愛詩tel by shig

プロカメラマン、詩人、小説家
shig による
写真、詩、小説、エッセイ、料理、政治、経済etc..

哀しみの夕暮れ

2009年01月18日 23時22分32秒 | 小説

オフィスの窓から御堂筋を眺めていた。
銀杏並木が色づきはじめている。
夕暮れが近い。
「おい、山崎、何さぼっている。プランニングは出来たのか」
岡村課長がやかましく言う。
「出来ましたよ。とうの昔に。」
「じゃ、提出しろ」
「はい、どうぞ」
僕は旅行会社のプランナーをしている。
前任者から引き継いだ北海道旅行の企画を立てていた。
「なんだこれは。今までのコースと全然ちがうぞ。」
「見せて下さい。」
二年後輩の五十嵐美智子が覗き込む。
実は僕は彼女と秘密で交際している。
「課長、いいじゃありませんか。山崎さんの作るコースはことごとくヒットしてるでしょ。」
課長に見えないように美智子がウインクしてきた。
新しいコースはマイカープランで、舞鶴からフェリーに乗って美瑛、富良野を廻るコースだった。
「運輸機関、宿泊地には打診してあるのか?」
「はい、それも済んでいます。ただ」
「ただ、なんだ。」
「下見が必要です。実際に走ってみないと。」
「そうか、じゃあ、行って来い」
というわけで僕はマイカーで舞鶴に向かうことになった。
23:30発なので午後にでれば十分間に合う。
車を洗ってるとなんと美智子が背中を叩いた。
「いよいよね。私も楽しみだわ。」
「なに?」
「有休を取ったの。一緒に行きましょ。」
「おいおい、仕事なんだぜ。」
「大丈夫。ばれたらばれたときの事よ。」
彼女は荷物をトランクに積み込んだ。
しかたない。洗車が終わると、彼女と一緒に走り出した。
愛車はオペル・アストラ。北海道自動車道でアウトバーン仕込みの走りを見せてくれるはずだ。
しかし、これが世にも不思議な旅になるとは思いもよらなかった

中国自動車道から舞鶴道へ、アストラは快適な走りを見せた。
西舞鶴に近づいた頃、雨が降ってきた。
途端に美智子はティッシュでてるてる坊主を作った。
「見ててね、すぐ晴れるから」
美智子の言うとおり、五分もすると晴れてきた。
「私のね、てるてる坊主、効くのよ」
驚きながらも僕は、西舞鶴インターで高速を降り、一路舞鶴港を目指した。
ゆっくり出たつもりなのに、9時にはもう港に着いた。
窓口で車検証と乗船名簿を提出した。そして乗船待ちの車の列にアストラを停めた。
運転手と同乗者は別に乗船するので、美智子はターミナルで待った。
僕も時間つぶしで美智子と話していた。
もうそろそろと車の列にもどると、既に他の車はなく、アストラだけがぽつんとおかれていた。
係員にせかされて、僕はフェリーにアストラを乗船した。
その時確かに車を柱に向かって停めさされた。
僕は呟いた「ああ、これじゃ入港時は最後だな」
乗船してインフォメーションで驚いた。2等船室が1等和室に変わってた。
船会社の配慮のようだ。
部屋に入ると、美智子はもうくつろいで窓から港の夜景を見ていた。
「何か見えるのかい?」彼女はどうも特殊な能力を持っているらしい。
「ええ、海の中に車が一台沈んでるわ。中に人の死体がある。」
「やめてくれよ。頼むから船の人に言うんじゃないぞ。出航できなくなる。」
やがて11:30になり、静かに船は港を離れた。
僕らは風呂に入り、そのまま寝た。

「ねえ、起きて、早く。」
美智子の声で僕は起こされた。
「なんだい、あさっぱらから」
「さあ、早くしないと朝日を見逃すわよ」
窓を見ると、暗い空にうっすらと赤い色が混ざってた。
さっと着替えてデッキに出てみる。
まだこの時間では寒い。
その時東の空からゆっくりと赤い円が昇ってきた。
朝日だ。海から昇る朝日、贅沢な風景だ。
横を見ると美智子が手を合わせている。
太陽がすっかり顔を出すと、からだが冷え切っていた。
「美智子、戻るぞ」
「あなたは戻ってて。私はもう少しここにいるわ」
「風邪引くなよ」
僕は部屋に戻った。彼女は一体何をやっているんだろう。
窓から彼女が見える。昇った太陽をじいっと見つめている。
目が悪くならないんだろうか。
やがて彼女が部屋に戻ってきた。
「太陽を長く見てると目が悪くなるよ」
「あら、ならないわよ。あなたもやってみれば?」
「遠慮しとくよ。とても見られそうにない」
「そう、今日は黒点が見られたのに」
「見えるわけないよ」
「そうかな、確かに見えたんだけど」
美智子は自信ありげに言う。
こんな不思議な美智子の一面に僕は引かれているのだろうか。

