手く国を治められるだろうか?」
晏子は暫く考えて、「駄目でしょう」と言いました。
「何故だ?本人は過ちに気付き、反省しているではないか」
すると晏子は「水に溺れてから溺れた訳を考え、道に迷ってから道を尋ねる。それはまるで危機に直面してから武器を作り、喉が渇いてから井戸を掘るようなものでございます。もう手遅れということです。」と答えました。
その後、この出来事は「渇にのぞみて井を穿つ(掘る)」という諺になり、何の準備もせず、いざとなって慌てても何の役にも立たないことを指すようになりました。

来月の総選挙では、前回初当選した1年生議員の内、何人が国会に戻って来るのでしょうね。
今頃慌てても間に合いませんが・・・。

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三色ねじり棒

2014-11-26 | 雑学

昨日、床屋の語源について取り上げましたが、床屋と言えば「三色ねじり棒」が看板となっています。
この三色ねじり棒の赤、青、白には意味がありますがご存知でしょうか?

三色ねじり棒(看板)の赤は動脈、青は静脈、白は包帯を表し、1540年頃、パリの外科医メヤーナキールが創案し、彼の医院の看板に用いたのが始まりで、その後、理髪店でも用いる様になりました。
日本では明治4年に東京常盤橋門外の「西洋風髪剪所(かみはさみしょ)」が用いたのが最初とのことです。

・三色ねじり棒です(ネットより)


「理髪店と三色ねじり棒」
さて、医師が創案した三色ねじり棒が何故理髪師の看板となったのでしょうか?
床屋のことを「barber(バーバー)」と言いますが、この原義はあごひげ(beard)を剃る人と言う意味で、12世紀頃に出現した外科医を兼ねた理髪師さんの事を言ったそうです。
その頃のヨーロッパの教会の僧侶は、大昔の使徒にあやかって顎髭(あごひげ)をボウボウと生やしていました。
それが余りにも見苦しいので、1092年ローマ法王が「僧侶は髭を綺麗に剃ること」という法令を出したことから、僧院や教会では理髪師を雇って髭を剃りました。

当時の僧院には、僧侶に医者を兼ねた人が多くいて、彼らは外科の手術もしていたそうです。
しかし、1163年「教会は流血を忌む」と言う趣旨の法令が出たことから、外科手術は医学僧から教育を受けた理髪師が教会外で行う様になりました。

当時、大学で教育を受けた外科医もいましたがその数は少なく、理髪師の外科医とは区別されていました。
その後、大学で教育を受けた外科医が増加するにつれて、理髪師は散髪だけをする様になったということです

三色ねじり棒を考案したメヤーナキールは大学の教育を受けた外科医ですが、彼の考案した「三色ねじり棒」は理髪師の外科医にも広まりました。
その後、理髪師の外科医が外科を止められた後も、「三色ねじり棒」は看板として残り、現在に至っているということです。

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床屋

2014-11-25 | 雑学

先日のクラス会での雑談の中では、リタイアしてからは床屋に行く回数が減ったとか、1000円でカットだけしてくれる床屋に行っていると言う人が何人もいました。
現役時代には都市銀行や郵政省、大手化学メーカー、商社などの一流企業に勤めた彼等ですが、一様に、「現役時代のように身だしなみを気にする必要が無くなった」と言うのがその理由でした。
それ以外にも、私が感じた限りでは、彼らの頭髪そのものが少なくなってきていることも、その理由の一つのような気がしましたが、さて、頭髪の多少は兎も角、理髪店のことを、何故、床屋と言い、髪と床にどのような関係にあるのか、調べてみました。

江戸時代、男性の髪を結ったり髭や月代(さかやき)を剃ったりする職業を「髪結い」と言いましたが、その髪結いは橋詰や辻などに移動可能な店を出店したり、住居とは別に商売をするためだけに構えられた店で営業が行われていたそうです。
このような形式で営業している店は、簡易な床を設けていたことから「床店(とこみせ)」と呼ばれました。
床屋は床店で営業する髪結いなので「髪結い床」と呼ばれ、「髪結い床」の床に職業を表す「屋」が付いて床屋となったそうです。

江戸時代の髪結いは、移動可能な屋台のようなところで営業していましたが、現在ではこのような営業は認められていません。
これは理容師法によって、理容師は原則として正式に認可された理容店以外で理容業務を行うことが禁止されているためです。

床屋も規制を緩和して、移動式スーパーや図書館、或いは宅配便のように自宅まで来てくれたら便利がいいのですが・・・。

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糟糠の妻

2014-11-24 | 雑学

先日、NHK-BSの番組「英雄たちの選択・北の政所と淀」の放送がありました。
その中で、某パネリストが、「北の政所は糟糠(そうこう)の妻だから・・・」と話しているのを聞き、余り聞き慣れない言葉だったので早速調べてみました。

すると、中国の諺に「糟糠(そうこう)の妻は堂より下さず」がありました。
「糟糠の妻」の糟糠とは、酒かすと米ぬかのことで、粗末な食事の代名詞だそうです。
「堂より下さず」とは「座敷から下げない」という意味で、つまり正妻の地位から追い出してはならないということです。
この諺の故事は次のように書かれています。

「この諺の故事」
後漢の光武帝(こうぶてい:前6年-57年)の姉の湖陽公主が不幸にも夫に先立たれたため、皇帝は姉のためになんとかよい再婚相手を探してやりたいと思っていました。
朝廷の官吏たちの人となりを話題にして姉の気持ちに探りを入れてみると、姉は「宋弘殿の立派なお姿と器の大きさには誰もかないません」と答えました。
宋弘はすでに結婚していましたが、皇帝は「それでは一計を案じよう」と言い、暫くして宋弘を呼び出しました。

