鳥無き里の蝙蝠☆改

独り言書いてまーす

【考察】のんびりゲームがしたい

2021-02-27 06:02:52 | 考察
期間限定イベント開催!
限定のレアアイテム、レアキャラクター、レア武器、etcを獲得しよう!

利益が求められる限り、購買欲や射倖心を煽る仕組みは必要不可欠である。条件を把握し、決済ボタンを押すことを決めた以上、そこに違法性はなく、提供する側と消費する側に同意があったことが観測できる。行動が欲求に支配された以上はそこに善も悪もないことに異論は無い。

今回話したいことは、提供する側と消費する側の関係性ではなく、消費する側のスタンスについてである。

高性能スマートフォンが普及した昨今では、数十年前には考えられなかった「凄いデジタルゲーム」が手のひらサイズにおさまって、安定した通信環境と機体の維持費用には左右されるものの、無課金であれば遊び始めること自体には¥0で済むものが珍しくはない。

2021年現在の十代〜四十代でゲームを全く知らない人というのはよほどの田舎者か特殊な環境で育った者であり彼らは少数派である。彼らのスマホゲームの楽しみ方は様々だが、最もトレンドなものの多くは「同名のスマホゲームで競う」ことである。

誰々よりも
・強いステータス
・高いスコア・ランク
・かっこいいor可愛いコスチューム・キャラクター
・レアアイテムの所有
などなど

そして多くの人達が、そのために期間限定イベント開催中に多くの時間を割く。期間限定なので当然だ。参加できる時間には限りがある。効率化を図り、あるときには割く時間がないために課金によって可処分時間の不足を補うこともある。

スマホゲームを運営・提供する側はユーザーを飽きさせないため、そしてより夢中にさせるために最強のキャラクター・アイテムよりも強いキャラクター・アイテムを実装する。インフレさせるのだ。怒涛のインフレによって埋もれた既存キャラクターには上方修正と言うパラメータ調整を行う。再利用ー使い回しーである。そうした技法は、考えてみれば至極合理的かつ効率的である。

ユーザーが手にするのは仮想現実内における画像データ1枚(有名なイラストレーターによって描かれた至高の作品)だったりする。そして遊ばせてもらう側のプレイヤーはそれを自らのアカウント内で獲得・所有することのために何十時間、何百時間というコストを支払う。たった一枚の無限に複製が可能なデジタルデータのために。

そうした営みが楽しくて仕方がない者。欲求に逆らえない者。仕事も人生も充実していて金に余裕があって、収入と可処分時間のほんの数%でそれらの行程を済ませられる者であればそれでも良いのだろう。或いはプロゲーマーのようなそれ自体が生業となる者も以下略。

所詮はそうした喜びや快楽の積み重ねこそが人生というものなのだ。尊いかどうかや倫理観を無視するとして次のように述べようと思う。ノーベル賞を貰うような発明だろうが、健康な子供を沢山産もうが、救急隊になって大勢を救おうが、人生に意味はないし、人類の繁栄にも意味はない。命に小さいも大きいもない。気持ちが良いか、気持ちが悪いか、それが舵である。だからスマホゲームに対して金銭と可処分時間というコストを支払う人間を否定する気は全くない。

しかし、それに疲弊する人間もいる。

終わらないインフレ。消費されては生成されるトレンド。上方修正や調整という小細工。突き詰めてしまえばただの絵一枚、絵師の磨き抜かれた技によって洗練された作品のその質は全くもって素晴らしいが、自分のアカウント内で所有できているかどうかなんてどうでもいい。画像を検索すればそこに表示されるので、そこで視界に映せばよいだけだ。

それらに対して、本当に多くの金銭と多くの可処分時間を割く必要が本当にあるのだろうか?ストレートネックや腰痛、首や肩のこり、悪い姿勢による血行不良とそこからくる様々な症状というリスクを抱えてまですることか?

百歩譲って、そのスマホゲームによって磨かれる能力が現実世界においてつぶしのきく能力として数えられるなら良い。だがどうだろう?反射能力や計算能力、論理思考能力は確かに働かせられていてボケ予防にはなるが、レアアイテムもハイスコアも現実世界で訪れるかもしれない物理的窮地においてはその人を守ったり救ったりするようなことは非常に稀である。

不慮の事故や天災などによって家を失ったり、知人を失ったり、仕事を失ったり。そうした時、あるいはその最中に、スマホゲームに費やした時間や労力はあなたの力になるのだろうか?

五感を使って運動したり、好奇心の赴くまま知らないことを調べたり、些細だけど身近な人の困りごとを助けたり、そうしたことのほうが遥かに自分のためになるような気がしてならない。

ここで誤解しないでほしいことがある。スマホゲームの一から十までを否定しているわけではない。コミュニティ内では共通の話題を得るためには簡単かつ合理的なツールになるし、ちょっとした待ち時間などを潰したり、ちょっとした気晴らしには手軽で、つまるところが適度な使い方の把握が望ましいということだ。

マウント合戦の火種(人間関係の悪化など)になるようなら避けるべきだし、期間限定という文句に踊らされることも避けたい。可処分時間の大半を割くこと、月収の数十%を費やすことにも反対だ。

無料で始めて、無課金で続けること。そして意地になって競わないこと。苦しさを感じた時点で辞めること。それらを考え始めた俺はゲームをのんびり楽しみたいと考えて、身近な人たちがほとんど認知していないスマホゲームをひっそりと遊んでいる。

効率化しはじめたらその瞬間からゲームを遊ぶ意義とは逆行する。効率化というのは、つまるところが「そのゲームを遊ぶ時間を減らすこと」であるからだ。なのでネットで攻略法を調べないことにした。自分がそのゲームに飽きるまでの時間を短縮することには価値を感じないからだ。これが友人と一緒に遊ぶためみたいな理由なら話は別だが。

スマホゲームは今や巨大な産業である。そしてその産業が利益回収に用いる手練手管について考えさせられるのも無理はないだろう。極めて洗練されたこのハニートラップを回避しないことには、この情報社会ではあっという間に搾られて息絶えてしまう。

患者をすぐには完治させない悪質な医療。壊れるように設計された機械。切れない電球。小出しにされる先端技術。

全ては利益を回収するため。
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