昼過ぎにアナウンスがあった
「まもなく、本線の右手に兄弟船カシオペア号が見えます」
小樽航路の逆便の船だ。窓から見ていると人が何人かデッキに出ている。
客室は右舷にあるので部屋からも見えるはずだ。
ところが10分経っても15分経っても船は見えない。
いぶかしんで船内電話で聞いてみた。
「いつすれ違うんですか。」
「10分も前にすれ違いましたよ。客室案内もしました。」
「え・・・・」
美智子も聞いていないという。しかし彼女は平気な顔をして言った。
「次元の隙間に入ったのよ。珍しい事じゃないわ」
僕は外に出て最初に出くわした人に聞いてみた。
「兄弟船、ごらんになりました?」
「ええ、大きな汽笛が向こうからもこちらからも鳴りましたよ」
僕は狐につままれたような感じがした。
今回美智子を連れてきたのは、やはり間違いだった。
そんな思いがどこからともなく湧いてきた
これから先が思いやられる。
それから夕刻までは、何事もなく過ぎていった。
翌朝早いので8時にカップラーメンを食べ眠りについた。

朝3時に起床した。
すぐに係員が部屋の鍵を集めに来た。
窓から街あかりが見える。
小樽に着いたんだ。
うきうきする僕のかたわらで、美智子がなんだか落ち着かない。
怖がっているようにも見える。
「どうしたんだい。」
「なんでもないわ。」
「何か変だよ。」「いいの、大丈夫。」
下船のアナウンスが流れた
乗船の時と逆で同乗者も一緒に車に乗って下船することになっている。
アストラのところへ来て驚いた。
確かに柱に向けて停めたのに、柱を背に停まっている。
係員が動かしたはずはない。
キーは僕が持っていたのだ船の間だずーっと。
美智子に言った
「おかしいな、車の向きが反対になっている。」
見ると美智子は泣いていた。
「やっぱり、こんな事があるとおもったわ。
私達次元の谷に本格的に落ちこんだのよ。兄弟船とすれ違ったときに。」
「そんなこと有るもんか。」
係員が誘導している。午前4時。なんと一番の下船だ。
美智子には悪いが誘導に従わなければならない。
下船して車を停めた。
「大丈夫かい?」
「大丈夫。でも、このあと何が起きても驚かないでね。」
僕は訳が分からないまま車を発進させた。

車はそのまま札樽道に乗り、札幌JCTで北海道中央道に入った。
途中BMWが飛ばしてたが軽く抜き去った。
さすがオペル・アストラ気持ちよく走ってる。
岩見沢S・Aで休憩と朝食を取り、再び走り出した。
岩見沢で降り、アンモナイトの街三笠を横目に走っていった。
隣を見ると美智子がふるえている。
「どうしたの?」
「いいの。なんでもない。早くここを走り抜けて。」
ここ三笠は、アンモナイトの巨大な化石がたくさん発見されているところ。
展示室もあるが、今の時間はしまっている。
美智子は何を感じ取ったのだろう。
滝のある駐車スペースで、少し休み、いよいよ富良野を目指した。
富良野の手前橋のある交差点で渋滞があり、渋滞が嫌いな僕は美智子に話しかけた。
「ねえ、いったいどうしたって言うんだい。船の中から君はずーっとおかしいよ。」
「あのね、前にも言ったけど、私達は次元の狭間に入ってしまったのよ。
今いるところも本来あるべきところではなくて、ゆがめられた時空間にあるの
きっともっと驚くべき事が起こるわ」
僕はなんだかよく分からないまま車を進めた。
そして、ラベンダーの名所の大駐車場に着いたときに時計を見たら7時ちょうどだった。
ちょっと待てよ船を下りてから僅か3時間しか経ってない小樽から北海道のへそまで3時間。
途中休憩もしたし渋滞にもあった。ありえない。空でも飛んできたんだろうか。
美智子に言ったら、また次元のうんぬんを言い出すに決まってるから、ここは黙っておこう。
ところがここで、とんでもないものを僕たちは目にすることになる。

