private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over23.2

2018-09-16 21:49:00 | 連続小説

 800mがこれほど長いとは思わなかった。自分の足で走っていた頃が、たかだか100mだったからってわけじゃない。クルマのスピードならそれだって数秒もあれば終わってしまうはずなのに。
 100mは一瞬だった、スタートの合図があってからだが反応するともうなにも考えられない、ひたすら足を動かしているとあっという間にゴールを駆け抜けていた。それなのにクルマのスピードって、速度があがるほど時間の流れがゆっくりになっていくなんて。
 
ツヨシの言葉が思い出されてきた、、、 こんなときに、、、 こんなときだからか。
「ボクが、クルマがすきなのは… 」
 
なんだか本のタイトルになりそうな言葉で説明しはじめたのは、いま思えばおおよそ子供らしくない内容だった。そのときは子供らしくて単純でいいなあくらいの印象だったのに、それがとっても深く入り込んできた、、、 ツヨシがそこまで考えてなくとも、、、 単純で気楽なのはおれのほうだ。
 
それがおれの勝手な思い込みなんだとしても、子供の方が大人より浅いとか経験が足りないとか、あたまから見くだして相手にしてるうちは、なにも得ることはできないんだ、、、 なんて、自分が中途半端に年をとったと認めている、、、 
 
自分だって子供の頃、あたまの固い大人達にあきれて、バカにさえしてたはずなのに、手にした知識と引き換えに、得られなくなったアイデアの多さを理解できずに、つまらない大人になってしまったわけだ、、、 
「はやく走るとさあ、走ったぶんだけ、ミライにいけるからだよ」
 いいじゃないか。じつに子供らしい理由だ。おれが走っていたとき、はたして100m先の未来を意識していただろうか。もし、ツヨシの言葉をもっと前に聞いていれば、いやおれ自身にその感性があったならばもっと充実した部活の時間が過ごせたはずだ。
 
ましてやいまのおれには未来なんて言葉になんの感慨もなくなっていた。つまらない大人になりかけのおれには、それぐらいの状態だったのに、それがいま、この勝負をしている最中に、800m先の未来にいったいなにが待っているのか知りたくてしかたなくなった。
 
普通ならたどり着けない時間で800m先にたどり着こうとしているのに。歩いたら5分かかる距離を、たかだか20秒くらいで行き着いてしまうのに。それを未来と言い切るのは子供っぽい話なのかもしれないけど、それを日常としかとらえられないのは、情けない人生をすごしてきた証なんだ。
 ツヨシは未来に行きたがっていた。早く大人に成りたがっていた。誰だって子供の頃に一度くらいそんな気持ちを持つことってあると思う、、、 おれだって、そんなときがあった、、、 ツヨシがいま、たまたまその時期なのかもしれないし、本当にそう願っているのかもしれない、、、 おれにその判断するには重すぎだ。
「クルマってっさ、タイムマシンとおんなじなんだよ。ヒコーキだって、デン車だって、はしるものはみんなそうかもしれないけどさ、クルマはじぶんで、じぶんの力で時間をちぢめられるだろ。それがいいんだ」
 そう、時間は自分で決めるものだ。おれはツヨシにいろいろと教えてもらい、そしていま自分で実感している。0.1秒の中で廻るめく想いは意外にも豊富だ。クルマのスピードを上げれば上げるほどおれは未来へと近づきながら、実際より多く思考する時間を手に入れている。
 
相手を巻き込みながら。そしてそれはもしかして、スタート地点に置き去りにしてきた朝比奈たちをも含んでいるのかもしれない。人が時を支配しようとすれば、なんらかの痛みをともない、時に大切な時間もなくしてしまう。おれはいま800m先の未来を見るために、時間の流れを飛び越え続けている。
 そんなツヨシとの思い出を引き裂くように衝撃が走った。
 勝負にキレイだの、汚いなどはない。勝てば正義であり、力を得ることもできる。ましてや、目の先に敵がいるならば、尻尾にかじりついてでも、喰らいつき、そして引き摺り下ろさなきゃならない。そいつが戦うってことだ。そりゃ、道徳的にどうなんだって言われても反論できないけど、それとは別で気概の問題なんだ。
 
正々堂々とか、潔いとか、スポーツマンシップとか、それで競技者の勝利への飢えが癒されるわけではない。どんなことをしたって勝とうとする、それぐらいの気持ちで挑んでくる姿にこそ真実があり、相手として認められ、そして二度と戦おうなんて思わないほどに叩き潰されるか、相手をそうすることができる。
 車体に振動が伝わってきた。サイドミラーにヤツの車体が映る。ヤツはブツかってもしかたがないと思って走っているわけじゃない、、、 ぶつけるつもりで走っているんだ、、、
 
だからって接近する車体にビビッてる場合じゃない。コッチだってぶつけてもかまわないぐらいの気概を持っていなきゃ、それだけで勝負が決することになりかねない。
 
ぶつけられたおれのクルマも体勢をくずした。それでもぶつけてきたヤツよりはまだましだ。車体やハンドルに安定感があるのもたすかった。車体をもう一度真っ直ぐにして本流に戻す。ふらつくミカサドはもう一度ぶつけてくるだろう。
 
おれの呼吸が、心拍が、思考が、ミカサドと同調しはじめた。
 
ありえないはずなのに、そのときおれは不思議に思えなかった。離れているのに、そもそも違うクルマに乗っているのに、こんなことが起こるなんて。いまはそんなことを疑問に思っているヒマはない。クルマの想いもおれにつたわったんなら、ミカサドの考えもつたわったっておかしくはない。いまはただヤツの呼吸に合わせて心拍数を重ね、思考を読み取ることに全神経を集中させればいい。
 
ヤツは来る。気づかないぐらいハンドルを右に切って、それから思いっきり左に、、、 いまだ、、、 おれはその瞬間にハンドルを少しだけ左に切った。ミカサドは最後の力をおれにぶつけてくる。その力量の行き先もなく、カラぶればその後の結果は火を見るより明らかだ。大きくバランスをくずしたミカサドのクルマは立て直すこともできず空転していく。
 
歩道橋を通り過ぎた。おれは勝ったんだ、、、 つーか相手の自滅だけど、、、 
 
勝負は決したはずなのに、それなのに、おれはスピードを緩めることはできなかった。戦いは終わったのに、誰もその結論を出してはくれない。ふたりだけが戦っているんだから、お互いがそれを認めない限り誰も何も言えない。
 
その結論を出してくれるはずのミカサドの姿は見えない。だからおれは走り続けるしかないんだ。おれはただ漠然と800m先の歩道橋を目指して、そしてゴールと呼ばれる場所を通り過ぎただけで、それに意味を持たせるのは過去の自分だけで、未来を目にしたおれにはもうその先しか見えていなかった。そして、その先には、その先にいたのは。