拝謁の場では姉を屏風の陰に隠して、おもむろに宋弘に語りかけ、
「諺に、『高い地位に昇ったならば、つきあう相手はいまの地位にふさわしい者に代えるものだ。富裕な身になったならば、妻はいまの立場にふさわしい者に代えるものだ』というが、人の心とはやはりそういうものかな?」

宋弘は答えて言いました。
「『貧乏をしていたころ知り合った友は忘れてはならない。貧乏暮らしで苦労をともにした妻は粗略にしてはならない』と私は聞いております。」
皇帝は屏風の方を振り返って言ったそうです。
「これは見込みがありませんな。」と。

これは『後漢書』「宋弘伝」に記述されている「糟糠之妻不下堂」(そうこうの つまは どうより くださず)で、これが故事成語となって今日にまで伝わっているということです。

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代議士と議員

2014-11-23 | 時事

衆議院が解散された事から、今日も国会議員に関する言葉を取り上げます。
最近では余り聞かれなくなりましたが、私が子供の頃は国会議員のことを代議士と言っていました。
この代議士と国会議員は同じ意味なのでしょうか?

代議士を広辞苑で調べると、「国民から選ばれ、国民の意見を代表して国政を議する人。衆議院議員の通称。」となっていました。
と言うことは、国会議員でも参議院議員は代議士ではないと言うことになります。

では何故、衆議院に限って代議士と言うようになったのでしょうか?
それは戦前までの議会の仕組みにありました。

現在の参議院は戦前までは貴族院と呼ばれ、その名の通り皇族、華族、多額納税者、勅撰議員によって構成され、議員は天皇の名のもとに選ばれた勅任でした。
それに対し衆議院議員は、国民の投票で選ばれていました。
そのため、国民の真の代表者という考えのもとに代議士と言う言葉が使われるようになったそうです。

現在では参議院も選挙によって選ばれるので、代議士と呼んでもおかしくなく、実際にはそのような動きもあるとのことですが、衆議院議員の中には、「自分たちだけが代議士と名乗れるのだ」と言う議員も多いそうで、「代議士=衆議院議員」という考えは当分なくなりそうにないと言うことです。

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御名御璽

2014-11-22 | 時事

衆議院が解散されました。
昨日、衆議院本会議が午後1時から開かれ、菅官房長官から紫のふくさに包まれた解散詔書が伊吹衆議院議長に伝達され、伊吹議長が「憲法7条により衆議院を解散する。御名御璽(ぎょめいぎょじ)、内閣総理大臣・安倍晋三」と読みあげて、衆議院が解散されました。

「御名御璽(ぎょめいぎょじ)」?
初めて聞く言葉だったので、早速調べました。

「御名御璽(ぎょめいぎょじ)」とは、君主の名前(の署名)及び公印のことで、漢字圏においては君主に対して諱(いみな)をもって呼称することは伝統的に不敬とされるため、このように表記されるのだそうです。(ウィキペディアより)

「御名(ぎょめい)」は天皇のお名前(明治天皇の場合は「睦仁」)、「御璽(ぎょじ)」は天皇のお印(印鑑)のことです。
つまり、御名御璽は、天皇陛下の署名捺印がある、という意味になります。
法律の公布には天皇の署名捺印(御名御璽)が必要なので、法律の最後にこの言葉が入れられているのだそうです。

なお、御璽(天皇の公印)は普通のハンコではなく、「天皇御璽」と篆刻(てんこく)された印で、これは古代から変っていないそうです。
現在使われている御璽は約9センチ四方の黄金製で、使用されているのは、詔書、法律・政令・条約の公布文、条約の批准書、大使・公使の信任状・同解任状、全権委任状、領事委任状、外国領事認可状、認証官の官記・同免官の辞令、4位以上の位記等だそうです。

・明治天皇の御名御璽です。(ネットより)


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煮詰まる

2014-11-21 | 雑学

文化庁が言葉の本来の意味を解説しているページに「ことば食堂」があります。
今日はその中から、9月18日に公開された第11話「煮詰まる」をご紹介します。

「煮詰まる」という表現について、平成19年度の「国語に関する世論調査」で、「七日間に及ぶ議論で計画が煮詰まった。」という例文を挙げて、その意味を尋ねたところ、結果は次の通りだったそうです。(イ)が本来の意味です。)

(ア)(議論が行き詰まってしまって)結論が出せない状態になること・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 37.3%
(イ)(議論や意見が十分に出尽くして)結論の出る状態になること・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・56.7%

全体では、本来の意味である「(イ)を選択した人の割合が高くなっていますが、年代別では、40代を境にして(イ)と(ア)の割合がはっきりと逆転しています。
つまり、若い世代では(ア)の「結論が出せない状態」、年配の世代では(イ)の「結論の出る状態」というように,正反対の意味でこの言葉を使っている可能性があるということです。

「煮詰まる」の意味が「結論が出せない状態」と理解されている理由の一つには、物事がうまく運ばない状態を意味する「行き詰まる」という言葉の影響を受けていることなどが考えられるということです。

「煮詰まる」を広辞苑で調べると、①煮えて水分がなくなる。②転じて、議論や考えなどが出つくして結論を出す段階になる。「交渉が煮詰まる」と説明しています。
このように、『 煮詰まる 』の本来の意味は、話合いなどで意見が十分に交わされて 「結論を出す段階になる」という意味です。
使用する時は気をつけたいですね。

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