7月で有れば、ラベンダーを中心とした花畑が見られるであろう畑に、僕たちは昇っていった。
ところがそこで目にしたものは、一面の花畑であった。
もちろんラベンダーも咲いていた。
誰かに何が起こっているのか聞こうとして人を捜したが人っ子ひとりいなかった。
11月の寒い北海道に咲き乱れる夏の花。僕は気味悪くなった。
美智子はといえば、花畑を楽しんでいるかのようにも、悲しんでるかのようにも見えた。
僕は持ってきたデジカメで花畑を撮した。花畑にいる美智子ももちろん撮した。
花畑を後にし同道237号線を北に向かった。
美瑛の丘をはしり、何枚かの写真を撮った。ジャガイモの花が一面に咲いているのに驚いた。
途中、二本の木が丘の上に寄り添うように立っているところで、三脚を立て、
二本の木をバックに美智子と二人で写った。
取材は終えたので今日の予定の宿泊地、ペンション・ラベンダーについた。
そこは・・・廃屋だった。事前に確かに確認を入れたのに・・・今年のガイドブックに載ってたのに。
仕方ない。となりのペンションに空きがないか尋ねた。
幸いシーズンオフだけあって空室があった。
となりのペンションのことを聞いたが、あそこは建築途中に資金がなくなって、
最初から廃屋なんだとオーナーが言った。
僕は言葉を失った。
振り返ると美智子がにこにこしていた。
僕はオーナーに聞いた。
「今頃ジャガイモの花が咲くんですか?」
「まさかあれは初夏に咲くんだよ」
「一面に咲いているのを見たんですが」
「なんかの見間違えでしょう」

ペンションはコテージだった。
ファミリー用の露天風呂があり、美智子が喜んで一緒に入ろうと誘った。
僕はそんな気分ではなかったが、ひとりで入るのも心細いので、一緒に入った。
露天風呂からの風景は、ただの土の畑で僕の暗い気持を払拭してくれるものではなかった。
そのとき、大きくばさばさ、っと音がした。
烏だった。露天風呂の縁にとまってこちらをじいっと見つめていた。
薄気味悪いところだ。
湯をかけて追い払った。
美智子は冷静だった。それどころか裸で戯れてきた。
「美智子、そんな気分じゃないんだ。僕はもう気が狂いそうだよ」
「そうね。これが死への旅立ちなのなら、楽しんでおかなくちゃ。」
尚もちょっかいを出してくる美智子をおいて、僕は湯船から上がった。
美智子がなかなか上がってこないので、怪訝に思い湯船を覗いてみた。
なんと美智子の横にさっきの烏がいた。話しているようにも見えた。
「美智子、出るぞ。」
「はいはい、烏に妬いてるの?今出ます」
美智子が湯船から出たら烏はどことも鳴く飛んでいった。
コテージに入ると何かが戸を叩いている音がした。
出てみると無数のコガネムシが門灯にぶつかって死んでいた。
11月の北海道にコガネムシ・・
その夜僕は美智子に抱きついて眠った。

翌朝は夕方かとも思える暗い曇りだった。
もうこんな旅はごめんだ。
すぐ帰ろうと思ったが、仕事を途中でほっぽりだすわけに行かない。
これでもプロのプランナーなんだ。
再び道道237号線を北上して、旭川の動物園に着いた。
休日なのに客は僕たちだけだった。
ここの売りはペンギン館で透明のドームをくぐり、
頭上や横をペンギンがすり抜けていくというものだ。
ドームに入るや、先に行った美智子が悲鳴をあげて出てきた。
座り込んで震えている。
こわごわ僕も入った。
なんと泳いでいるのはペンギンではなく、無数のフクロウだった。
それも一つ目や三つ足のグロテスクなフクロウが、こっちを見つめていた。
僕も腰を抜かして入り口から出てきた。
もう、やめた。とっとと帰ろう。
駐車場に走っていって、アストラのドアを閉めたら少し落ち着いた。
美智子はまだ震えている。
僕は車を発進させた。
道央自動車道に乗り休憩無しで小樽まで飛ばした。
3時には小樽に着いた。フェリーは朝10時発なので、宿をとらなければならない。
予約していたクラッシックなホテルには、やはり予約が入ってなかった。
しかしもうそんなことでは驚かなくなっていた。
ホテルには空室があり、あらためてツインの部屋を取った。

チェックインの後、あまり気は進まなかったが、
運河の写真を撮りに行った。
そこで僕らが目にしたものは・・
きれいに整備された運河、煉瓦倉庫の並ぶロマンチックな街。
運河の写真を一枚撮った。
そして美智子の写真を一枚。
美智子はその後運河を覗き込んだ。
「きゃー!山崎さん!」
美智子が叫んだ。
僕も走っていって運河を覗き込んだ。
そこには川が流れてるはずだった。
しかし、流れていたのは、巨大なねずみの群集だった。
そして、突然一斉に鳴き始めた。
「きーきー、ちゅーちゅー」
僕たちは駆けだした。ホテルに向かって。
客室に飛び込むやベッドに二人して飛び込み、抱き合ってぶるぶる震えた。
美智子はむせび泣いていた。
「やはり私はこの旅に付いてくるんじゃなかったわ。
あなたの下見旅行をめちゃめちゃにしてごめんなさい。」
僕は何も言えなかった。
外に出る気になれず、僕らは空腹を抱えて眠った。

