広島 家族葬 広島 葬儀 安芸葬祭・エキキタホールのブログ

広島の家族葬 広島の葬儀
どこよりもわかりやすく
取り組むブログです。
宜しくお願い申し上げます。

高橋慶彦を呼ぼう…やァ

2010年08月28日 09時58分01秒 | カープ

前に、ライオンズクラブで

計画委員長をしていた時…大型企画で、高橋慶彦を例会に呼ぼうとアドバルーンをあげた。

 

当時の執行部の方が…「面白いな…任せるよ…」ということになり、早速本人の事務所に直接交渉した。

 

すると…返事はOK…

出された条件は、講演でなくトークショウ形式で…だった。

 

準備に入り、メンバーに告知すると…大好評で出席率も異常に高い数値を示し

盛り上がっていた。

 

すると…思わぬハプニングが???起こった。

何と当時4位だった千葉ロッテが快進撃を起こしだし、気が付くと…

クライマックス進出してしまった。

 

そこまでは…まだ少し安易な気持ちでいた。

 

しかし…しかし…である。

 

3位のロッテが…何と第一ステージを勝ち上がり、パの優勝戦である第二ステージも勝ち上がり…日本シリーズへ進出してしまった。

 

その数日後…高橋事務所に連絡を取ると、「お約束の件は、シーズンオフの11月ですから、ご心配なく…本人も大好きな広島へ行けることを楽しみにしていますから…」との返事をいただき安堵した。

 

さて…注目の日本シリーズ。

何とロッテが優勝し、日本一になった。

 

ライオンズクラブメンバーが…密かに騒がしくなってきた。

 

「これは凄い企画になったでェ…」

 

「本当に謝礼はあの金額で大丈夫か…」

 

などの声で、盛り上がった。

 

こうなれば、企画した私の鼻は高くなる毎日で…

まるでヒーローの様な扱いに変わった。

「どうや…ワシは凄いじゃろう…」心の中で雄叫びをあげていた。

 

流川で中年?のホステスさんを見つけると

「今度…高橋慶彦を呼ぶんでェ…」と大いなる自慢をしていた。

 

「ワァ…凄い…私25年前ファンじゃったんよ…出来たら連れてきてェ…」

「まかしとケェや…連れてきちゃるけん…」

「ほんまに…あの時代を思い出すわ…しびれるよね…ヨシヒコは…」

「ワシにもしびれよ~が…」

「ウン・うん…言うとくわ…」

 

と盛り上がりは、広範囲に渡っていた。

 

すると…急転直下の事態が起こった。

高橋事務所からの電話である。

 

「大変申し訳ないのですが、お約束していました11月の件…

当日ロッテ球団の優勝旅行が組み込まれまして、高橋が出席できなくなりました。

そこで高橋本人も、広島行きを非常に楽しみにしておりましたが、深くお詫びを申し上げたいとのことです。本人が直接…河内さんの方へ連絡申し上げますので、お許しいただけますか…?」

 

私は一気に力が抜けた。

 

「いや…電話はいいです…事情は良くわかりました…」

 

と亡骸のようになり、返事をした。

 

「どうしようかいの~…また嘘つきじゃ言われるわ…ライオンズだけならいいが、色々なところに調子に乗って言いあげたけんの~…」

 

そこへ…高橋事務所にから再度電話が入った。

私は…優勝旅行をキャンセルして広島に来てくれるのかと思った。

 

すると…「もしよろしければ、代わりにご紹介さていただきますが…?」

 

「紹介…?ですか…」

「ハイ…」

「誰ですか…?」

「若菜さん(ダイエー時代の城島を育成)か池田さん(元阪神投手)です…」

これは一存では決められないので…丁重にお断りした。

 

そこでクラブの執行部に事情説明すると…

「やっぱり駄目か…まあ仕方がないから、誰かを探せ…」と命令された。

 

最終的にカープ球団に打診して、数名の候補を紹介してもらい

K氏に直接交渉した。

 

しかし…最初が高橋慶彦だっただけに、盛り上がりに欠けた。

 

そこで…悪友さんとタッチャン…

今年…わたし…何を隠そう会長じゃない…

そこで来年1月…新年同伴例会で

高橋慶彦…もぅ一回チャレンジしたいんですが…(笑)

 

どんなもんでしょうか…

 

なんなら…ワシがトークショウの進行受けますけど…

 

でも、一度あることは二度あるし…

カープと違って、ロッテは優勝争ってますからね…

またキャンセル…となったら、私の会長が解職になりませんから…(笑)

 

 

 

 

 


シーズン途中に引退

2010年08月28日 09時32分10秒 | カープ

オリックス・長田「一身上の都合」で引退へ

8月28日7時52分配信 サンケイスポーツ

 オリックスが長田昌浩内野手(26)の任意引退手続きを行うことが27日、明らかになった。

 長田は東海大望洋高から2003年ドラフト4位で巨人に入団し、06年オフにトレードでオリックスへ移籍。08年以降は1軍出場がなく、「一身上の都合」や「体力の限界」を理由に引退を申し入れた。村山良雄球団本部長(64)は「大事な選手として育ててきたので、びっくりしている。本人の意思を尊重したい」と語った。

 
シーズン途中に引退というのは野球界では珍しい。
 
企業では退社…というのは良くある話であるが、野球界は年俸制のため
 
給料も一年間保証された定額制だけに、これまでシーズン途中に退団というケースは本当に少なかった。
 
何があったのかしれないが、これからこの様な現象は続く様な気がする。
 
これも時代の流れなのか…?