翌朝早く起きて港に直行した。
こんな旅はもうごめんだ。
受付をして乗船券を2枚貰った。
行きと同じくドライバーは一人で乗船し、
同乗者は別の乗船口から乗ることになっている。
10時出航なので9時半まで美智子と一緒にターミナルにいて、
僕は車に戻り、アストラを乗船させた。
今度は普通に車の列に並んだ。
案内所に部屋の鍵を貰いに行くと、もうお連れさんが持って行かれてますと言う。
部屋に行くと鍵は開いていた。
しかし、美智子がいない。鍵はテーブルの上にあった。
「不用心だな、開けっ放しで。どこに行ったんだろう」
何となく呟いた。
船を見て回っているんだろうと思い、僕はテレビを見ていた。
しかし1時間も過ぎようとしたとき、僕は急に不安になってきた。
まさか、デッキから飛び込んだんじゃないだろうな。
でも、彼女は自殺するようなタイプの女性じゃない。
僕は美智子を捜しはじめた。大きな船なので1時間かかった。
いないことが分かるまで。
でも、他の船室にいるかも知れないと思い自分の部屋に帰った。
それから2時間。美智子は帰らなかった。
そうだ、美智子の写真を案内所の人に見て貰おう、とデジカメを取りだした。スイッチ・オン。
「・・・・・・」僕は言葉を失った、というより自分を失った。

デジカメの映像に、美智子は写ってなかった。
二人で撮った二本の木にも写っているのは僕だけだった。
花畑でも、いや、花なんか写っていなかった。只の土の畑だった。
そして運河をバックに撮った写真にも、美智子は写っていなかった。
「そんな馬鹿な。美智子は確かにいた。抱き合って眠ったじゃないか。」
僕は大きな声を上げていた。
写真に写らない、次元の谷間に棲む美智子と僕は旅をしていたのだろうか。
あれやこれや考えてもどうしても答えが見つからない。
レストランで簡単な食事を済ませて、僕は眠ることにした。
夢の中で美智子が笑っていた。
翌朝も快晴だった。美智子はやはり帰らなかった。
そのとき館内放送が流れた。
「まもなく、本線の右手に兄弟船カシオペア号が見えます」
僕はデッキにでた。
しばらくすると僕の乗っている船とそっくりなフェリーが見えた。
すれ違いざまぼーっと汽笛を鳴らし、僕の船も鳴らした。
次元の谷間から戻ったんだ。そんな感じがした。
じゃあ、美智子はどこに行ったんだ。
次元の谷間に置き去りにされたのか。
いつの間にか涙が出てきた。

船が舞鶴に接岸した。
僕は車の列に沿って降りた。
ふと、埠頭に人だかりがしていた。
何となく車を寄せた。
警察の黄色いテープが張り巡らされている。
その時僕は、行きに美智子が車が沈んでいるといった言葉を思い出した。
車を降りて人だかりをくぐっていくと、黄色いハッチバックが見えた。
美智子と同じ車だ。
ナンバーを見た。なにわ55****美智子の車だ。
なんてことだ。
テープをくぐって遺体らしき白い布に近づいた。
「君、近づかないで。」警官が叫ぶ。
「僕の同僚かも知れないんです。遺体を見せて下さい。」
疑わしげに警官が通してくれた。
そして僕は、おそるおそる白い布を上げた。
美智子だった。
「どうだったね。」警官が言う。
「僕の同僚です。五十嵐美智子。大阪の山岡トラベルに勤務しています。」
それから警察にあれやこれや聞かれたが、僕が犯罪に絡んでいるという線はないと解放してくれた。
しかし・・
僕が車を洗ってたとき背中を叩いたのは誰だったんだ?
一緒に北海道を廻ったのは誰だったんだ?
そうか、美智子は先回りをして自分の車で僕の先を行こうとしてたんだ。
次元の隙間に僕が入り込むのを知っていたんだ。
それが思わぬ事故にあって海に飛び込み、霊体となって僕と一緒に旅行しながら、
僕を守ってくれたんだ。
僕は美智子に手を合わせた。
夕暮れが迫ってきた。真っ赤な太陽が海に沈む。
僕は溢れ出す涙を止めることが出来なかった。

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